特別急行 北斗
2月7日 08:40 札幌駅 7番線
[7番線停車中の列車は、43分発の特別急行北斗6号函館行でーす]
今日も、朝ラッシュも終わろうとしていた。
函館行の特別急行北斗が発車の準備を進めている。
「(後3分だな)」
腕時計で現在時刻を確認する。
この北斗6号の車掌を務めるのは
何の変哲もない22歳、普通の男である。
「ご乗車ありがとうございます。 8時43分発の特別急行北斗6号、函館行です。 間もなく発車を致します、車内でお待ち下さい」
肉声車内放送を終えると、自動放送を流す。
ダンディーな声が車内に響き渡る。
ホームに身を乗り出し、安全の確認。
駅員からの出発合図を待つ。
[7番線から、函館行、北斗6号が発車します。 ドアが閉まりますので、ご注意下さい。 次の停車駅は新札幌です]
[7番線から特別急行、北斗6号が発車しまーす]
出発指示合図機が点灯し、ベルが鳴り響く。
合図を確認すると、守屋は扉を閉めて、運転士にブザーで合図を送る。
「側灯ヨシ」
合図を確認した運転士は列車を発車させる。
徐々に徐々に加速していき、列車は札幌駅を後にした。
「後方ヨシ」
列車は千歳線に入線、函館本線と平和まで並行して走る。
札幌貨物ターミナルを右手に臨み、少し進むと新札幌駅に到着。
30秒程停車して発車、次の停車駅は南千歳。
発車したら、放送を行ってから新札幌から乗車した乗客の検札に向かう。
新札幌から乗車した人は6名、全て指定席だ。
守谷は再度検札へと向かう。
一応、手元のタブレットで把握は出来ているが検札を行う規則になっている。
「検察に参りました」
北斗は全車指定席。
自由席は2024年のダイヤ改正で廃止された。
車掌室は2号車札幌寄にあるので、まずは2号車から。
タブレットで新札幌から乗車した人の座席を確認する。
2号車では10C、7Aの2人であった。
「乗車券と特急券をお願いします」
7Aに乗っていたのはビジネスマンの女性。
守谷の呼びかけにすぐ反応し、切符を提示。
確認したら鋏を入れて、礼を言って10Cへ。
10Cに座っていたのは大学生。
どうやら1人旅らしく、旅行用のリュックが網棚にあった。
「乗車券と特急券をお願いします」
こちらもすぐに提示。
2号車の検察は難なく終了。
1号車はグリーン車なので、3号車に向かった。
「検札に参りました」
これは客室に入る度に言う規則。
ただの巡回の際は何も言わず礼をする。
3号車は13C、6D、1Aの3人。
「乗車券と特急券をお願いします」
13C、6D、1Aの乗客はしっかり提示してくれた。
しかし、この時点で座っている人は居ないはずの4Dに誰かが座っている。
「お客様、乗車券と特急券をお願いします」
「あっ、はい!」
4Dに座っていたのは制服姿の女子高校生であった。
制定鞄を持ち、一体何処へ向かうのか。
「あ、座席未指定券ですね、こちらの席は苫小牧から乗って参りますので……、そうですね、2号車の1Aなら今の所函館まで空いておりますから、そちらに移動なされますか?」
その少女が持っていたのは新札幌から函館までの座席未指定券。
黒髪セミロングの少女は何処か悲しげな表情を浮かべていた。
守谷は心配になった。
函館に何があるのか、いや、札幌に何があったのか。
「あ、ありがとうございます」
「ご案内しますね」
守谷は少女を2号車へと案内した。
着席を確認したら、検札の続きに戻る。
4号車、5号車と続き、検札は無事に終了。
守谷は車掌室に戻った。
「……心配だなぁ、あの子」
守谷はあの少女の事が心配でならなかった。
その悲しげな顔の理由が気になって仕方がない。
しかし、職務は為さなければならないと思い、スタフを眺めた。
新千歳空港が見えて来たら、南千歳に到着する合図
時刻は9時14分、定刻通り南千歳駅に到着。
ここでは降車のみではあったが、で乗ってくる乗客も確認できたので検札へ向かう。
検札を5分で終え、車掌室に戻る。
「……やっぱ心配だなぁ、でも聞きに行くのも何だか……」
守谷は悩んでいた。
"プライベートな事柄に、たかが1列車の車掌が踏み込んではいけない"と言う、車掌としての信念と、"車掌としてではあるが、関わりを持った彼女に、困窮しているならば救いの手を差し伸べたいと言う"、守谷 一重としての信念が心の中でぶつかり合い、葛藤していた。
「あぁ、もう、どうしたら……、あ、そーだ!」
守谷は思いついた。
苫小牧から2号車に乗り込んで来る乗客の検札の時に、『その席、予約が埋まってしまったので別の席に移動しませんか』――と、聞き、別の号車に移動させ、その間に話を聞く。
これだ、これしかない。
守谷はそう決心した。
「よーっし、やるぞー!」
列車は定刻通り9時31分に苫小牧駅に到着。
20秒程停車し、列車は発車した。
守谷は作戦を実行する。
「検札に参りましたー」
苫小牧から乗車して来たのは2号車の11Cと12Bの2人だけ。
さっさと検札を済ませると、守谷は女子高生の元へ向かった。
「あの、お客様」
「は、はい?」
「その座席、次の白老から埋まってしまったので、移動しませんか? 5号車に空きがありますから、如何です?」
「わ、分かりました」
「ありがとうございます」
少女は1Aを立ち、守谷についていく。
