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東北新幹線

 2031年 1月15日 06:16 新青森駅 11,12番線


[11番線、停車中の電車ははやぶさ4号、東京行です。 八戸、盛岡、仙台、大宮に停まります]


 ここは新幹線最北の駅、新青森駅。

 新青森駅、新幹線の始発が今発車しようとしていた。

 1400系新幹線は東北新幹線用に開発された車両で、上半分は緑、下半分は白、境目にピンクのラインを纏っている。


 その始発列車に乗務する車掌は弘前 武雄ひろさき たけお43歳。

 新幹線に乗務し始めて22年のベテラン車掌だ。


「ご乗車ありがとうございます、はやぶさ4号東京行です。 途中、八戸、盛岡、仙台、大宮に停まります。 電車は前から1号車、2号車の順で1番後ろが10号車です。 全車指定席で、自由席はございません。 グリーン車は9号車、グランクラスは10号車です。 6時18分の発車まで暫くお待ち下さい」


 停車中案内を終えると、乗務員室の窓を開けて外を眺める。

 人はあまりおらず、ホームはガランとしていた。


[11番線から、はやぶさ4号、東京行が発車します]


 軽いベル音が流れ、列車の発車時刻を告げる。

 駆け込んでくる客は1人も居なかった。


[11番線、はやぶさ4号東京行、発車しまーす。 ドア、閉まりますから、ご注意願います。 はやぶさ号東京行の発車でーす]


 駆け込み客、ホームドアや車両に触れる客などの列車の定発を妨げる要因は無い。

 それを確認した弘前はホームドアと扉を閉め、運転士に合図を送る。


「側灯良し」


 合図の数秒後、列車が動き出した。

 乗務員室の窓から上半身を乗り出しながら、ホーム上に危険が無いか確認する。

 ホーム先端で立番をしている駅員に敬礼、列車はホームから離れた。


 曇り空の青森市街を南へ南へと進む。

 弘前は列車がホームを完全に離れた事を確認すると、自動放送を流す。


[本日も日本国鉄鉄道をご利用下さいまして、ありがとうございます。この電車は、東北新幹線はやぶさ号、東京行です。 全車指定席で、自由席はございません。 次は、八戸に停まります。 車内はデッキ含めまして全て禁煙です。お客様にお願い致します、携帯電話をご使用の際は周りのお客様のご迷惑となりませんよう、デッキをご利用下さい]


 弘前の出番は英語放送が流れ終わった後。

 停車駅と到着時刻、車内の案内だ。


「ご乗車ありがとうございます、はやぶさ4号東京行でございます。 これより先、到着駅と到着時刻のご案内を致します。 八戸6時42分、盛岡7時10分、仙台7時51分、大宮8時59分、終点の東京には9時23分に到着を致します。 続いて、車内のご案内を致します。 全車指定席で、グリーン車は9号車、グランクラスは10号車、それ以外の車両は指定席です。 お手持ちの切符の座席番号の座席にお座り下さい。 次は、八戸に停まります」


