第20話 アレク殿下VS結婚詐欺師
中に入ると、私と同じ髪色をした中年の男性が立ちあがる。背が高く、目鼻立ちが整っている。若かりし頃はさぞかし美形だっただろうと想像できる。
シューカリウム王国王太子・ヤニック・ドリュフ・シューカリウム。
彼は私を見て、感動した様子で目を輝かせた。
「おぉ~……君がマリアンヌが生んだ子か……! 我が娘よ」
そのマリアンヌ、を
「近づかないで下さい!」
自分の声とは思えないほど、鋭い声が出た。
「わ、私は、貴方を父とは思えません! 貴方に騙されたせいで母はどんな思いをしたか……!」
母が私に向けていた憎悪。あれは私を通してこの人を見ていたんだ。私を不幸にしたかった、と言った。でも本当に不幸にしたかったのは私ではなく、この人。私はこの人の身代りだった。
「騙したわけじゃ……」
「では、婚約者がいながら、なぜ母と関係を持ったのですか?」
「うぅ……それは……でも、マリアンヌへの気持ちに嘘はなかったんだ」
この台詞、前にも別の人から聞いたことがある。元婚約者のニコラス殿下だ。本当に嘘はなかったのだと思う。その一瞬、一瞬では本気の恋なのだ。ただ、それが長続きせず、誠意がない。
母の話を聞くまで、この男がどんな人物なのか、名前すら知らなかった。しかし、この男の娘であることが広まってからは、聞きたくもない醜聞が次から次へと耳に入ってくる。
母を含め、結婚を約束して捨てた令嬢は数知れず。この男の邸宅に侍女として勤めた方で、貞操を守れた人は誰一人としていない。
結婚してからは妻を省みず、社交界で人妻と危険な火遊びに興じたり、国元の貴族令息の婚約者にも手を出し、舞踏会で殴り合いの喧嘩に発展したり。
関係を持った女性は三桁にも上る――これらの醜聞のどこまでが真実なのかはわからない。が、そんな噂が違和感なく伝わる人を父とは思いたくなかった。
「私とマリアンヌは本気で愛し合ったんだ。あの熱い日々、美しいマリアンヌ。あぁ……懐かしい。彼女は私のこの髪が堪らないと言っていたんだ。金髪なんて飽き飽きだって」
「……私には、気持ちの悪い髪色って言ってましたけど」
母が金髪至上主義になったのは、この男のせいだ。歪んだ価値観の原因は、この男への憎しみ。
「そ、それより。君の家はマリアンヌの甥が継いだと聞いたよ。君にとっては従兄だが、家に居づらいだろう。君は我がシューカリウム王国で」
「ちょっと待った」
ヤニックが言いかけたところで、後ろからストップがかかる。クルト王太子殿下だった。
「王太子殿下、貴方とマリアンヌ・コールリッジ夫人に関係があったことは事実なのかもしれない。でも、17年間も放置して、いきなり現れた挙げ句、それはないんじゃないでしょうか」
学生服姿のクルト王太子殿下を見て、ヤニックはフンッと見下したように笑う。
「私はシューカリウム王国王太子・ヤニック・ドリュフ・シューカリウムである。君はヒイラギ皇国の騎士の子弟かな? なぜこの部屋に入ってきたんだ。私は娘だけを呼んだのに」
相手の年齢や身分で見下したり崇めたり……。そういうところは母に似ている。母が恋に落ちるのもわかる気がする。
私もかなりムッとしたが、弟であるアレク殿下はもっと気分を害している。
「ヤニック殿下は相手が男性だと、親戚でも顔を覚えられないのですか? こちらのクルト王太子殿下はヤニック殿下の従弟ですけど?」
王太子殿下、に強くアクセントをつけて、アレク殿下は威嚇するように前に出た。
「そして私も貴方の従弟です。子供の頃にお会いしましたよね? アレク・オーウェン・キャッツランドです。覚えられるように女体化しましょうか?」
バチバチッと火花が散る。ヤニックは相手がキャッツランドの王子だと知ると一瞬だけ
「猫島の長男と次男か。なぜ君達がここにいる。私はお忍びで娘に会いに来ただけなのだが」
「私は貴方の娘ではありません」
冷たくそう返すと、アレク殿下は笑みを深くした。