守谷は作戦通り、女子高生に雑談を持ちかける。
「お客様、函館にはどの様なご用事で?」
「えっと……、その……」
思わぬ質問に少女は言い淀んでしまった。
そして、4号車の札幌寄デッキに辿り着いた時、少女は立ち止まり口を開く。
「……逃げて来たんです」
「ん……?」
守谷は予想外の返答に困惑する。
"逃げて来た"、この5文字は守谷を思考の迷路に追いやるのには十分だった。
「逃げて来た……?」
「はい……、両親から、逃げて来ました。 学校に行くフリをして」
守谷は悟った。
この少女は両親から酷い事をされているのだと。
少女は泣きそうになるのをぐっと堪えて、守谷に事情を話す。
「だから、函館へ?」
「……函館を選んだのは適当です。 ただ、本州に近いから……」
「……そうだったんですね」
守谷はこの少女に何かしてやれないか。
必死に考えた、そして一つの結論に辿り着いた。
「青森、行きませんか?」
「えっ?」
「お金は僕が用立ててあげますから、それに、青森は僕の実家がありますし」
「えっ、いや、そんな」
少女は断ろうとする。
しかし、守谷は押し続けた。
「ほら、津軽海峡を隔てたら少しは安心しますよ、それにそれに、行く当てがあった方が良いじゃないですか。 児童相談所は酷いって聞きますし……」
「……そう、ですね」
少女は守屋の親切心による圧に敗北。
そして、提案を受け入れた。
「決まりですね、函館に着いたら切符を取りましょ。 あ、お母さんに電話しないとなぁ」
少女は少し笑顔になった。
守谷と少女は再び5号車に向けて歩みを進める。
守谷は5号車の4Aに少女を座らせる。
少女の顔は最初よりも良い物になっていた。
「あの、車掌さん」
「はいっ」
「私の為に、ありがとうございます」
「いやいや、僕に出来る事なんてこれ位で……」
守谷は笑いながら謙遜する。
少女も釣られて笑った。
「では、函館までごゆっくりお過ごし下さい」
そう言って、守谷は車掌室に戻る。
少女の面持ちは笑顔へと変わっていた。
列車は白老、登別、東室蘭、伊達紋別、洞爺、長万部、八雲、森、大沼公園、五稜郭と順調に進んでいる。
時刻は12時33分。
列車は函館駅に近づいている。
守谷はいつも通り車掌室から身を乗り出し、ホームの安全を確認していた。
[函館ェェェ~、函館ェェェ~、函館ェェェ~、終点でーすっ!]
列車が停車すると、扉を開いて乗客を降ろす。
少女は不安なのか、ホーム上で待っていた。
その姿を見て、守谷は急いで車内の確認と引継ぎを済ませて少女の元へ駆け寄る。
「切符、買いましょうか」
「はいっ」
一度改札を出て、券売機に向かう。
指定席券売機で津軽海峡を渡る特別急行、スーパー白鳥28号の切符を取る。
そして、守谷はこのスーパー白鳥28号にも乗務する手筈となっていた。
守谷は青函運輸区所属の車掌であった
「これですね」
「あ、ありがとうございます。 わざわざお金まで……、それにグリーン車……!」
少女は申し訳なさそうに切符を受け取る。
守谷はそんな少女に対し、"大丈夫ですよ"と言った。
少女は恥ずかしそうに礼を述べる。
「あ、あ、ご飯、ご飯食べないとですね。 僕はちょっと時間が無いんですけど……、駅弁とかどうです? 函館には美味しい駅弁がいっぱいありますよ」
そう言って、守谷は少女を駅弁売り場へと連れて行く。
少女はキョトンとしながら、守谷に促されるまま駅弁売り場へ。
「ど、どれでも良いんですか?」
「勿論、食べたいお弁当、選んで下さい」
すると、少女は途端に泣き出した。
守谷は驚き、何をしたら良いか分からなくなってしまう。
「えっ、えっと……」
「――ありがとうございます、私、まともなご飯食べれてなくて……」
「そ、そうだったん……、ですね」
この異様な光景に周りの視線は集まっていた。
笑いながら泣く少女と、車掌の腕章を付けた国鉄マンが駅弁を買う光景。
これを異様と言わず何と言おうか。
少女は"豚わっぱ弁当"を手に取った。
守谷は何も言わず財布を取り出し、会計を済ませる。
少女は終始申し訳なさそうにしていた。
「本当にありがとうございます」
「いやいや、僕は出来る事をしただけで……」
守谷は何度も頭を下げる少女にただ謙遜する事しか出来なかった。
そして、守谷は少女を駅構内のベンチに座らせる。
少女が一生懸命食べる姿を守谷は終始笑顔で見守っていた。
「ごちそうさまでした!」
かなりの空腹だったのだろうか、10分足らずで完食。
弁当のゴミは守谷がゴミ箱へ捨てた。
「じゃあ、僕そろそろ仕事だから、行きますね」
「はい、お気をつけて」
「うん、ありがとう。 じゃあ、また列車で!」
「はいっ、また列車で!」
守谷は乗務する列車が停車する予定の4番線へ向けて歩いて行く。
一方、少女は暫く駅構内のベンチでリラックスしているのであった……。
北の大地、南の玄関口と首都を結ぶ主力特別急行。
今日も多くの人々を、玄関から首都、首都から玄関へと運んでいく。
何かが特別な列車では無いが、その存在を必要としている人が居る。
そんな人々の為に、今日も特別急行は征く。
ご乗車ありがとうございます、特別急行北斗、函館行です。
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