小頓別駅

 1月31日 05:02 小頓別しょうとんべつ駅 2番線


「小頓別~、小頓別~」


 北海道は宗谷地方。

 ここは天北線、小頓別駅。

 単式ホームの2面2線で、急行"天北"も停車する主要駅の1つである。


 この駅を管理しているのは、2人の

 姉の占冠 瑞しむかっぷ みずきと妹の占冠 碧しむかっぷ あおい

 瑞は黒髪ロング、碧は茶髪セミロングである。


 瑞はこの小頓別駅の駅長を務め、対して碧は助役。

 と言っても、従える部下はおらず、2人だけで駅を維持している。

 今年で瑞は21歳で3年目、碧は20歳で2年目。

 これは人材不足の影響である。

 因みに、2人共、制服は男性用の物を着用。

 この理由は後程明かされるであろう。


 今日も音威子府からやって来た始発列車、721Dが小頓別駅に到着した。

 碧は列車の先頭に立ち、列車を見守っている。

 乗客が降りてくる度、お礼を告げながら乗客を見送った。


「乗降ヨシ、時間ヨシ」


 乗り降りする旅客が居なくなった事とホーム上の安全を確認すると、右手を高く掲げ、笛を鳴らして運転士に出発合図を送る。

 合図を確認した運転士は、扉を閉めて列車を発車させた。

 キハ54のエンジン音が徐々に遠ざかっていく。


「ホーム良し」


 碧は列車を見送ると、そそくさと駅舎に戻る。

 現在、宗谷地方には低気圧が停滞しており、積雪量はかなりの物であった。


「お姉ちゃん、無事に出したよ」


「うん、ありがとう」


 旅客は既に全員駅を出ており、今この駅に居るのは瑞と碧だけになった。

 しかし、これが基本であり、2人以外の人が居るのは稀である。


「723Dは私が出すから、切符を集めてくれ」


「分かった、じゃあ722Dは僕が出すね」


「あぁ、頼んだ」


 2人は列車が到着する際の立哨を交代でやっている。

 瑞が立哨なら、碧が集札。

 逆に碧が立哨なら、瑞が集札……の様に、立哨と集札を代わり番こで務めている。


 出札に関しては、原則券売機で行われている。

 急行停車駅であるから、指定席券売機も併設。

 しっかり精算機も配置され、設備は都市圏の駅と何ら変わりはない。

 この券売機用の切符の補充もこの2人の仕事である。


「あ、お姉ちゃん、今日本線の迂回貨物が来るんだったよね」


「あぁ、そうだ。 ……そろそろだな」


 宗谷本線はこの雪によって音威子府~南稚内間が運休。

 利尻島や礼文島、稚内市街地への物資輸送の為の貨物列車が迂回の為に天北線を経由する。

 天北線は軌道が脆弱であったが、数年前に行われた改修工事によってそれを克服。

 今では宗谷本線の迂回ルートとしての役割を十二分に果たしている。


「ホーム出よう、碧」


「うん、分かった」


 瑞は駅長制帽を被り直し、国鉄外套を羽織ってホームへ出る。

 瑞に続いて碧もホームに出た。

 この貨物列車は札幌貨物ターミナルから稚内貨物ターミナルへ向かう定期貨物の1085レ。

 貨物列車が天北線に入線するのは数十年ぶりである。


 ホームに出て数分。

 1085レが小頓別駅に接近。

 吹雪の中、前照灯が迫って来る。


 時刻は5時17分。

 この1085レは721Dの後追いで稚内へ向かう。

 あくまで臨時列車であるから、定期列車のダイヤの邪魔をしない様なダイヤで走っている。


