第17話 深夜の騒動②
「いや、違うんです! 私はあの部屋がアリスン嬢の部屋だと言われて……!」
「それは別の意味でもっとヤバいですよねぇ、ルナイザ殿。しかも、それを母親がけしかけているなんてね」
扇子をあおぎながら、クルト王太子はルナイザ、そして両親を眺めた。
「結果として、貴方はクルト王太子がお休みになられている部屋に襲撃したのだ! 公爵家の邸宅において、こんな無礼、我が国は黙っているわけにはいきませんな!」
騎士団長も強い口調で三人を責めている。
「貴方達の許可なんていらない。私はアリスンを妻にします。生涯において側妃も愛人も作らず、アリスンただ一人だけを愛します」
アレク殿下はそう言って私に目を向けた。そして愛らしい笑顔になった。
「昨晩、貴女を攫うといったでしょう?」
言ってましたけど……。アレク殿下は私の方に向かって歩いてくる。
「馬鹿なことを……! キャッツランドでは結婚に家の承諾はいりませんの? わたくしは絶対に承諾なんてしませんから。大体、婚約には女性側から支度金を出しますわよね? 普通は。うちは一切出しませんから!」
「支度金なんていりません。私は超一流の魔道具師であり魔術師です。それなりの稼ぎはあります。私のお金でなんとかします。それに、我がキャッツランドでは未成年でない限りは、婚約に親の承諾は必須ではありません」
アレク殿下は毅然と返す。
「だからキャッツランドは田舎の野蛮な国なんですわ!! アリスンは国外に行かせませんッ! パスポートは没収いたします! アリスンはルナイザ殿と結婚するのです!」
母はアレク殿下に向けて叫んだ。それを父は「よさないかっ」と肩を掴むが母は止まらない。
「いくらキャッツランドが圧力をかけようが、このコールリッジ公爵家は屈しません! 王太子に暴行? は? 知りませんわそんなこと。大体、王太子ともあろう方がベッドのうえで商人に襲われたなんて、外聞が悪いですわ。公になんてできるんですの?」
母は開き直って、
「できますよ。私は被害者です。被害者が被害を訴えることを外聞悪いなんて思わないですよ」
余裕の表情で、クルト王太子殿下は返す。その表情にまた母が苛立ったようだ。
「大体、貴方達が仕組んだことでしょう!? どうしてアリスンの部屋に向かったルナイザ殿が、王太子殿下の部屋にいるのよ! おかしいじゃないの!」
「夫人とルナイザ殿の会話をたまたま聞いてしまったもので。弟がアリスン嬢のお部屋と、私の部屋を転移させる魔術を組みました。本当にビックリしましたよ。問答無用にベッドに飛びかかってくるとは思いませんでしたから」
転移させる魔術……。昨夜聞いたあの足音は、ルナイザのものだったんだ。足音が消えてすぐに客間で大騒動があったのは、転移させられたルナイザが、ベッドに襲いかかったからだったのか。
転移されなかったらルナイザは私に……。ぞくっと震える。段々と目に涙が込み上げた。そこまでするのか、と。
「すみません、こんな会話を聞かせてしまって」
アレク殿下はそっと私を抱きしめて、耳元で囁いた。私は頭を振る。むしろこんな無礼を働かせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
私とアレク殿下の結婚を面白く思わなかった母は、ルナイザに既成事実を作ってしまえとけしかけた。ルナイザと身体の関係にあることを知れば、キャッツランドの第二王子は幻滅して引くだろう、と。
アレク殿下が放ったコバエによって、事前にルナイザが襲いかかってくるとわかっていた。アレク殿下は転移魔術を仕掛け、護衛騎士達は、物陰に隠れて警備していた。そこにまんまとやってきたルナイザがお縄になった、というのが今回の騒動だった。
私がアレク殿下の妻になれば、コールリッジ公爵家の名誉を高め、利益にもなる。なのに、母は公爵家の名誉や利益よりも、私が不幸になることを優先した。どれだけ私という存在を忌み嫌っているのだろう。
「アリスンの部屋と王太子殿下の部屋を転移させたのなら、それはアレク殿下が仕組んだ犯罪ではありませんの? 案外、仲がお悪いのではありません? アレク殿下は兄君の王位継承権が妬ましかったのですわ!」
母は妄想を炸裂させた。それを聞いて、先ほどまで余裕の表情だったクルト王太子の顔色も変った。
「最愛の弟を侮辱しないでいただきたい。私と弟はつまらないことで喧嘩もしますが、お互いに深い信頼と尊敬の気持ちを持っています。今回の件は、貴方達の企みから、アレクの婚約者を守るために行ったことです」
「フン! 親が認めていないのに、婚約者とは呼べませんわ。ルナイザ殿とアリスンが共に一夜を過ごす――母親であるわたくしが承諾しているのです。なんの問題があるのかしら? 割って入ってきた貴方達兄弟が悪いのです!」
母は立ちあがった。母のあまりの迫力に、青ざめている父も囲んでいた騎士団達も
「しかし貴国では、アリスン嬢ご本人の承諾がない場合、たとえご両親の承諾があったとしても性犯罪に該当するのではないでしょうか」
クルト王太子殿下は母の迫力にも屈しない。毅然と言い返した。
「そうです。しかも母上である夫人が強要したとなると――」
アレク殿下も加勢するが、母が大音量で「黙らっしゃい!!!」と一喝する。
「田舎者のワインも飲めない青二才が生意気言うんじゃありませんわ! 我がコールリッジ公爵家は由緒正しき家柄。わたくしの母は、皇配殿下の叔母に当ります。貴方達兄弟が、王太子だろうが、執政官であろうが、この国では通用しません。つまらない法律は、このコールリッジ公爵家が捻じ曲げてみせますわ!!」
母が啖呵を切ったその時だった。
玄関の辺りがざわざわとし、侍女達の悲鳴のような声が聞こえた。ぞろぞろとお供をつれて現れた人物を見て、息を呑む。
「話は聞かせてもらったわ。同意のない性行為の強要は、たとえ、家庭内で起きたことでも我が国では犯罪ですッ! しかも母親が黒幕とは、恐ろしい家……ッ!」
武器にもなりそうな巨大な扇子を持ち、三毛猫を頭に乗せて現れたのは、この国の偉大なる指導者・皇帝陛下だった。
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