 新幹線に於いて、検札は廃止された。

 予約状況は手元のタブレットで把握されている。

 特に全車指定ともなれば、検札の必要は少なくなり、少し見回るだけで良い。


「巡回行くかぁ」


 乗務員室は9号車東京寄りにある。

 故に9号車のグリーン車から巡回に向かう。


 乗務員室を出て、9号車の客室へ。

 乗車率は4割程、これから東京に至るまでで満席になる予定だ。


 特に異常は無かったので、10号車のグランクラスへ。

 重厚な扉を抜けると、豪華絢爛な客室が広がった。

 1+2の3列に、シートピッチは1300mm、バックシェルを搭載した快適な座席。

 18席ある内、埋まっていたのは2席だけ。

 グランクラスは東京に至るまでで6席埋まる予定。


「(俺も乗りてぇなぁ、グランクラス)」


 弘前は日々の鬱憤をグランクラスの乗客にぶつけたいと言う感情を抑え、指定席の巡回へ向かう。

 指定席は新青森発車時点で、着席率は4割程。

 指定席もグリーン車と同じく東京に近づくにつれ、座席は埋まっていく。

 しかし、満席では無かった。


 特に異常は無かったので、乗務員室に戻った。

 時刻は6時27分、八戸までは後15分。

 何かトラブルが無ければ、このまま乗務員室で車内の温度管理を行う。

 寒い冬であるから、暖房を強めに作動させる。


「雪……、降るっけ、忘れたなぁ」


 雲が空を覆い隠している。

 弘前は雪が降る気配を感じた。


「降ったら面倒だなぁ、遅れないと良いが」


 弘前の予測通り、雪は降った。

 それは仙台を発車した後の事であった。


「雪ィ〜……、遅れてくれるなよ〜……」


 広瀬川と名取川をを越え、列車は在来線と別れ山間区間に突入。

 白石蔵王を過ぎ、列車が福島を通過しようとしたその時、4号車の緊急通報装置が押された。


「どうされました?」


 緊急通報装置は列車を緊急停止させる物ではなく、乗務員と会話をなす為の装置。

 内容によって、列車を緊急停止させるかを判断する。


『け、喧嘩してるんです! 喧嘩!』


「喧嘩?」


『はい、今、男が2人揉み合ってるんです!』


「分かりました、何号車ですか?」


『4両目です!』


「分かりました、すぐ向かいますから離れてお待ち下さい」


 弘前は乗務員室を飛び出し、駆け足で4号車に向かう。

 弘前が4号車に辿り着くと、そこには想像を絶する景色が広がっていた。


「な、な……!」


 若い男が血塗れとなり、倒れていた。

 その男の上に、弘前と同じ位の年齢の男が乗っていた。


「は、離れて、離れて!」


 弘前は野次馬を押しのけて2人の男の元へ駆け寄り、上に乗っている男を引き剥がし、座席に座らせる。


「一体、何があったんです」


「コイツが、コイツが悪いんだ!」


「だから、何があったんです?」


 男は激しく興奮しており、とても話を聞ける様子では無かった。

 弘前は血塗れの若い男の方に対処する事とした。


「救急車、とにかく連絡せんと……、あ、誰か、止血、止血しといて!」


 弘前には医療の腕は無かった。

 出来る事と言えば、絆創膏を貼る位。

 22年間、弘前は鉄道一筋であった。


 急いで乗務員室に戻り、運転士に連絡を取る。

 運転士は盛岡で交代し、新青森から乗務していた運転士とは別の運転士であった。

 その運転士の名は秋川 広あきかわ ひろ

 秋川は弘前の後輩であった。


「秋川、秋川」


『どうしました?』


「急患だ、4号車で喧嘩だ、その上片方は血塗れだ、福島は過ぎちまった」


『郡山に停めましょう、指令に連絡します』


「あ、俺がやる、運転に集中しろ」


『は、はぁ、分かりました』


 運転室との回線を切って、指令所との回線に切り替える。

 弘前は焦っていた。

 男が死んでしまうのではないかと。


「こちら4B、こちら4B車掌、どうぞ」


『指令本部、4B車掌、どうぞ』


「4号車で乗客同士のトラブル、喧嘩が発生、若い男が血塗れで倒れている、郡山に臨時停車の上、救急車を」


『了解、郡山に救急車を手配しておきます』


「了解しました」


『それと、公安官も、以上』


「4B車掌、了解」


 指令所との回線を切って、臨時停車の放送を始める。

 本来、車掌は2,3人乗務するはずだったが、深刻な人材不足によって、人材の確保がままならならくなったので、弘前は仕方なく1人で乗務していた。

 せめてもう1人、もう1人乗務していたら良かったと心の底から思い、人材不足を悔やむ。


「お客様にお知らせ致します、当列車はお客様トラブルの影響により、郡山駅に臨時停車致しますが、扉は開きません、お降りにはなれませんからご注意下さい」


 放送を終え、4号車に戻ると、他の乗客が中年の男を取り押さえていた。

 どうやら、また暴れ出したようだ。


「弱ったなぁ……」


 弘前には男を抑らえる程の力は無く、抑えるには他の乗客の助けを借りる他は無い。

 とにかく今は、早く郡山に着いて欲しい。

 弘前はその事で頭がいっぱいだった。


「後どれ位かっ……」


 弘前は窓の外にある景色を確認する。

 ほぼ毎日、東京と新青森の間を往復している弘前は、景色を見るだけで列車が今どのあたりに居るのか、次の駅まで後どれ位かが分かる様になった。


「……もうすぐか」


 列車は丁度、擦上川すりかみがわを渡っている所だった。