「あ、お姉ちゃん、来たよ」


「ホーム良し」


 雪が舞う中、コンテナを満載したコキを9両従え、DD65機関車は小頓別駅2番線を通過し、稚内へ向けて進んでいく。


「何積んでるんだろうね?」


「さぁな、生活必需品とかじゃないか?」


 1085レは雪の中に消えて行く。

 最後部のコキの反射板はいつもより早く見えなくなった。


「ホーム良し、さぁ、戻ろう」


 駅舎に戻って、男子トイレに向かう。

 この占冠姉妹、姉妹として知られているが実態は兄弟であり、生物学的には男。

 男性用の制服を着用しているのもこれが原因である。

 生物学的観点から見た場合、この2人は占冠兄弟と表すのが正しいのだが、見た目・声・仕草等の諸々の要素から女性と表してもなんら問題は無い範疇にあるのだ。

 ただ、モノが付属しているだけである。

 因みに、この事実を知る小頓別の住民は少ない。

 旭川鉄道管理局でも、この事実を知る物は少なかった。


「そう言えばさ、貨物側線の跡があるけど、あれ何なの?」


「碧の言った通りだ。 昔は木材やパルプ材の生産地として栄えたらしいな」


「へぇ、そうなんだね」


「今は全くだがな」


 ここ小頓別は、かつては木材・パルプ材の発送駅として栄え、道北一とも評された貯木場があり、その為、貨物列車も頻繁に往来していた。

 1963年にはパルプ材を7万トン発送した実績がある。



 そして、時は進み14時10分。

 小頓別駅1番の定期イベントである急行天北号の到着まで10分を切った。

 吹雪の中、全列車遅延は無く定時で運行されており、この急行天北号もまた同じく、定時運行を果たしている。


 待合室は名寄や旭川、札幌へ向かう乗客で溢れている。

 指定席券売機にも列が出来ていた。

 また、窓口も指定席券売機の使い方が分からない人が並んでいる。


「はい、旭川まで乗車券と急行券合わせて3860円になります」


「名寄まで2050円になりまーす」


 出札・集札は瑞が、立哨は碧。

 と言っても、列車が来る5分前までは2人共出札を行う。

 乗車券と急行券が飛ぶ様に売れる。


「あ、そろそろホーム行ってくるね」


「あぁ、分かった。 行ってらっしゃい――あ、その経路はお売りできませんね」


 碧は旅客を掻き分けてホームに出る。

 ホームにはかなりの雪が積もっていた。


「うへ~、さっき除雪したばっかなのに……」


 時刻は14時13分、札幌行の天北が到着するまで丁度5分。

 連絡によれば、列車は遅れていない様だ。

 しかし、これから遅れないとは限らない。

 一方、駅舎内では急行券の販売を終えた瑞が列車の案内を行っていた。


「次の列車は14時17分、急行天北札幌行でーす。 4両編成、先頭は4号車でーす。 指定席は1号車A室、それ以外全て自由席となっておりまーす!」


 メガホンを使い、待合室の乗客に呼びかける。

 この天北号は殆どが自由席。

 指定席は1号車の半分にも満たない。


「途中、音威子府、美深、名寄、士別、和寒、旭川、深川、滝川、岩見沢の順に停車しまーす。 名寄本線、紋別方面と深名線、幌加内ほろかない朱鞠内しゅまりない方面は名寄で、石北本線、上川方面と富良野線、富良野方面は旭川で、留萌本線、留萌・増毛方面は深川で、室蘭本線、追分・苫小牧方面は岩見沢で、札沼線、石狩当別・新十津川方面は終点の札幌でお乗換下さーい」


