ある村の言い伝えG

 >【血忌み日】

【ギアニャール】

【大滝温泉】

 >【名瀬】

【太原市】

【IFJ】


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 南のとある島に魚瀬(ナゼ)と呼ばれる場所がある。その名の通り近くを黒潮が通り魚がよく取れる海域が沖にあるのだが、地元の者は旧暦の二月になるとその海域を避けて漁をする。それは、このような謂れがあるからだという。


 昔、薩摩国が琉球を攻める少し前の話だ。長吉という若い男がナゼのあたりに住んでいた。長吉は地元の漁師の子供で、船をもらっていよいよ一人前になり、おサキと言う村の娘との婚姻も決まっていた。しかし長吉の家は裕福ではなかったので、おサキに苦労をかけるだろうと長吉は気に病んでいたそうだ。おサキの家もそれは承知の上で嫁に出そうと言う話だったが、喜んでというわけではなかったようである。


 おサキと長吉は互いに憎からず思っていたから婚姻自体に異はなかったが、長吉はおサキの父親に認めてもらおうと人一倍熱心に仕事をした。しかし漁というのは水物で、苦労が報われるとは限らない。そこで長吉は他の漁師が船を出していない日にも漁に出ることにした。おサキや村の者はそれを咎めたが、長吉の言いたいことも解らないではないと強く言わなかったそうである。


 ことが起きたのは二月の辰の日のことだ。この日は血忌日と言って鳥獣を殺すことを忌み漁に出るものはいなかったが、長吉はかまわず漁に出た。その日の昼のことである。長吉が浜に戻ってくると、その船には見たこともないほど量の魚が揚がっており、少しの波で船が沈んでしまいそうなほどに船のへりぎりぎりまで海の波が寄せていた。ところが不思議なことに、船は凪というわけでもないのに波をかぶって沈むことなく岸まで漕いできたのだ。村の者たちはおどろいたが、血忌日でもあったので喜んでいるのはおサキと長吉ばかりで、村の者は長吉を遠目に見るばかりであった。


 その夜のことである。村の中に犬とも梟ともつかない奇妙な鳴き声が響き渡った。その声は村の中を歩き回ると、やがてふと聞こえなくなったそうである。翌朝村の者が外に出てみると、浜から何かを引きずったような跡が村中に引き回されており、その跡は再び同じ浜へと帰っていった。村の者は血忌日に船を出すからだと長吉を責め、村長の伝手で近くに来ていた旅の高僧を呼ぶことにした。そして長吉は村の者から白い目で見られ、おサキの父親も怒って婚姻に物を申し始める。


 ところが、おサキの方は悲しげにするものの、長吉は解っているのかどうか笑ったままであった。これは物の怪に憑かれたかと村の者はますます長吉から距離をおいたが、おサキの方は懸命に長吉に発破をかけていたようである。


 そしてその日の夜も奇妙な声は村に訪れ、その晩は長吉の家の前で止まるとしばらく鳴いてから再び聞こえなくなった。はたして次の朝、外を見るとやはり浜から続く跡が長吉の家の前まで続き、折り返して海の中へと消えていたのである。いよいよ長吉が海の物の怪に魅入られたと見えたので、村の者は次の夜は寝ずの番で長吉を見張ることに決めた。隣村からの報せで、次の日に高僧が訪れると聞いていたからである。


 それを聞いた長吉は聞いているのかいないのか、薄ら笑いを浮かべるばかりで、父親の叱る声もどこ吹く風だったという。おサキはこの長吉の様子に心を痛め、食事も喉を通らなかったが、一方の長吉はいつも通りに振る舞い、それがまたなんとも不気味であった。


 次の晩、村の若い衆が火を焚いて寝ずの番をしていると、浜の方から昨晩と同じ声が聞こえてきた。村の若い衆は顔を見合わせたが、触らぬ神に祟りなしと無視を決め込む。その晩の声は浜から近付いてくることもなく浜で泣き続けていたが、やがてふと止まる。すると、長吉の家の中にいた者が長吉の姿が見えないことに気がついた。皆は顔を見合わせると、誰ともなく申し合わせたように浜へと駆け出す。


 浜で若い衆が見たものは、この世のものとは思えぬ美しい白髪の美女が長吉を横抱きにして海へと入っていく様子だった。長吉は夢か現か曖昧な状態に見えたが、その笑顔は安らいでいて、その顔を見て村の衆は余計に何も口に出せなかったのだという。


 そしてその日の昼間。大地が大きく揺れ、近場の海沿いの村は津波に流されたが、長吉がいた村だけはなんの被害もなかったのだという。嘘か真か、夜に浜で見た白い女が沖に立っているのを見たという者すら現れた。そして、長吉の獲ってきた魚は結納代わりだったのだろうとの噂がどこからともなく流れ始めた。


 その噂を恐れて、村の者は二月になると沖に出なくなったのだという。


 このような謂れがあるために、ナゼのあたりでは今でも二月には沖に出ずに漁をするのだと言うことだ。


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 一言:私にどうしろというのですか……!

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