幹線駅

札幌駅 

 2031年 1月11日 05:40 札幌駅 6番線


「マイクのテストを行います。 本日ハ晴天也、本日ハ晴天也」


 雪が降りしきる冬の札幌。

 その中心駅である札幌駅の6番線に彼は立っていた。

 マイクの調子を確認すると、息を整えて本放送を開始する。


「おはようございます、本日も国鉄をご利用頂きましてありがとうございます。 次に6番線に参ります列車は、5時50分発の快速エアポート10号、新千歳空港行きでございます」


 彼の名は宮瀬 茂みやせ しげる、御歳59歳になる札幌駅の助役だ。

 部下からは宮さんと呼ばれ、慕われている。

 また、駅長からもそう呼ばれており、札幌駅で働く職員全員から尊敬されていた。


「列車は6両編成、前から1号車、2号車の順で、1番後ろが6号車。 4号車は指定席uシートでございます、ご乗車には指定席券が必要ですから、ご乗車のお客様はご用意の上ご乗車下さい」


 この快速エアポート10号は札幌駅を最も早く出発する列車。

 早朝の航空便への接続列車である。


「白石、北広島、恵庭、千歳、南千歳、新千歳空港の順に停車して参ります。 終着、新千歳空港には6時28分の到着となります」


 この10号を利用する乗客は多く、新千歳空港の需要の高さが伺える。

 確かに航空機はそれなりに発達しているが、かなり値が張るため鉄道での長距離移動も未だ現役だ。

 長距離列車も数多くこの札幌駅には発着する。


「吊り下げ札、快速エアポートの乗車位置で2列に並んでお待ち下さい」


 今日もまた、平凡な1日が始まる。

 特別な事は何も無い、平凡な日々が。


[お待たせ致しました。 間もなく、6番線に小樽から来ました、5時50分発、新千歳空港行、快速エアポート10号が到着致します。危険ですので黄色い点字ブロックの内側に下がってお待ち下さい]


「6番線ご注意願います、5時50分発、新千歳空港行の快速エアポート10号が入って参ります。 大変危険でございますから、黄色い線の内側にてお待ち願います。 6番線到着の電車は快速エアポート10号でございます」


 銀色の車体に緑のラインが特徴的な721系が入線して来る。

 車体にはかなりの雪が付着しており、ホーム上に雪を撒き散らしていた。


[ありがとうございました、札幌です]


「札幌、札幌です、ご乗車ありがとうございました。 函館行特別急行北斗2号は4番線から、6時丁度の発車、10分のお乗り継ぎでございます。同じく6時丁度発、旭川行普通列車は向かい側、7番線から発車致します」


 直近の列車の案内を行う。

 宮瀬にとって、この快速エアポート10号を見送るのが日課であり、列車を見送ったら改札付近に立ち、ラッシュに備える。


[6番線から新千歳空港行、快速エアポート10号が発車します。 ドアが閉まりますので、ご注意下さい。 次の停車駅は白石です]


