第33話 幸せな春休みの日々
春休みの間、義弟となったセベクとパシオを連れて、魔方陣でシューカリウムの王宮へ遊びに行く機会が増えた。
南国育ちの二人にとって、雪国の光景は新鮮だったようだ。王太子殿下の長男は二人と同じく九歳、次男は七歳。四人で仲良く雪合戦で遊ぶ姿を部屋から眺めた。
「本当によかった。アリスンのおかげで次世代のキャッツランドとのパイプも太くなった」
王太子殿下もご満悦の表情で、子供達を眺める。
「あの子達だけじゃない。シューカリウムにいる孤児達も、アリスンとアレク殿下にとても感謝をしているんだよ」
アレクが造った洗濯機は、孤児院へ置かれることとなった。
新聞には【アリスン第一王女殿下の輿入れ先、キャッツランド王国第二王子が孤児院へ高機能洗濯機を寄贈】と大きく掲載され、私の存在はシューカリウム国民へ好意的に受け入れられることになった。
さらに、寒さに厳しいシューカリウム王国の防寒対策として、シューカリウム王国、ヒイラギ皇国、キャッツランド王国の魔術師団が共同で、各家庭で安価に使えるおこたを開発することが決まった。
テーブルの下に温熱装置を入れ、分厚い毛布をかけて暖を取り、足から暖めるという。アレクは日々忙しそうに技術者達と打ち合わせをしている。
私もシューカリウムの孤児院をセベク、パシオを連れて周り、洗濯機についての感想や、他にどういう魔道具があると生活が助かるか、などの要望を聴取した。
微力ながら、アレクの魔道具師としての仕事もサポートできている――私は執政官秘書のお仕事も両立しながら、日々忙しくも楽しい春休みを過ごしている。
「アリスン、僕達の猫型の帽子、あの子達から羨ましがられちゃった。もっと編んであげなよ」
セベクが甘えるように私を見上げ、得意気に猫型の帽子を指差した。
セベクとパシオは、なぜかクルト王太子殿下は「おにぃ」と呼び、アレクは名前呼び捨てで呼ぶ。私の事も始めは「義姉上」と呼んでいたものの、アレクの婚約者ということで、私もアレクとお揃いで名前で呼ばれるようになった。
二人の頭の帽子は、私が編んであげたものだ。二人とも一日楽しそうに孤児達と雪の中で遊び、頬は真っ赤になっている。
「セベク、アリスンは忙しいんだよ。ねぇ、僕も編んでみたい。僕が編んだって聞いたら、あいつらビックリして崇めてくると思うんだ。パシオくんはまさに天才ってね」
承認欲求高めなパシオは、自分で編みたいと言ってきた。
「はぁ? パシオに編めるわけないじゃん」
「やってみなきゃわかんないじゃん。僕はセベクとは違うもん」
「じゃあ僕もやる。パシオよりもうまいって言わせてみせるし」
結局二人に編み物を教えることになってしまった。
でも、さすがはアレクの弟だな、と思う。孤児達を下に見ることもなく、あっさりと友達になってしまった。庶民的な王家とは聞いていたが、彼らは紛れもなく王子様なのだ。それなのに、自ら孤児のための帽子を編むという。
「アリスン、ごめんね。この子達のお
編み物を教えていたら、王妃様がハーブティを淹れてくれた。
「あんた達、もうそろそろ寝なさい。あら、よくできてる。先生がいいのね」
王妃様は二人の王子の頭を撫でて、編みかけの帽子を褒めた。
「お守りじゃない。僕達がシューカリウムの王女であるアリスンの護衛をしてるんだ。ママはわかってない」
二人は少し拗ねて、じゃれあいながら寝室へ向かって行った。
「私、妹はいましたけど、あまり仲がよくなくて。だから弟ができたのが嬉しくて仕方ないんですよ」
妹とはできなかった編み物を弟としている。それがとてつもなく幸せだと思った。
「本当にありがとう、アリスン。どうしてもお兄ちゃんが遊ぶと取っ組み合いのじゃれあいになっちゃって、部屋が散らかっちゃうの。だからお姉さまができて助かるわ」
取っ組み合いのじゃれあいにさせてしまうアレクは、今も魔術師団のいる塔で魔道具を動かしている。
遅くまで大変だな、と思った。
「ねぇ、アリスン。夕飯の残り物でライスボールが作れるわよ。夜食に持っていってくれない?」
王妃様が私を厨房へと誘う。
「私も、たまに、たまーにだけど、旦那が仕事で忙しい時に夜食作って持っていったことがあるの。結構喜んでくれるのよ。男の人って単純ねぇ」
クスクスと笑いながら夕飯の残りを並べた。二人で夜食のライスボールを作る。ライスボールの中に白身魚や焼いた貝などを盛り込んでいく。
お口直しのプラムを干したものを盛り込むと、ヒイラギ皇国で人気のある「ウメボシムスビ」に近いものができあがる。
「王妃様も陛下の元へ持って行くのですか?」
それにしては量が私の3.5倍のライスボールが積み上がっている。
「……クルトの分もなの。まったく……。早くクルトもそういう子を連れてこないかしら」
