あるM村に伝わっていない話
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美和村というところにある鷲子山上神社というのは一風変わった神社だ。何がそんなに変わっているのかというと、一つの境内を二つの神社が使っているのだ。片方は茨城県、もう片方は群馬県。ちょうど県境にある神社ということで、宗教法人が二つ、それぞれの県にいるのである。
まあ神社なり山の尾根なりと言うのは境目としてなかなかわかりやすいのでそういうこともあるのだが、本殿までちょうど真っ二つに分けているのが変わっている。
さて、この鷲子山上神社はスクナヒコナやオオクニヌシといった有名な神を祀っているのだが、もう一柱、天日鷲神という神もいらっしゃる。この天日鷲神というのは鳥にゆかりのある神なのだが、それを理由にフクロウの像が多く奉納されるということだ。しかしそれだけ多くのフクロウが奉納されると、できの良いもの悪いものというのはやはりあるもので、中にはどうあってもフクロウに見えないような像もある。
そして、フクロウに見えない像の中にはフクロウでないものも混じっているのだ。その像の一つにまつわる話でこういう話がある。
もう三百年は前のことである。ある女が鷲子山上神社に鳥の像を奉納した。女は売春婦で、江戸の橋の下で夜な夜な客を取っていたが、梅毒にかかり最期は故郷で死のうと帰ってきたのである。売られて江戸に出た身だったので親類縁者に会おうとも思わなかったが、幼い頃に遊んだ神社の境内、そこに咲く名も知れぬ花を思い出して帰郷の決意を固めた女であった。
そんな理由であったから、女が像を職人に頼んでしたてさせることなどできるはずもない。では、どこからその像を持ってきたのかといえば、女が自分で彫ったのである。もちろん素人の真似仕事であるからその像はひどくブサイクで、目はギョロリと剥き、口もがまのように広がっている。フクロウというよりはヨタカという姿。鼻と口の溶け落ちた女は顔を布で隠し、何食わぬ顔で神社を詣でると、その不細工な像を置いて去っていった。
さて、読者のなかには信じがたい方もいるかも知れないが、物品にも心というものはまま宿るものである。多くの場合は百年と使われた器物が化けるなり、刀が血を吸って生成るといったことが多いのだが、強く念を入れた物品にもまた、心の生ずることがあるのだ。
そうしてみれば奉納の像というのは最たるもので、鷲子山上神社のフクロウたちも、そして女の置いていった像にも心が宿っていたのである。
女の置いていった像は周りの像が賢げな顔でこちらを見るのを感じるたびに、ひどく自分の容姿を恥じた。
「ああ、なぜ僕はこんなにも醜いのだろう」
口癖のように不細工な像が言う度に、他のフクロウの像はこう言って慰めた。
「そう自分を卑下するものじゃないよ」
あるいは、こうである。
「なに、フクロウの子供として見ればよくできているさ」
しかし、不細工な像の心にはそれらの言葉が全く届かなかった。そこに転機が訪れたのはそれから半年ほど経ってからのことだ。
ある日、不細工な像を奉納した女が朝も暗いうちから境内にやってきた。不細工な像はそれを感じて文句を言ってやろうと思ったのだが、すぐに絶句して戸惑うことになる。その女はここに来た時よりもさらに病が進み、並の者ならば目を背けたくなるような相貌になっていた。女はそのモザイクになった顔の目と思しき場所から涙をハラハラと落として本殿の前にしゃがみ込むと訴えた。
「幼いときに売りに出されて、好きでもない男に体を売って、挙げ句にこんな無意味に死ぬなんてあんまりだ。なんで、おっとおの畑を枯らしたんだよ。なんで、あたいには子もおらんのだよ。なんで、こんな病をおしつけたんだよう」
しかし、神社に祀られた三柱ともそれに何も答えなかった。女は恨み言と涙をシトシトと流し続けていたが、やがてうずくまって大声で叫んだ。
「どうして私を生かしたんだ。七つになる前に連れて行ってくれればよかった。おっかあの肚から出る前に殺してくれればよかったんだ」
そうして、最期に一言だけ小さく呟いた。
「こんな死に方をするなら、生きてこなければよかった」
朝になって女の躯は神社の者に片付けられてしまったが、その一部始終を見ていたものがいた。女の奉納したフクロウの像である。物品にとって作者というのは親のようなものであるから、その親が泣き言を言って喚くのを見た像はふと思った。
「僕は不細工に産まれたが、生きてこなければよかったとまで絶望したことはない。それに引き換え、僕の産みの親の有り様はあんまりにも哀れじゃないか」
しかし、周りのフクロウの像はこう言って窘めた。
「これも大きな魂の流れの中の一つの出来事に過ぎない。だから、特別に哀れに思ってやってはいけないよ」
あるいは、こうである。
「フクロウはこの神社の神使なのだから、悩みに寄り添うようなことをしてはいけない。神使の務めから逸れてはいけないぞ」
それを聞いて、女の彫ったフクロウの像は決心して言った。
「もし貴方がたのようになれというのなら、僕はフクロウでなくて良い。僕はヨタカから生まれたヨタカの子で良い」
そう言うと、周りの像はピタリと言葉を止めた。女の彫った像はフクロウの像ではなくヨタカの子、ヨタカの像になったからである。
そういう謂れのある像も奉納された像の中にはあるという話だが、それがどの像かは私の知らぬところである。
もしかすれば、木の像であったから、とっくに朽ち果てて土に帰っているのかもしれない。
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一言:多分そんな謂れはないです。
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