 ここまで来れば、郡山まであと少し。

 郡山には退避列車は居ないので、そのまま入線する事が可能である。

 弘前は簡単な止血をされてた若い男に呼びかける。


「大丈夫ですか! もうすぐ駅ですから、救急車が来ますから、病院に行けますからね」


「……あ……、あぁ……」


 男はまだ意識がある様で、弘前は安心した。

 尚、この男を血塗れにした中年の男は他の乗客やアテンダントにガッチリ拘束され、何も出来ない様になっている。


 意識がある事を確認した弘前はホームの安全確認を行う為に乗務員室に戻った。

 列車は速度を落とし、郡山駅13番線に入線する。

 ホームで後続のやまびこ210号を待っていた乗客は驚いていた。

 当然だろう、本来は通過線を通過していくはずの列車が停車しているのだから。

 そして、4号車の乗車位置には救急隊と公安官が待機していた。


「10両停止位置、オーライ。 点灯、オーライ」


 停目通りに停車した事を確認すると、4号車の扉だけを開き、4号車へ向かう。

 扉が開くと、救急隊と公安官は車内に駆け込んできた。

 若い男は即座に担架に載せられ、運ばれていき、中年の男は公安官によって、車外に連行される……。


「(床もヤバいなぁ……、真っ赤じゃん)」


 当然ながら、床も血で塗れている。

 弘前は4号車から他の号車の空席に乗客を移動させる事とした。

 幸いな事に指定席は満席では無く、まだ空席が残っている。


「えー、4号車の皆様、これから他の号車の指定席に移動して頂きますが、先に列車を発車させますので少々お待ち下さい」


 弘前は急いで乗務員室に戻り、運転士に指令所に連絡を取る。

 列車を発車させても良いかの連絡だ。


「秋川、一応終わった。 指令所に連絡する」


『はい、了解しました』


「こちら4B車掌、どうぞ」


『指令本部、4B車掌どうぞ』


「乗客対応完了。 床が血で濡れているので、4号車の乗客は他の号車に移動させます」


『了解、そのまま東京まで行って下さい、車両は東京から回送で東京車両センターまで、以上』


「はい、4B車掌了解」


 指令所との連絡を終えると、扉を閉めて列車を発車させる。

 この時点で遅延は26分であった。

 列車が郡山駅を出ると、弘前は4号車の乗客の誘導を開始した。


「はい、こちらですね」


 ここでも弘前は思った。

 もう1人乗務してくれと。

 更に、夜行列車に人員を割くなら新幹線に人手を寄越してくれとも思った。


 一通り乗客を移動させ、乗務員室に戻り一息。

 弘前の心中は"早く東京に着いて欲しい"の一心であった。

 その願いに応えるかのように列車は速度を増し、東京へ急いだ。

 大宮には18分遅れの8時17分に到着。

 扉を10秒も開けずにさっさと閉めて発車。

 遅延を回復するのに、弘前に出来る事は出来るだけ早く・正確に安全を確認し、扉を閉める事であった。

 雪はいつの間にか止んでおり、またもや曇天が空を支配していた。


「始発で良かった、終電だったら、多分俺帰れなかったし……」


 列車は遅延を回復すべく、いつもより飛ばしていた。

 列車は上野を16分遅れで通過、次は終点、東京である。

 弘前は自動放送を作動させ、マイクを手に取り自動放送が終わるのを待った。


「――ご乗車、お疲れ様でございました。 終点の東京に16分遅れで到着を致します。 お出口左側、20番線に着きます。 本日、お客様トラブルの影響により、列車が遅れた事をお詫び致します。 本日は日本国有鉄道、はやぶさ4号にご乗車頂き、誠にありがとうございました。 終点、東京でございます」


 自動放送が終わると、即座に放送を開始。

 列車が遅れた事を謝罪した。


 列車は速度を落とし、ゆっくりと東京駅20番線に入る。

 この列車は本来、東京で折り返し、はやぶさ13号となるはずであった。

 弘前は東京で一休みし、はやぶさ15号の車掌を務める予定。

 しかし、車両センターまで回送すると言う任を請け負ってしまった為、予定通り乗務出来るかは不明。


「はぁ、今日は少し大変な一日になりそうだ」


 弘前は帽子を被り直し、窓から上半身を乗り出してホームの安全確認を行う。

 どんなに列車が遅れようが、やる事は変わらない。

 扉を開閉し、列車と乗客の安全を確保する。

 それが車掌の仕事だ。


「10両停車位置、オーライ。 点灯、オーライ」


 列車は16分の遅れを以って東京駅に到着した。

 乗客を全て降ろしたら、車内清掃をせずに東京新幹線車両センターへ回送される。

 本来この車両が担うはずだった運用は、予備車が動員され、穴を塞いだ。


[東京、東京です。 車内にお忘れ物の無いようご注意下さい、20番線の電車は回送車です、お乗りにならないようご注意下さい、終点東京に到着でーす]


 東京青森、674.9km。

 本州の北の果て青森、首都東京を繋ぐ新たな幹線。

 東京青森間、最短約3時間、従来より5時間短縮された。

 東北本線の在来線特急と飛行機を蹴散らし、青森路を時速320km/hで駆ける。

 本州の果てを目指し、今日も明日も駆けて征く……。

 本日も東北新幹線をご利用頂きまして、ありがとうございました。

 間もなく、終点、東京です。

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