第30話 定期試験、そして銀髪の王女様
春の定期試験が始まった。私にとって、最後の試験になると思う。トップの成績を残すつもりだった。
私はずっとソフィアをライバルだと思っていたけど、もう一人ライバルが加わった。サラだ。
サラとは何度か王宮で会い、打ち解けて話せるようになってきた。妹のような、もう一人の私のようなサラは、私よりも二歳年下。親愛なる友だからこそ、負けたくはない。
◇◆◇
「よっしゃぁぁぁぁ~。見ろ、俺の順位を! 五位だぞ!!!」
本当にアレクは優秀だ。万年赤点ギリギリのニコラス殿下が、総合五位という高順位でテストを通った。家庭教師代にはインセンティブがつくようで、これでアレクの懐も潤う。
「素敵ですわ、ニコラス様」
恋人であるケイシーもうっとりとしている。ケイシーも八位という高順位。最近急成長を遂げているという男爵家の一人娘らしく、性格は悪いが成績はいい。
二人は正式に婚約をするという。超国宝級と言われるケイシーの肉体美さえあれば、ニコラス殿下の浮気癖も治るのではと周囲は期待を寄せていた。
「でも、アリスン。本気なの?」
テスト結果を受け取ったソフィアは私に尋ねる。今回は私もソフィアも同点一位だった。
「あと一年なのに退学なんて……。女王陛下がお金を出して下さるんでしょう?」
「アレクが王宮執政官になるまでに、私も執政官の補佐役として一人前になりたいの。学校の授業レベルは独学でなんとかするわ。未来の宰相閣下もいるし」
サラはレイチェル様のお手伝いの傍ら、官吏登用試験の勉強もするという。
私の現在の国籍はシューカリウム王国。だからキャッツランドの官吏登用試験を受けることはできない。でも、同じだけの勉強をしようと思った。負けないように。
「肝心の執政官になるアレク殿下が学校を続けるのに?」
「アレクは、魔術師としての才能もあるわ。アレクがこの学園を卒業するのは、ヒイラギ皇国たっての願いなのよ。それもまた外交活動みたいなものよ。アレクが魔術師の仕事とも両立できるように、私が執政官の仕事をカバーする。それが私なりの『アレクを守る』ことになると思ったの」
このことについては、アレクはまだ納得してくれていない。アレクは、「ショウワの男」だから。
この「ショウワの男」が悪い人、というわけではない。「妻には苦労させたくない、俺が全部背負うから」という男気からくるもの。私はそんなアレクが大好きなのだけど。
「『ショウワの男』ねぇ……。でも、富裕層じゃ大多数の男性がそれじゃないかしら。妻や娘が働くことを良しとする男性がいるのかしらね」
ソフィアも家族に官吏になることを反対されている。しかし、すべてのお見合いを蹴って、彼女は官吏を目指している。それがいい生き方なのか、悪い生き方なのかはわからない。でも、それがソフィアらしい生き方なら、私は応援したいと思った。
「私も宰相になるわ。そのサラっていう子に負けられないわね。でも、アリスンと離れるのは寂しいわ。張り合いがなくなるもの。考え直してくれないかしら」
「大丈夫よ。ライバルならニコラス殿下がいるもの。アレクは家庭教師をしばらく続けるみたいだから、ソフィアに追いつく日もきっとくるわ」
ソフィアもまだ納得してくれない表情だ。不満そうな顔をしている。
「ところで、来年は最終学年よ。ほら、選挙。私、宰相の前に生徒会長を目指すわ。ライバルは手ごわいけど。なんといっても次期国王陛下だもの」
ソフィアは選挙の投票用紙を手渡す。立候補制ではなく、生徒からの投票が最も高い人物が生徒会長となり、次に投票が高かった人物が副会長となる。その他、投票順に会計、書記が選出される。基本、三年生が担当する。
前評判としては、クルト王太子殿下が会長に選ばれるのでは、ということだったが。
「まぁ、私に入れろとは言えないわね。ライバルは貴方のお兄様だもの」
