第18話 出生の秘密

「な、なぜ皇帝陛下がこんなところに……ッ!」


 父はあわあわしながら椅子から転げ落ち、跪いた。ルナイザも母もハッとしてそれに従う。


「キャッツランド兄弟は、私の親友夫婦の甥なの。話はぜーんぶ、聞かせてもらいましたからね! 私はね、こういう性犯罪が大っ嫌いなの! 女をなんだと思ってんのよ! しかも同じ女である母親が仕組むとは、許せない!」


 皇帝は「ひっ捕らえろ!」とお供に激を飛ばす。


「ち、ちょっと待ってくださいッ! 今回の件は妻の独断なんです!」


 お供の方達が父を連行しようとすると、父は慌てて釈明をする。


「そ、それに、私は公爵ですよ? いくら皇帝とはいえ、公爵という上級貴族にそんな無体な扱いをできると思っているのですか?」


 そう言われると、皇帝はフンッと鼻で嗤った。


「これが現職の宰相や大臣ではこうもいかないのだけど、貴方、何もやってないじゃない? 爵位がいくら高くても、不逮捕特権は行使できないのでーす。残念でした! 釈明なら後で聞くわ」


「ち、違うんです! これは奥様が! お嬢様も同意のうえと……」


 ルナイザも慌てて弁明するも、皇帝の扇子に吹っ飛ばされた。


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! いきなりベッドに襲いかかったくせに! そんなムードもへったくれもない同意があるわけねぇだろ! 連れて行きな!」


 口調が変わった皇帝の迫力に押され、ルナイザもお供の人に連行されていった。


 母は二人と異なり、素直に連行されることはなかった。お供の方達を扇子で薙ぎ払っている。


「触るんじゃありませんわ! 無礼者!」


「無礼? その者達は、皇帝である私の命令で夫人を捕らえようとしているの。性犯罪者はそんなこともわからないの?」


 皇帝は母に向かって扇子を向ける。


「カラスみたいな髪で悪かったわね! カラスで結構。私はこの髪に誇りを持ってるんですから。大和民族舐めんなよ! フンッ! 連れてお行き!」


 皇帝はお供に指示を飛ばす。しかし母も対抗するように扇子を旋回させた。すさまじい力でお供の方を吹っ飛ばし、皇帝を憎々しげに睨みつける。


「何が皇帝よ! 元々は出自も不明な賤しい女ではありませんか! ヤマト民族なんてどこの民族ですの? 聞いたことありませんわ。大体、今回のことは皇配殿下はご存知ですの? 私の母は――」


「はいはい、あんたのママは、うちの旦那の叔母。それはさっきも聞きました! だからなんだって言うのよ? うちの旦那はね、スパダリなの!! そんな親戚のしがらみで、女の敵を見逃すわけないじゃないの。バッカじゃないの?」


「女の敵?」


 母が女の敵という単語を聞いて、皇帝、そして私に視線を移す。その目には深い憎しみが籠っていて、思わず後ずさった。


「アリスン、いい機会だから貴方の本当の父親のことを教えてあげるわ。貴方はね」


「おやめなさいよ、みっともない!」


 皇帝が扇子で母の頬を打つが、母は声を張り上げた。


「貴方の本当の父親は、コールリッジ公爵家の婿なんかじゃないわ! 結婚詐欺師で有名な、女を食い物にして弄ぶ、最低最悪のクズ男なのよ! まさに女の敵よ!!」


 その瞬間、足から崩れ落ちそうになる。私をアレク殿下が耳を塞ぐように抱き寄せた。


「聞かなくていい」


 耳元でそう言ってくれたが、涙が溢れて止まらなかった。不義の子じゃないかと確信していた。でも、母から事実を突きつけられると目の前が暗くなる思いがした。


「女の敵の娘! 貴方のせいで人生が狂ったわ! 貴方なんて産むんじゃ――」


「いい加減にしなさいよ、馬鹿女!」


 皇帝が怒りの扇子で頬を打つが、半狂乱になった母は止められない。


「あの男は私を騙したのよ! 婚約者がいたくせに、弄んで……ッ! 詐欺師よ!」


 母は泣き崩れて暴れた。皇帝のお供もどうしていいのかわからないようだった。


「アリスンなんて、父親のようなクズ男と結婚すればいいと思ってたわ。わたくしと同じ目に遭わせたかった。ニコラス皇子なんて、若い頃のあの男そっくり! 貴方、ニコラスの母親なのよね? クズ男を生産しておいて偉そうに」