「アリスン、あの家族から解放されて、貴女は強くなった。今の貴女は毅然としてカッコいい。ますます大好きになりました」
ヤニックは相手が娘の恋人と知り、見下したように笑う。
「えーと、アルル、だっけ?」
「アレクです」
すかさず訂正が入るもヤニックは続ける。
「アルルくん、君は私の娘に懸想してるのかね? 恋人の父親にその態度……キャッツランドの叔父上はどういう教育をしたんだろうねぇ」
「それはこちらの台詞です。貴方、ご自身についたあだ名、ご存知ですか? 『歩く生殖器』ですよ? 私がそんなあだ名つけられたら、とても街を歩けません。思い付きで外国の公爵令嬢に手を出して捨てて、娘を17年間放置したくせに父親と名乗るなんて、シューカリウムの叔父上こそ、どういう教育したんですか?」
ヤニックは自分についたあだ名を聞き、顔を真っ赤にする。
「ぶ、ぶ……無礼な。君は年長者を敬うということをしないのか」
「敬うべきだと思いません。コールリッジ夫人を始め、どれだけの女性を弄んだんですか? 中には割り切って関係を結んだ女性もいたでしょうが、奥様はさぞかし悲しかったでしょうね」
奥様、の単語に、ヤニックの顔色が変わる。
「三か月前、王女殿下を廃嫡されたと新聞に載りました。実は宰相閣下の子だったと。因果応報。自分は散々好き勝手な振る舞いをしておいて、奥様だけは裏切らないと思っていたんでしょうか。おめでたいですねぇ」
「き……貴様……ッ」
ヤニックは苛立ってアレク殿下の胸倉を掴む。
ヤニックは母と関係を持った後、病気を患った。その後、子供ができにくい体質になったようだ。『歩く――』とも呼ばれた男だったが、子供は第一王女だけだった。
しかし、その第一王女すらもヤニックの実子ではなかった。王太子妃が夫との関係にほとほと疲れ果てた頃、彼女は慰めてくれた宰相と関係を持ってしまった。そのままずるずると関係は続き、その関係が三か月ほど前に発覚した。
第一王女は廃嫡され、宰相の遠縁の親戚に預けられた。宰相は罷免され、ヤニックと王太子妃は離婚。元宰相と王太子妃は共に、宰相家の領地の山奥で隠遁生活を送っているとのこと。
これが最も新しい、ヤニックにまつわる醜聞だ。この件についてはヤニックは被害者ではあるのだが、彼に同情する人はほとんどいない。
「アレク殿下を離して下さい! 穢らわしい手で触らないで!」
アレク殿下に触れてほしくなくて二人を引きはがそうとすると、アレク殿下が鋭く私に声をかけてきた。
「アリスン、こいつに近寄らないで。そこを動かないで」
アレク殿下はヤニックを睨みつけた。
「アリスンは貴方の子ではない。アリスンに近づくな、ケダモノ」
カッとなったヤニックは思いっきりアレク殿下の頬を殴りつけた。私が悲鳴をあげたその瞬間、窓の外からまばゆい閃光が走った。
「今のは完全にアウトですね、ヤニック王太子殿下」
殴られたアレク殿下を助け起こしながら、クルト王太子殿下は侮蔑するようにそう言った。
応接室の外の茂みから、複数のカメラを構えた男達が見えた。そのまま学園の外へ向かって駆けていく。
「な……っ」
ヤニックが、窓の外と頬を腫らしたアレク殿下を交互に見ながら、口をぱくぱくと開けている。
「アレク、大丈夫か。変なところぶつけてないか?」
クルト王太子殿下は頬を治癒しながら、心配そうに確認している。
「お、おま……お前、まさか、わざと挑発して殴らせたのか? あのカメラは仕込みか?」
動揺するヤニックに対し、アレク殿下はにやりとして立ちあがった。
「ご名答。貴方がここに来ることは、国際移動魔方陣の記録から事前に察知してました。我々はね、ヒイラギ皇国に強いパイプを持ってるんです。ヒイラギ皇国の皇配殿下とお付き合いのある新聞記者を借りました。明日の新聞の一面に載りますよ。シューカリウム王太子の暴行事件として」
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