第32話 初のシューカリウムへ

「じゃじゃーん! 新しい洗濯機でーす!」


 アレクがドヤ顔で置いた洗濯機は、孤児院の子供達の歓声と共に迎えられた。


「すっげー、偽物のスパダリ! 洗濯機造れるのかよ!」


「意外とできる男だったんだな!」


 男の子達が、アレクの背中を叩きながら賞賛している。


「こ、こら! 失礼なことを言うんじゃありません! この方はね……!」


 施設長さんが男の子達を叱ろうとするが、それをアレクが止めた。


「それは言わないでください。俺は一人の魔道具師に過ぎません」


 アレクがキャッツランドの第二王子であることは、婚約を報じた新聞に顔写真が載ったことから広く知れ渡ったと思う。施設長さんもその一人だ。


「王子様に洗濯させたり、子供達が失礼なことを言ったり。本当に申し訳なく……」


「いやいや、いいんです! 王子なんて、親の職業が国王ってだけですし。俺自身が偉いわけじゃないんです。だから気にしないでください。俺は偽物のスパダリでいいんです」


 アレクが洗濯機を回してみせた。するとあら不思議。ほつれていた糸や、くすんだシャツが綺麗になっている。


「ど、どういう原理なんですか?」


 聞くと、高度な聖魔術の術式を組んでいるとのこと。この設計図は非公開にすることにしているという。注文は直接アレクにしないとこの洗濯機は手に入らない。


「大量生産すると、被服業界から反発がきます。これは、孤児院のような国の施設だけにおこうかと思ってるんですよ」


 そんな話をしていたら、ニャァ~と足元で銀色の猫が鳴く。そっと抱き上げると嬉しそうに頭をすりつけてくる。


「可愛い。この子はずっとここで生き続けるのね」


 アレクの分身だと思うと愛おしさも止まらない。ずっと頬ずりをしていたら、アレクが不満そうな顔をする。


「貴女には俺がいるじゃないですか。本体のことももっと可愛がってくださいよ」


 婚約をしてみると、アレクは想像以上に独占欲が強い。移動の馬車の中で、ずっとアレクは猫になり、私から離れなかった。



◇◆◇



 移動魔方陣でシューカリウム王国王宮へと着いた。気温はヒイラギ皇国よりも低い。魔方陣を出ると、ふわりと雪が舞っている。この国は一年の三分の二の期間、雪が降り続く。


 魔方陣を出ると騎士の方達が待っていて、一斉に跪いた。


「アリスン王女殿下、!!」


 代表の騎士団長の方が私にそう声をかける。おかえりなさい、と言われても私は初めてここに来たわけだけど。


「うわー、雪だ! 俺も子供のころに一度来た限りだからなぁ」


 舞い散る雪が演出する白銀の世界にアレクも感動している。アレクの首には私があげたマフラーが巻かれている。


「王女殿下、アレク第二王子殿下、女王陛下がお待ちです」


 騎士団長に案内されて邸宅へと向かう。雪を丸くして転がす少年達が目に入る。


「王太子殿下のお子様です」


 騎士団長が私の視線を受けて説明してくれた。


 第二王子が正式に王太子に任命された。第二王子には子供が二人いる。私が跡取りにならずに済んでほっとする。


「「こんにちは!」」


 少年達も私達に気付いた。寒さで頬を真っ赤に染めて、私の前にかけてくる。アレクの弟王子と歳はそう変わらない。


「こんにちは」


 少年達と視線を合わせるため、少し屈んだ。この子達は、父方の従弟になるのね。


「こんにちは、後でお兄ちゃんと雪合戦してよ」


 アレクは弟がいるだけに子供好きだ。満面の笑みで少年達の頭をぐりぐりと撫でる。


「お兄ちゃん、雪みたいな頭だね」


 そういう少年達は、私と同じ桃色の髪。親近感を覚えた。



◇◆◇



 応接間には、お祖父様、お祖母様の他、もう一人いた。お祖父様と同じ金髪の紳士。このお方が王太子殿下――。


「息子達に挨拶をしてくれてありがとう、アリスン。私は君の叔父なんだ。実の父の無礼は水に流して、仲良くしてくれると嬉しいな」


 結婚詐欺師の弟とは思えないほど紳士的だった。不適格行為が0回ということで納得もいく。


「アレク殿下、久しぶり。まだ君は幼かったから私の事は覚えていないよね」


「雪合戦してくれましたよね。あの時からアリスン殿下のお父上とは仲が悪かったような……。たくさん顔に雪をぶつけました」


 アレクはそう言うと、叔父上は爽やかに笑った。


「手紙も拝見したよ。後ほど魔術師団と一緒に洗濯機を見せてもらおう」


 アレクは事前に洗濯機のことを手紙に書いたようだ。叔父上様は歳が若いアレクの事も侮らずに対等に話をする。こんなところも父とは全く違う。この人が王位継承者でよかった。


「「ところでアリスン」」


 お祖母様とお祖父様は同時に切り出した。顔を見合わせ、お祖母様が話を続けた。


「学園を退学するなんて、本当なの? 学費のことなら心配いらないわ。貴方は優秀な成績と伺っているわ。途中でやめるなんて勿体ない」


 アレク…………。手紙には洗濯機のことだけでなく、私の退学のことまで書いたんだ。アレクを見ると、アレクは涼しい顔だ。


「ほら、女王陛下もこう仰っている。貴女が学園を卒業するのはお祖母様孝行にもなるんです」


 ほら見たことか、みたいな表情のアレク。少し憎らしい。


「ヒイラギ皇立学園は、歴史は浅いが優れた為政者も輩出している。私も実はヒイラギ皇立学園の卒業生なんだ。君が後輩として卒業してくれると本当に嬉しい」


 叔父上様まで私の後押しをする。


「もし、あの父の子であることが広まって学園に居づらいのなら、キャッツランドの王立アカデミーやシューカリウムの学校へ編入でもいい。とにかくあと一年なんだ。卒業はしてほしい」


 お祖父様までそう言ってくれる。


 そう言われてふと気付いた。学園を去ることを決めた理由。執政官修行のためというのも大きな理由だったが、もう一つ理由があったことに。


 両親の醜聞が広まって周りの視線が痛かった。アレクのファンの憎しみの籠った視線に耐えられなかった。私はあの場所から逃げたかった。


 でも、アレクのようなスパダリと結婚するのだ。これから社交界デビューもある。醜聞はどこに行ってもついて回る。嫉妬、やっかみで嫌がらせされるかもしれない。今からそれに耐えられないでどうするの。


「わかりました。学校は続けます」


 堂々と胸を張ってあと一年過ごす。トップの成績で卒業してみせる。そして、休みの日に執政官修行もする。私は決意を固めた。

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