「……ソフィアに入れるわよ。クルト殿下は会長なんて興味なさそうだもの」
そんな話をしていると、クラスメートが私に来客だと伝えてくる。アレクとは思念でやり取りできるから、アルルの姿で来ることはなくなった。
とすると、誰なのかしら。
教室の扉を見ると、そこには銀髪の王女殿下の姿があった。
◇◆◇
「お呼び出しをしてしまいごめんなさい」
カグヤ王国のルナサファリ王女殿下は、アレクの前では男の子のように快活なのに、今日は大人しかった。
「いいえ、お会いできて嬉しいです」
そう言うと、どこか寂しそうに笑った。
「アレクと正式に婚約すると新聞で読みました」
ルナサファリ殿下は視線を伏せて切り出した。
シューカリウム王国では、正式に私を第一王子(もう王太子ではない)の娘として認知し、王女として扱う。それと同時に、キャッツランド第二王子との婚約も内定していると発表した。
推しの婚約を素直に喜べる人はそういない。表立って嫌がらせはされないものの、報道が出た日は女子生徒からの憎しみの籠った視線を受けて、針のむしろだった。
「おめでとう……ございます」
そう言いながらも、ルナサファリ殿下は泣き腫らしたような目をしている。
彼女がアレクに向ける気持ち。友情なのか恋愛感情なのかわからなかったけれど、今はっきりとした。恋愛感情で間違いなかったのだと。
「ルナサファリ殿下……」
どう声をかけていいものかわからない。慰めるのも違うし、謝るのも違う。
「私……何がダメだったのかな」
ぽつりとルナサファリ殿下が話し出す。
「私、しょっちゅう、アレクに口悪いって言われてて。でもどう喋っていいのかわからなくて。あいつ、アリスン先輩みたいな、おしとやかで可愛い女の子が好きなんですよね。そっか……全部ダメだったんだ」
ぽろりと頬に涙が伝う。
本当に可愛らしい王女殿下だ。アレクと同じ髪色、瞳の色を持ち、目鼻立ちも似ている。この子がダメで私がいいという基準がよくわからない。
「私、本当にあいつのこと好きで。あいつ、ちょっと馬鹿だけど、頭いいし、優しいし。笑った顔が可愛いし。真面目な顔してるとカッコいいし。初恋だったんです」
まるでアレクが泣いているようにも見えて、私は頬にハンカチを添えた。潤んだ瞳が私をまっすぐに見つめた。やっぱりアレクに似ている。アレクに双子の妹がいたらこういう子になるんだと思う。
「でも……どちらにしても無理だってことがわかったんです。父上から聞いたのですが、あいつ、次の王宮執政官に決まってるんでしょう? 私、王太子の第一王女だから、お嫁にはいけないんです。アレクもお婿にこれないし。だから、もう……いいかなって」
そう言って、ルナサファリ殿下は私をぎゅーっと抱きしめた。
「カグヤ王国はキャッツランド王国とは古くからの親戚です。魔方陣もあるからしょっちゅう遊びに行きます! 子供ができたら遊ばせて下さい! 私、子供大好きなんです!」
そう言って、私が何かを言う前に駆けだす。でも……ッ!
「ルナサファリ殿下ッ! 危ないッ!」
ドンッ! と、ものすごい衝撃音が聞こえる。私を探しにきたと思われる、マルセル・へスリング様とぶつかったのだ。
「いってぇぇぇ~。おい、大丈夫か」
マルセル様がルナサファリ殿下に手を差し伸べる。
「えっ……お前、アルル嬢……!? じゃないよな」
銀髪ポニーテールというところを除けば、アルル化したアレクにそっくりだ。
「アルルって誰?」
いきなり別人の名で呼ばれて、ルナサファリ殿下は怪訝な顔をしている。
「さぁ……俺も誰かは知らない。アリスン、この子、アルル嬢?」
マルセル様はもしかすると、私ではなく、アルルを探しに来たのかもしれない。私を呼び出す女子なんて、アルルしかいないから。
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