 乗換案内も欠かさずに行う。

 案内を終えると、腕時計で時間を確認。


「(そろそろ改札しても良いな)」


 乗客の数から改札を行う時間を決めた。

 今日は天候の影響もあり、少し遅めに開始する。


「それでは、14時17分発、急行天北号札幌行の改札を開始致しまーす、ご乗車のお客様、改札にお並び下さーい」


 改札に立ち、はさみで1枚1枚穴を入れていく。

 この鋏、意外と力が必要で、最初の内はスムーズには出来ないが、毎日やっているとだんだん慣れてくる物で、瑞も碧も素早く鋏を入れる事が可能になった。

 しかし、東鉄型はまだ使いこなせない様だ。


 瑞に改札をして貰った旅客が次々1番線へと押し寄せる。

 1番線は旅客でいっぱいになった。


「白線内までお下がり下さーい、1番線列車が入って参りまーす!」


 吹雪の中、特徴的な顔をした261系がゆっくり接近。

 雪を碧と旅客に撒き散らしながら停車。

 扉が開くと同時に、降車客が一気に降りて来る。


「小頓別ゥゥゥ~、小頓別ゥゥゥ~、降りる方を先にお通し下さ~い! 急行天北、すぐの発車となりまーす!」


 特別急行・急行列車が到着した際の独特な駅名連呼はこんなローカル駅でも健在。

 長く続く国鉄の伝統の1つである。


「(よーしっ、全員乗ったね)」


 そう思い、車掌に出発の合図を出そう笛を咥えたその瞬間、瑞が叫んだ。

 その声はかなり遠くから聞こえてくる。


「待って! まだ出さないで!」


「えっ?」


「今発券するから待って!」


 瑞は発車寸前に駆け込んできた家族の乗車券・急行券の発券をしていた。

 駆けこんできたのは3人家族で、両親2人と子供が1人。

 札幌まで向かうのだそう。


 これを逃すと、札幌に到着するのは最速で21時34分となり、乗換も名寄と旭川の計2回生じる事となる。

 瑞はそれを知っていた。

 だから急いで発券して、どうにかこの天北号に乗せる。


「大人2人子供1人で、1万2920円です」


 お金を用意している間に切符を発券する。

 発券すると言っても、マルスで発券する程の時間は無いので手書きで発券。


 発行箇所、発行日と乗車日の所に該当するスタンプを押し、券種の欄に乗車券・急行券のスタンプを押す。

 走り書きで発駅・着駅の欄に小頓別・札幌と書き、列車名の欄に天北と書く。

 便番号は付けられてないので空欄。

 発時刻の欄に1417と記し、お席の欄は空白。

 値段の欄、大人用の2枚は5170円、小人用の1枚には2580円と記す。


「はい、1万2920円丁度ですねっ、はい、こちら乗車券急行券です、ほら、走って!」


 両親はお礼を言って、子供を抱きかかえてホームへ走る。

 発券までの時間、僅か1分。

 瑞のスキルが光った瞬間である。

 驚く事に、文字も判読可能であった。


「札幌行、発車しまーす! 急いで―っ!」


 家族がホームに足を踏み入れると同時に笛を鳴らす。

 碧は4号車の前方扉から乗る様に促した。

 家族は誘導に従って、一番近い4号車前方扉から列車に乗り込んだ。

 家族が乗車したと同時に、笛を鳴らすのを止め、右手を高く上げて車掌に発車の合図を送る。


 碧の合図を確認した車掌は速やかに扉を閉めて、ブザーを鳴らして運転士に出発合図を送る。

 合図を確認した運転士はノッチを引き、列車を発車させた。

 こうして、瑞と碧の連携によって、家族を無事に乗せ、遅延は1分に抑えられた。


「ホーム良しっ」


 碧は猛吹雪中に灯る尾灯がいつもより輝いて見えた。

 次の列車は反対方向、稚内行の急行天北。

 16時2分の発車、2時間の差がある。


「次お姉ちゃん、立哨ねー」


「うん、分かってるよ」


 碧は事務室の椅子に座り、雪が付着した外套を椅子の背もたれに掛ける。

 助役制帽を事務机の上に置いてリラックス。


「何か一気に疲れたよ~」


「碧は立ってただけだろう?」


「車掌からの圧が凄かったの、お姉ちゃんも体験すれば分かるって」


「そんなに凄かったのか?」


「もう目がギンギン、早くしろ~、早くしろ~って」


 碧はその時の車掌を再現するかの様に目を見開き、歯ぎしりをさせ、事務机から身を乗り出し、顔を強張らせた。

 あまりにおかしな顔だったので、瑞は思わず笑ってしまった。


「……お姉ちゃん何笑ってんの?」


「いやぁっ、フフッ、顔がねっ、面白くって、クフフ、アーッハッハハッハ!」


「もう、お姉ちゃんったら……」


 瑞は腹を抱えて笑っていた。

 そんな瑞に対し、碧は口を尖らせて言う。

 碧は至って真剣であった。


「お姉ちゃんも同じ目に合えば分かるよーだ」


