第19話 結婚詐欺師がやってくる
今回の件については、非公開で裁判が開かれた。
コールリッジ公爵家は伯爵家の次男であった私の従兄が急きょ継ぐことになり、父はアーラレ山の別宅に謹慎処分となった。
母は十年間の労働刑が言い渡され、皇帝の直轄領である離れ小島で貝を取るお仕事に従事することになった。
ルナイザは今回の事件の他、別途、脱税の容疑がかけられた。母と同じ離れ小島での労働刑の他、資産も大幅に没収された。ルナイザ商会は息子が継いだようだが、規模は縮小して営業することとなった。
妹は従兄が当主となった公爵邸に住まわせてもらえることになった。しかし、妹は親戚の集まる場で、従兄の奥様を散々罵倒していた。奥様は、元々子爵家の傍流の令嬢ということで、身分が低い。
その立場が逆転したのだ。当然奥様にはよく思われていない。さぞかし居心地の悪い思いをしていることだろう。
今回の公爵家のスキャンダルは、社交界全体へ広がった。妹は上級貴族との縁談は難しいだろう。因果応報――まだ15歳の妹に対して厳しいかもしれないが、私はそう思うのだった。
◇◆◇
「アレク殿下、あの時の言葉、嬉しかったです」
落ち着いた頃、私の方からアレク殿下とクルト王太子殿下をお呼び出しした。アレク殿下はまた中庭に防寒結界を作ってくれた。シートをひき、三人で腰掛ける。
母から罵られた時、アレク殿下だけが私が生まれたことを肯定してくれた。それが嬉しくて堪らなかった。その言葉だけでこれからも生きていける気がした。
「ごめんなさい、これ……お返しします」
指輪とおまもりのブレスレッドをアレク殿下に差しだした。
「私は結婚詐欺師の父と、犯罪者の母の子なんです。王弟妃にはなれません」
アレク殿下の顔は見られなかった。俯いたまま手渡そうとしたけど、受け取ってはくれないみたい。
「……ご両親のことを負い目に思ってるから、俺のことを振るんですか?」
アレク殿下は、悲しそうにぽつりと呟いた。
「結婚詐欺師の方だったら、負い目に思うことないよ。なにせ、結婚詐欺師は、俺達の従兄だからね」
クルト王太子殿下は優しくそう言って、指輪とブレスレッドを手にもつ私の手を優しく握った。
先代のキャッツランド国王には、十人の王子がいる。アレク殿下のお父様――現国王陛下は、十人兄弟の七番目の王子様だったそう。シューカリウム王国の王配殿下は、二番目の王子様。
年の離れた兄弟だったようで、シューカリウム王国にいるアレク殿下の従兄は、私の父でもおかしくない歳だ。
キャッツランド王国は世界でも珍しく、王位が長子相続ではない。クルト王太子殿下はたまたま長男で後継ぎだけど、必ずしもそうはならないのだそうだ。三番目や七番目の子が王位を継ぐこともよくあることなのだ。
「お母上のことについては、君は被害者だ。国元の両親も親戚も、君を悪く言う者はいない。それは受け取っておいてほしいな。アレクのことを嫌いになったわけじゃないんだよね?」
嫌いと嘘は言えなかった。俯いたまま頷くと、アレク殿下は泣きそうな顔で私に笑ってくれた。
「俺は、貴女のお父上がどんな人だって気持ちは変わらないと言いました。今も、未来も、ずーっとそれは変わりません。貴女が大好きです」
その言葉はとても温かい。このまま彼の腕の中に飛び込みたい。そう思った時だった。
「アリスン! 探したのよ」
ソフィアが私に向かって駆けてくる。
「どうしたの?」
怪訝に聞くと、ソフィアは息を切らしている。ソフィアにだけは中庭に行くと伝えたのだけど、一体どうしたのだろう。
「来たのよ、アリスンのお父様という方が。お忍びで。アリスンを呼ぶようにと先生達が……」
ソフィアがそう言うと、キャッツランド兄弟の空気も変わる。二人は目を合わせた。
「……ようやく来たか。俺達も行こう」
クルト王太子殿下が、アレク殿下の肩を叩く。二人は立ちあがった。
「アリスン、手を取って」
アレク殿下は私に優しく手を差し伸べてくれた。少し迷ったら、強引に手を引かれる。アレク殿下は真剣な面持ちで宣言する。
「俺は貴女の手を離すつもりはない。たとえ、貴女のお父上が現れてもね」
◇◆◇
いつか現れると思っていた。私の本当の――父。
裁判は非公開で行われたものの、母の半狂乱になった声は外まで響いていたという。人の口に戸は立てられない。私がシューカリウム王太子の隠し子であることまで広まってしまった。
シューカリウム王国は、ヒイラギ皇国の周辺国家の一つ。友好国でもあるから、公邸も皇都マテオの中心部にある。そこから本国へ伝わってしまったのだろう。
応接室の前には、数人の騎士達が待機している。私はもしかすると父に似ているのかもしれない。近づくと、恐れおののいたように端に寄り、道をあける。しかしキャッツランド兄弟が私の後に続こうとすると、すかさず声をかけてきた。
「おい、この先は我がシューカリウムの王太子殿下がいらしてるんだ」
クルト殿下の肩を掴もうとする騎士を、すかさずアレク殿下が乱暴に払った。
「無礼者!」
殺気を帯びた鋭い声が廊下に響いた。騎士達が半歩下がる。
「このお方は、キャッツランド王国王太子・クルト・マーティム・キャッツランド殿下である。気安く触るな」
まるで護衛騎士のような気迫を見せるアレク殿下に、騎士達がざわめく。
クルト王太子殿下は気品ある表情で、自身を守る弟の肩を抱いた。
「そして、彼は俺の実弟であり、相棒。アレク・オーウェン・キャッツランド第二王子だ。アリスン嬢……いや、アリスン王女殿下の婚約者でもある。ご対面には同席させてもらう」
騎士達が「し、しかし……」と口ごもる。
「シューカリウムの王太子殿下は、我々の従兄でもある。通してもらおう」
前を塞ごうとする騎士を、アレク殿下が強引にどけた。応接室に三人で入ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます