第31話 執政官補佐への道

 いよいよ春休みがやってきた。寮はお休みとなるため、私はキャッツランド王家の客間の一室を用意された。ここから通い、執政官であるシリル様のお仕事を手伝うことになった。


 執務室は、王家の生活スペースとは別のエリアにあり、邸宅からは目と鼻の距離。そこは他の官吏の人達も入れる区域なので、服装にも気を使う。


 とはいえ、常夏のキャッツランドはドレスコードも緩く、女性は涼しげなワンピース、男性は半そでに短パンという服装の方もいる。


「アリスン、書類のチェックありがとう」


 相変わらず美少女なシリル様が、大量の書類を整理する。シリル様はさすがは為政者。ラフな格好ではなく、王族としての装束を身にまとっている。


「じゃあハーブティでも淹れようかな。美味しいケーキも用意したから、休憩しよう」


 シリル様がにっこりと笑うと、バンッとノックもなくドアが開いた。


「叔父上、俺もケーキ食べたいですっ! 食べたいですっ!!」


 アレクがもの凄い勢いでやってきた。相変わらずアレクは、私が執政官の仕事を手伝うことを反対している。この部屋に盗聴器でも仕込んでいるのか、休憩時間になるとやってくる。


「君は暇だねぇ。頼まれた魔道具は完成したの?」


「……まだです」


「ちゃんと集中しなさい。君もプロなんだから。それじゃ、アリスンに負けるよ」


 シリル様は、アレクの分もあらかじめケーキを用意してくれている。


 レイチェル様は、アレクに魔道具の注文をしている。遠距離映像通信装置だ。自宅と王宮という距離レベルでいいので、通信を可能にしてほしいということだ。


 これは、自宅でも会議に参加できるようにする装置のようだが……。


「はぁ……俺みたいな『ショウワな男』は時代に取り残されちゃうのかなぁ」


 通勤時間を短縮させ、婚姻後の女性にも官吏として働いてもらいたいというレイチェル様からのリクエストなのだが、どうもアレクは気が進まないようだ。


「乳母をもっと安価で利用できるように、とか、就学年齢大幅な引き下げ、とか、女性がもっと働きやすくするような要望も多いよ。これは時代の流れだねぇ。今年の官吏登用試験、女性からの応募も最多を記録しているし、女性大臣……いや、女性宰相の誕生もそう遠くないかもよ」


 シリル様も、私がチェックした要望書をアレクに見せた。


「ふぅーん。女性の社会進出、俺はなんか嫌だなぁ……。俺、叔父上とアリスンがこの部屋で二人きりなのも嫌なのに」


「アレクは病気だよ。こんな嫉妬深い甥でごめんね」


 シリル様はそう謝ってくれる。でも私には殺し文句がある。


「でも、アレクが執政官に正式に就任すれば、この部屋で二人きりです。いつも一緒です」


 そう言うと、アレクははじけるような笑顔になった。


「女性の社会進出、大賛成ですっ」


「……君はチョロいね」


 シリル様は呆れながらそう言った。



◇◆◇



 王宮執政官のお仕事は、官吏から上がってくる要望書を精査したうえで政策として取り入れるかを国王へ上奏したり、宰相が挙げてくる政策の改正案を国王に上奏するかを決定したり――つまりは上級官吏、宰相と国王とのパイプ役を担っている。


 さらに紛争が起きた際の軍の最高指揮官となったり、軍、各大臣の不正をチェックしたりと幅広い。これをアレク一人で担い、さらに魔術師、魔道具師の仕事と両立するのはムリだ。私が早く一人前の秘書となって、彼をカバーできるようにならないと。


「退学は早計だと思うけどね」


 シリル様は仕事終わりにそう言った。


「君はサラ氏とは違う。彼女は臣下の最高位である宰相を目指している。確かにアカデミー未卒業で官吏登用試験を突破する人間は希有だし、インパクトに残る。一日も早く実績を積むという面ではいいかと思う。でも君は王族だ。宰相は目指せないし、実績を積む必要はない」


「でも、早く執政官の仕事を覚えたいですし」


 そう言ってもにこやかに笑って否定する。


「休みの日に来てよ。僕は他に副業もないから、秘書が平日いなくて平気だし。それに、僕と話してるよりも、同年代の友達といろいろな話をする方が視野も広がるし有意義だよ。人脈も広がるし」


「で、でも。学費や生活費をシューカリウム王家に出させるのは申し訳なくて」


「何を申し訳なく思う必要があるの? 孫の世話をするのはお祖母様にとっても幸せなことだと思うけどね。君はシューカリウムとキャッツランドとのパイプ役として、シューカリウムの国益にも貢献している。たんまり金を引き出したほうがいいよ」


 さすがはキャッツランドの論破王と呼ばれるシリル様。すべて論破してくる。


「ドアの前で君の婚約者がじれじれと待ってるよ。うざいから早く連れ帰ってあげてね」


 優しく背中を押してくれる。ドアを開けると、本当にアレクがじれじれと待っていた。


「お疲れさま、アリスン」


 今日のアレクは作業着を着ている。顔が少し汚れているから、そっとハンカチで拭った。


「魔道具を作っていたので、色々と汚れてしまって」


「アレクもお疲れさまでした。レイチェル様から頼まれていたものですか?」


「あれは俺一人じゃムリです。今度、魔道具師協会の技術者達と打ち合わせします。今回作ったのは、アリスンと一緒に採ってきた魔鉱石を元に作った洗濯機です。完成したんですよ。明日ヒイラギ皇国へ納品するのですが、一緒に来てくださいっ」


 明日は仕事もお休みだ。久しぶりにヒイラギ皇国へと帰ることになるのか……。


「あと、そのついでに、シューカリウムにも寄りたいです。この洗濯機は二台作れたので、もう一台をシューカリウムでプレゼンしたいです。アリスン、一度も行ったことないでしょう? アリスンの国なんだから一緒に行きましょう」


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本日はあともう1Pあげる予定です。

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