 母からニコラス殿下の名を出されて、皇帝も「うっ」と声を詰まらせる。


「アリスン、貴方の父はね、シューカリウム王国の王太子よ。若い頃にヒイラギ皇国に滞在していたことがあってね。その時に恋に落ちたの。でも、恋に落ちたと思ったのは私だけだったわ。あの男に手をつけられた女は他にもいたの。その髪色、あの男そっくりだわ! だから金髪じゃない男はダメなのよッ!!」


 母は天に叫ぶように喚いた。



 シューカリウム王国の王太子――どんな人か知らない。でも、別の有力な国の王女殿下を娶っていることは知っていた。母は……捨てられたのだ。


 母の、私の本当の父への想い、裏切られた時の痛み、憎しみが伝わってくる。結婚詐欺師。それが私の本当の父。


「……お父様は、そのことをわかったうえで、お母様と結婚したの?」


 消えるような声で私は聞いた。


「そんなわけないでしょ! でもあの人もおかしいとは思ったわよね。騎士に過ぎないあの人が、いきなり公爵家の婿なんて。ワケありの事故物件を押しつけられたとわかっていたと思うわ。あの人しかいなかったのよ。事故物件でも実家が文句言ってこない人なんて。本当はもっといい人と結婚できたのに……! アリスンのせいで……!!」


 母は涙を拭うこともせずに私を睨みつけた。殺意すら感じる目で。


あやまちだったのよ。全部過ちだったの。貴方は生まれてこなければ――!」


 聞きたくない、そう思った時。


「貴方にとっては過ちだったのかもしれない。でも、俺はとっっても、とーっても感謝しています。アリスンに出会えてよかった。生まれてきてくれてよかった。貴方のことは許せないけど、アリスンをこの世に送り出してくれたことは感謝してもしきれません」


 私を抱きしめながら、毅然とした声でアレク殿下がそう言ってくれた。


「……クズ男の母である私が、偉そうに言えないわね。けど、自分が傷ついたからって、人を傷つけていい理由にはならない。アリスンはその男とは別人格で、貴方の娘なのよ。アリスンを幸せにする義務が貴方にはあったの。アリスンには何の責任もない。アリスンを憎むのは間違ってるわ」


 皇帝はそう言ってから「連れて行きなさい」とお供の方へ命令する。泣き喚きながら母は連行されていった。



 皇帝はパタパタと扇子をあおぎながら、クルト王太子殿下とアレク殿下に視線を移した。皇帝の連れていた三毛猫は暴れる母から避難するため、クルト王太子殿下の肩に乗っていた。


「なんか凄いことになっちゃったわね。今の話が本当だとしたら、ちょっとまずいわよ、アレク」


 皇帝はアレク殿下の方をみて声をひそめた。


「シューカリウムの王太子には後継ぎはいないわ。三か月前に王女殿下が廃嫡されたからね。このことを知ったら……」


「アリスン嬢が唯一の王太子の子。次期王太子候補、ということか。もしアレクがアリスン嬢と結婚するなら、アレクはシューカリウムの王太子配。それはまずい。キャッツランドの王宮執政官になれるのは、アレクしかいないんだ」


 クルト殿下がはぁ……と溜息を吐く。


「確かに、アリスンの髪色はシューカリウム王家の特徴的なものよね。シューカリウム王家の人間が、うちの貴族と縁を結ぶこともあるから、隔世遺伝的に現れる可能性もなくはないけど」


 皇帝は私の傍にやってきて、私の髪に触れた。


「なんとかします。俺は自分と兄貴、二つのプロポーズを両立させてみせる」


 アレク殿下は皇帝とクルト殿下、そして三毛猫に向けてそう宣言した。

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