手のひらをPされかけた思い出
>【土用竹】
【九旻】
【地租改正】
>【飛び箱】
【スンニ派】
【ニース】
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あれは何の漫画だったか。忍者が跳躍力を鍛える訓練と称して筍の上を毎日飛び越える練習が書かれていた。竹は成長が早いので、それに遅れないように跳躍力を鍛えれば木の上までもひとっ飛びという話である。今考えると眉唾も良いところなのだが、それを知った幼い僕は近所に生えていた蓬莱竹の林に足繁く通ったことがある。本当は読んだ本に書いてあった孟宗竹が良かったのだが、近くにあったのが蓬莱竹の林だったのだ。
蓬莱竹というのは幹が細く何ともひょろっとして頼りないのだが、それだけに初心者の僕が飛び越えるには容易く見えるものである。土用竹ともいうぐらいなので筍がちょうど初夏のあたりに出てくるのだが、その生来の細さもあって、たけのこを見つけた時分にはまるでみょうがの出来損ないがおっかなびっくり地上を覗いているような風だった。
臆病者の筍とド素人の僕ならば釣り合いもよかろうということで早速練習を始めた覚えがある。みょうがに見えるぐらいであるから、最初の何日かは足の先だけで飛んでも飛び越せるほどの簡単さであった。勝手なことだが、忍者も大したことはないなと鼻息荒く何回も筍の上を往復した様に思う。しかし、調子付いていられるのも最初の数日である。
筍の成長速度というのは早いというのはよく知られた話であるが、蓬莱竹について言えばもそっと林の様子を観察することが肝要だっただろう。それを怠ったために僕を襲った困難というのは、飛ぶ高さではなく飛ぶ距離であった。
蓬莱竹が一箇所にまとまって生えているのを見たことがあるかもしれない。あれはあのように間引いていると思われるかもしれないが、そうではないのだ。あのままに筍が我先にと顔を出しては密集して生えるのである。なりそこないがおっかなびっくりなどという感想はとんでもないことで、実際は殺意みなぎらせた槍兵達が後ろに控え、尖兵がそっと稜線から覗いていたに過ぎないのである。
そうとも知らない僕は調子に乗って筍の上を飛んでいるうちに、足元からこちらへ槍先を向ける三国時代の兵士達に気がついた。茶色い枯葉を房に見立ててこちらを貫く機を伺う兵士達。思えば、彼らを見つけた時におじけて、鍛錬など止めてしまえばよかったのだ。しかし、子供時代特有の全能感に浸っていた僕には、彼らが鍛錬をステップアップするためのハンデにしか見えていなかった。
そして数日後。槍兵たちはその本性をむき出しにし、上から落ちてくるものを刺し貫かんと屹立してた。その堂々たる風情も、幼い全能感の前には無意味であったのが運の尽きである。いつも通りに飛び越えようとしたのだが、明らかに距離が足りない。そこで何を思ったのか、僕は跳び箱のように筍の頭を台にして飛び越えてやろうとした。その結果がどうなったかは聡明な読者はもちろん、それ以外のかつての僕同じほどに愚かではないすべての人が想像できるだろう。
その日以来、僕がその竹林に鍛錬へ赴くことはなかった。ただし名誉のために付け加えるならば、子ども一人の質量と重力加速度を持ってしていくつかの槍を追ったことを鑑みるに、痛み分けと見るのが正しいだろう。
なぜこのような話を思い出したかと言えば、しばらく前に縁があって近くに赴く用があったからである。僕と痛み分けた竹林が青々と茂っていると期待していたのだが、通りがかって見れば白い壁の分譲住宅が建っていた。あの槍兵たちも子ども一人には引き分けられても、無機質な資本の重みには為す術無かったのだろう。なんともあっけのないことで、私には拍子抜けであった。
そう思って分譲住宅の前を通り、その角を曲がると庭の隅の一角、あの蓬莱竹が方を寄せ合ってモサッと生えていた。一見して小さく収まっているように見えるのだが、あれを見てから私の脳裏だけでは幾千本もの三国志の兵卒たちが、面白みのない白い箱をやり玉に挙げて、宙をお手玉しているのである。
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一言:エディタいじりにかまけて急いで創作したことをここに告白いたします。
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