クルト王太子殿下も、お父様である国王陛下の仕事を手伝っている。春は国の予算を決める重要な時期なので、国王のお仕事も忙しいようだ。
「ねぇ、アリスン。クルトはモテないの? ぜんっぜん浮いた話がないのよ。なんでなのかなぁ」
王妃様はお母様だけに、息子の恋愛事情は心配なご様子。クルト殿下はスパダリで大人気だ。そんな心配する必要は皆無なのに。
「クルト王太子殿下は女子の中で、アレク殿下と同じくらい人気があります」
「比較対象がアレクなのかぁ……それじゃモテるかどうかわかんないなぁ」
「モテますっ! アレク殿下は女子生徒みんなの憧れなんです。スパダリなんです!」
やはり身内では、アレクがどれだけ素敵でカッコよくて可愛いのかがわからないようだ。思いっきり全力でアピールしてしまった。
「アリスンは本当にアレクが大好きなんだね。なんか嬉しいな」
私がアレクを贔屓目で見ているかのような伝わり方しかできていないが、とりあえず王妃様は納得をして夜食の差し入れへ出かけた。私も後に続いて邸宅を出た。
「アレクがいる魔術師団の塔はあそこよ」
私が働いている国王や執政官、宰相や各大臣の執務室のある塔とは離れたところにある。もう夜も遅いが、魔術師団専門の塔は、魔石の灯りが煌々と着いている。
フードを被った魔術師の方達は、私とすれ違うと「おっ」という顔で会釈をする。もうアレクの婚約者であることは皆知っているのだ。
私も会釈をしながら「魔術師の方達の夜食も持ってくればよかったな」と後悔した。
「この設計図通りに作ると、熱くなりすぎて小さな子供には危険ですね」
「おこたの外部に熱さを調節できる装置をつけますか」
アレクは作業着姿で、同じように作業着姿の魔術師や魔道具師の人達と真剣な表情で話し合っている。彼らの前にはおこたの試作品と見られる毛布付きのテーブルが用意されていた。
サファイヤの瞳が知性の輝きに満ちていて、真剣なアレクの表情に釘付けになる。やっぱりカッコいい。入り口で立ちすくんでいたら、魔術師の方が私に気付いてくれた。
「殿下、お腹減りません? ちょっと休憩しましょうよ」
そうアレクに提案している。アレクも私に気付いて、蕩けるような笑みを浮かべた。
「ありがとう、アリスン」
私の手のバスケットを見て嬉しそうに駆け寄ってくる。
「外で食べましょう!」
「あの……同僚の方達の分を用意できなくてごめんなさい」
「あぁ、それはいいですよ。魔術師団の塔では夜食も食堂で買えますし。それに俺はアリスンの作ってくれた夜食を彼らに食べさせたくありませんっ」
独占欲全開にして、優しく手を取って外のベンチへエスコートしてくれた。
「あぁ~幸せ。なんか新婚って感じがする!」
幸せそうにライスボールを頬張るアレクに、緑茶を差し出した。
「なんか、アリスンが学校辞めるの大反対しちゃったけど、こんな日々が送れるなら二人で学校辞めちゃってもよかったかも」
アレクは調子がいい。もぅ、と怒ると「冗談ですよ」と笑った。
「もうすぐ春休み、終わっちゃいますね」
しんみりとそう思う。この春休みの日常が幸せすぎて、終わってほしくないと思っている。ヒイラギ皇国へ帰りたくない。
キャッツランド王家では、本当の家族のように過ごさせてもらった。優しいご両親にスパダリな兄、可愛い弟。理想的な家族。職場の上司も可愛らしいし、なによりも恋人とすぐに逢える環境が幸せだ。
ここではアレクと二人でいても、嫉妬の視線を向けられることもない。
「……学校、怖いですか?」
アレクが真摯な表情で聞いてきた。
「アリスンに恋をして、気付いたことがあるんです。もし、アリスンが例えば、マルセル・へスリング先輩と付き合ったりしていたら、俺……やっぱり、やっかみみたいな、そういう目でマルセル先輩のこと見ちゃいます」
「そんなことはあり得ないですが」
「例えば、ですよ」
アレクは目を伏せて続けた。
「俺、何がそんなにいいのかわからないけど、女子生徒に人気があるみたいで。つまり、マルセル先輩に嫉妬する俺みたいなのが、アリスンの周りにたくさんいるってことですよね。俺、アリスンを学校に居づらくさせちゃってるなって」
そんなアレクの手に優しく自分の手を重ねてみた。本当にこの人は優しい。
「大丈夫です。推しの幸せは自分の幸せです。いつか、そう思ってくれる日がくると信じます。私、アレクを幸せにできる人だと思われるようにがんばります」
そう宣言した。
例え学校を辞めて逃げても変わらない。アレクはキャッツランドのご令嬢からだって人気があるはず。嫉妬に負けていられない。心を強く持とうと思った。
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