「6番線から快速エアポート10号の発車です。 ご乗車のお客様、お急ぎ願います」


 階段を確認し、駆け上がってくる乗客を探す。

 居なければ出発指示合図機を操作し、車掌に出発指示を送る。


「よし、居ないな」


 どうやら、今日は今日は居なかったらしく、宮瀬は階段を少し覗いた後、合図機を操作して指示を送った。

 ベルの鳴動と共に出発指示標識が杏色に点灯する。

 それを確認した車掌は扉を閉め、運転士に合図を送り、列車を発車させた。


「ホーム良しっ」


「宮さん、引き継ぎです」


「おう、ご苦労さん」


 宮瀬は列車が無事に出発した事確認すると、他の駅員に輸送係の任を託し、改札口へと向かった。

 この時、宮瀬は思い出した。

 今日は団体客がやって来る事を。


「あぁ、そういやもうすぐ時間だな」


 団体客は6時半にやってくる予定。

 つまり、あと30分程でやってくる。


「宮さん、集まってきてますよ、団体さん」


 出札係の大瀬おおせが宮瀬に報告する。

 報告通り、改札前には部活動のユニフォームを着た学生達が集まりつつあった。


「何の部活か分かるか?」


「確か、弓道部だったと思いますよ」


「へぇ」


 宮瀬は学生時代を思い出した。

 宮瀬はテニス部であり、大会にも出場した事がある。

 その事を思い出していた。


「懐かしいなぁ、皆初々しいな」


「宮さん、実は俺も弓道部だったんですよ」


「え、そうだったのか?」


 宮瀬は驚いた。

 大瀬は背丈が小さく、宮瀬の目にはとても運動部に入っている様には見えていなかったのだ。


「今でも弓、引けると思いますよ」


「そうかぁ、お前弓道部だったのか」


 しかも、意外にも弓道であった。

 野球でもなく、サッカーでもなく、弓道。

 宮瀬は気になった。

 数年振りに好奇心を掻き立てられたのだ。


「あ、宮さん、誘導と案内を頼んでも良いですか? 俺、ココ立ってなきゃいけないんで」


「あぁ、分かった。 4Dだったよな?」


「はい、4Dです」


 4Dとは列車番号を指し、Dはディーゼル、気動車列車である事を示している。

 列番4Dとは札幌を6時52分に出発する特別急行北斗4号。

 今回は5両編成の内、最後部の5号車を貸切っていた。


「40分になったらホームに上げてください」


「了解、俺に任せろ」


「ありがとうございます」


「じゃ、ちょっと挨拶してくる」


「分かりました」


 宮瀬は改札の外で待機している顧問に挨拶しに行く。

 同時に、最終確認を行う。

 一応、乗る列車が間違ってないか、何人乗るか、何処まで乗るか等を確認する。


「おはようございます」


「あ、おはようございます。 本日は宜しくお願いします」


 顧問は30代の男性で、かなりイカつい顔をしている。

 しかし、宮瀬は怖気付く事なく対応出来た。


「こちらこそ。 助役の宮瀬です」


「札幌中央高校、弓道部顧問の秋瀬です」


「では、確認ですが、乗車列車は北斗4号で間違いありませんね?」


「はい、間違いないです」


「えー、48名で間違いありませんね?」


「あ、2人休んだので46名です」


「はい、46名ですね了解しましたぁ……、終点の函館までの乗車ですね」


「はい、その通りです」


「分かりました、では……」


 宮瀬は腕時計を確認する。

 時刻は6時39分であり、後1分で40分を迎えようとしていた。


「ホームにご案内致しますから、ご準備をお願いします」


「分かりました。 おーい、ホーム移動するぞ」


「「「「はーい」」」」


 改札横のゲートを開けて、学生達を通す。

 全員が通ったのを確認するとゲートを閉鎖。

 先頭に立ち、6番線へと向かう。

 6番線に上がると、輸送係が1人駆け寄って来た。


「宮さん! 丁度良かった、大変です!」


「どうした? 俺、今引率――」


「男が喧嘩してるんですよ、公安と一緒に押さえてるんですけど、それ以上の余裕が無くて」


「放送やってくれって事だな?」


「はい、お願いします」


「任せろ、マイク寄越せ」


「はい、こちらです」


「おう、頑張れよ」


「ハイっ!」


 輸送係は走って喧嘩している男を抑えに行った。

 喧嘩を横目に、宮瀬は団体を5号車乗車位置へ誘導。

 乗車位置に誘導、その後本来輸送係が務めるはずであった駅放送を開始した。


「次に6番線に参ります列車は、当駅始発の特別急行北斗4号、千歳線経由、室蘭回りの函館行でございます。 列車は5両編成、前から1号車、2号車の順で1番後ろが5号車です。 本日、5号車は団体が乗車しております、5号車、団体が乗車しておりますからご乗車になれません、ご注意下さい」


 普段はこれに停車駅を案内するが、代わりに団体が乗車している旨の放送を行った。

 本来の仕事では無いとは言え、任せられた仕事は確実にこなす。

 それが宮瀬の流儀である。


[お待たせ致しました。 間もなく、6番線に、6時52分発、函館行、特別急行北斗4号が到着致します。危険ですのでk――「6番線、特別急行北斗4号の到着です。 危険ですから、黄色い線内側でお待ち下さい。 6番線列車入っております、ご注意願います」


 宮瀬は自動放送に被せて放送を行う。

 宮瀬は何度も黄色い線の内側まで下がる様に促した。

 ホームには今にも黄色い線からはみ出そうな程の乗客が居たからだ。


 雪の中から前照灯が飛び出して来た。

 白色の前面、黄色の貫通扉、銀色の車体、紫のラインを纏った261系が、先のエアポート10号と同じ様に雪を纏い、撒き散らしながらゆっくりホームに入って来る。


 停車し、すぐに扉が開く。

 学生団体を車内に移動させた。

 これで宮瀬の仕事はほぼ終わり。

 後はこの4号を見送るだけとなった。


「6番線停車中の列車は、6時52分発の特別急行北斗、4号函館行でーす。 前から1号車、2号車、一番後ろ5号車、全車指定席で、グリーン車は1号車A室でございます」


 停車中も数分おきに案内を挟む。

 昔からの宮瀬の癖である。


[6番線から函館行、特別急行北斗4号が発車します。 ドアが閉まりますので、ご注意下さい。 次の停車駅は新札幌です]


「6番線から、特別急行北斗4号函館行が発車しまーす。 ご乗車のお客様、お急ぎ願います。 北斗4号の発車でーす」


 合図機に手を掛けて、いつでも指示を送れるように待機。

 この時の宮瀬の目は必ず階段の方へ向いている。

 出来るだけ乗り遅れを無くす為だ。

 この宮瀬の目に救われた人は数多く居る。


「……よぉし」


 合図機のボタンを押し、出発指示を送った。

 車掌はそれを確認し、扉を閉める。

 因みに、駅員がホームに常駐し、都度指示を送ると言う形式はかなり珍しい。

 全国探してみてもこの様な例は少数である。


「6番線列車が発車しております、黄色い線までお下がりください、6番線列車発車しておりまーす」


 6番線にはまだまだ人が居たので、彼らに対し注意を促す。

 不注意で事故を起こされたら堪った物では無いので、宮瀬は特に注力している。


「さぁて、これから朝ラッシュだ、気合入れねぇとなぁ」


 数多の気動車と電車が行き交う北海道最大のターミナル。

 雪と寒さに耐えながら、今日も列車は道内外各地へとひた走る。

 ここは広大な北の大地、首都の駅。

 ご乗車ありがとうございました、札幌です。

 Thank you for boarding. This is Sapporo!

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