「はいはい、楽しみにしとくねー」


 碧は不貞腐れた様に言った。

 それに対し、瑞は煽りとも取れる様に言い放つ。


 時は流れて16時3分。

 下り、稚内行きの急行天北が出発した頃。


「しゃ、車掌さんって結構怖いんだな……」


「ね? 圧凄いでしょ?」


「あ、あぁ……、あんなに圧を感じた事無い……」


 フラグは無事に回収された。

 瑞も碧と同じ目に遭ったのだ。

 今度は家族連れでは無くカップル。

 しかも、瑞や碧が走れと言う中、悠々歩いて乗り込んだ。

 これに車掌の怒りは頂点に達した様で、乗務員室の窓を乱暴に閉めた様だった。


「時間には余裕をもって来て欲しいよね」


「全くだ、どうしてギリギリに来るんだ」


 そうぼやきながら駅長制帽を机に置き、外套を椅子に掛ける。

 駅長と助役の机と椅子は向かい合っており、ホーム側が駅長、反対側が助役。

 本来は分かれていたが、自分達でくっつけた。

 机は丁度事務室中央に配置されている。


「次は729Dか、確か新型車両だったな」


「そうだね。 DEC100だっけ?」


「そう、DEC100」


 DEC100形気動車は国鉄が2025年に運行を開始した電気式気動車。

 国鉄では初の採用となるディーゼル・エレクトリック方式を使用。

 日本全国に生息しているキハ40、キハ54、キハ66らを完全に淘汰すべく製造された気動車である。

 北海道は寒冷地であるが故、それ専用の1000番台が製造された。

 それによって、本州・四国・九州と比べ投入はかなり遅れたが、今や道内からキハ40を完全に駆逐し、キハ54も淘汰寸前。

 宗谷本線・天北線にのみ残されたキハ54もあと数両を残すのみであった。


「見た目も凄かったよね」


「そうだな、カラーリングは54と変らないが、かなり近代的になったな」


「僕、初めて見ると思う」


「そうだったか?」


「うん、そのはず」


「そうか、楽しみにしておけ。 音が段違いだぞ」


「うん、楽しみにしとく」


 そして、時は流れて16時35分。

 2人は天北線に投入された新型のDEC100形を見物する為、2番線に降り立った。


「ほら、見えて来た、あれだ」


「ホーム良し!」


 前照灯を一際強く光らせ、DEC100形気動車が小頓別2番線に接近。

 キハ54と同じく、銀色の車体に深い赤のライン。

 車体の輝きのせいか、2人は同じ色でも違うに見えた。


 雪は止んではいないが、勢いは弱くなった。

 視界は良くなり、DEC100形の姿が遠くから良く見える。


「あれがDEC100形か」


「そうだ、あれが54を駆逐する新型気動車だ」


 DEC100はゆっくりとホームに停車。

 エンジン音はキハ54と比較して、かなり静かになっていた。


「小頓別~、小頓別~」


 碧が駅名を連呼する。

 瑞はその後ろで切符を確認する準備をしていた。


 降車する旅客は2人、老夫婦。

 瑞は老夫婦の切符を確認し、駅舎に向かわせる。


「良し、誰も居ないね」


 降車客が居ない事とホームの安全を確認し、笛を鳴らし、緑の合図灯を右手で回し、運転士に発車の合図を送る。

 日は傾きつつあり、その上、雪が降っていた為視界が徐々に悪くなっていた。

 その為、規定より早めに合図灯を使用している。


 合図を確認した運転士は扉を閉めて、列車を発車させる。

 遥かに静かなエンジン音は、旧来のキハ54より遥かに早く消え去った。


「……あれが、DEC100」


「そうだ、この宗谷地方からキハ54を駆逐する車両だ」


「あれだけになっちゃうんだね」


「まぁ、そうなるな」


「……寂しくなるね」


「あぁ……、そうだな」


 2人はホームで走り去るDEC100形を見えなくなる眺めていた。

 その目は期待の眼差しか、それとも寂しさから来る喪失感による眼差しか。

 2人はそんな事を思っているとはつゆ知らず、DEC100形は稚内へ向けて、走り去って行った……。



 此処は天北峠を超えた先の駅。

 鉄路が無き歌登への玄関口。

 そして、かつて木材・パルプ材発送で栄えた貨物駅。

 しかし、今やその面影も無く、貨物側線も撤去された。

 だが、それでも住民は鉄路を欲する、自らの足の為に。

 民の為に、鉄路は在り。

 2人の若者がこの小さな主要駅を維持している。

 ここは宗谷地方、天北線は小頓別駅。

 幌別川を横目に、今日も気動車が北へ南へ行き交う。

 ご乗車ありがとうございました、間もなく、小頓別です。

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