第21話 事件の余波

【シューカリウム王国王太子・キャッツランド第二王子へ暴行! 両国に亀裂が走るか!?】


【シューカリウム王国王太子にまた不祥事! 王位継承に暗雲か!?】


【シューカリウム王国第二王子・兄の不祥事を徹底追及か!? 王位を巡り第二王子派が攻勢を強める模様】


 大々的に新聞一面に取り上げられ、暴行の決定的瞬間を捉えた写真が載っている。続報はあの王太子に不利になるものばかり。


 王太子を廃して、第二王子が後継者になるのでは、という話で持ちきりだ。


 ヤニックも私に構う余裕もなくなったのか、あれ以来現れることはなかった。



 学園内で起きた事件なだけに、学園でも大きな話題になった。しかし被害者は、学園で絶対的な人気を誇るアレク殿下なのだ。私は女子生徒から冷たい視線を浴びることになった。



「最低。本当にあの子がアレク様の婚約者なの? あの子のせいでアレク様の美しい頬が腫れるなんてあり得なくてよ」


「『歩く――』とか『結婚詐欺師』とか呼ばれてる王太子の隠し子でしょ? 母親の公爵夫人も、婚前交渉なんてふしだらよね」


 教室に入ろうとすると、悪意のある会話に足がすくむ。


 アレク殿下は女子生徒の憧れなのだ。可愛くて愛らしい、そしてカッコいい猫島の第二王子はみんなのスパダリだ。


 そんな彼が私のせいで殴られたのだから、彼女達の憎しみが私に向くのも無理はない。


「血は争えないといいますしね。アレク殿下も、もの好きよねぇ。他にいくらでもいいお相手はいるでしょうに。たとえばわたくしとか?」


 私のせいで、アレク殿下まで悪く言われてしまう。私なんかと結ばれるより、他にいくらでもお相手はいる。やっぱりプロポーズはなかったことにしてもらおう。踵を返したその時、意外な人物が私の悪口を話した女子を攻撃した。



「アリスンと破談になったからって、お前みたいな下品で性格の悪い女、猫島はぜーーったいに選ばねぇよ! 全財産賭けてもいいね!」


 地下牢からよみがえった第三皇子のニコラス殿下だ。腕を組み、仁王立ちしながら女子生徒を睨み付けている。


 教室中に響き渡る声で怒鳴ったものだから、他のこそこそと中傷するクラスメートもニコラス殿下に目を向けた。


「お前らそんなにアリスンが妬ましいのかよ? 妬ましいアリスンの悪口言って、そんなに気持ちがいいのかよ? バッカじゃねぇの。言っておくけど、猫島はどんなことがあってもアリスンのことは手放さねぇよ。俺とあいつは親友なんだよ。お前らの言った悪口、猫島にチクってやろうか?」


 女子生徒達は気まずそうに黙って俯く。


「今後、この件でアリスンを誹謗中傷するなら、ヒイラギ皇家とキャッツランド王家を敵に回すと思えよ!」


 教室がしーんと静まりかえった。


 教室の扉の前で固まる私の肩に、後ろから優しく手が置かれた。振り返ると、ニコラス殿下との婚約破棄のために、私を陥れようとしたケイシーだった。ケイシーもまた、ニコラス殿下からアレク殿下に乗り換えたはずだけど――。


「その小さな胸を張って堂々となさって。貴女は何も悪くないのですから」


 ケイシーの瞳は力強かった。小さな胸、は余計なお世話だけど、優しい気持ちが伝わってくる。


「随分と綺麗なニコラスになったのねぇ。ケイシー、貴女も。アリスン、猫島王子のプロポーズを断るのはやめておきなさいよ」


 後からやってきたソフィアがそう言って苦笑した。二人に背中を押されて教室へと入った。



◇◆◇




 その日を境に、私の誹謗中傷を耳にすることはなくなった。しかし棘のある視線は変わらない。


「シューカリウムに貸しを作って退けるためにやったことですが、アリスンを学園に居づらくさせちゃって……本当にごめんなさい」


 アレク殿下はしょんぼりとしながらそう謝ってきた。


「いいんです。それより、わざとあの男に殴らせたんですか?」


 すぐに治癒をしたから、痕は残っていない。でも一瞬でもあの男のせいでアレク殿下の頬が腫れたのが許せないと思ったのだが……。


「実は、全部わざとです。さすがに俺、素で年上の人にあんな失礼なこと言いませんよ。どうやって煽ろうかと、兄貴の部屋で演技の練習してたんです」


 キャッツランド兄弟……意外と腹黒い。でも、私のためにそこまでするなんて。殴られる役は私でもよかったのに。


「私、以前に危険な真似はしないでほしいって言いました。もし殴られた時、頭をぶつけたりしたら……。アレク殿下はみんなのスパダリなんです」


 そっと頬に手を添えた。挑発されたからってこの美しい顔を殴るなんて。ますますあの男への憎しみが湧いてくる。


「ごめんなさい、アリスン」


 真剣に怒ったのに、アレク殿下は幸せそうに微笑んでいる。


「私、本気で怒ってるんですよ」


「ごめんなさい。わかってますが、アリスンが俺を心配して怒ってくれるのが嬉しくて」


 そんなに可愛い表情をされるとこれ以上怒れない。なんだかずるい。


「シューカリウムの王太子については、短気で有名って情報があったんです。以前にも伯爵家のご令息をぶん殴っちゃった事件を起こしてたし、ちょっと煽ればうまいこと殴ってくれるかなぁって。国元の父上からもアリスンと同じことを言われて、少し怒られちゃいました」


 父上、という言葉を聞いて、ぎゅっとスカートを握りしめる。


「あの、アレク殿下のお父上、国王陛下は、私のせいで殿下が殴られたことや、その……母が結婚詐欺師と婚前交渉をして生まれたふしだらな子だってことは……」


「あぁ……それは」


 アレク殿下が言いかけた時、別のところから返事が返ってきた。


「うちは南国で開放的な国だから、婚前交渉がふしだらという概念はないよ。それに、結婚詐欺師は陛下にとっても甥なんだし、君が負い目に思う必要はない」


「婚前交渉でも、ちゃんと愛し合ってればいいのよ。アレクが殴られたのは自業自得でしょ。アリスンが責められるわけないじゃないの」


 アレク殿下がぎょっとした表情で振り返る。


 いつからそこにいたのか。二人の美少女が仲良さげに腕を組み、アレク殿下の背後に立っている。 


 二人とも女の子にしては背がすらりと高い。なぜか二人は騎士科のネクタイを締めている。騎士科には女子生徒は誰も在籍していないはずなのに。


 一人はポニーテールで金髪を一つに結び、快活に亜麻色の髪が揺れる。キリッとした凛々しい美少女だった。


 もう一人はどちらかといえば、愛らしい、に寄った天使のような美少女で、月の光のような淡い金髪を、耳にかかるくらいまで伸ばしている。


「久しぶりって言った方がいいかしらね。会うのは二度目だもの」


 ポニーテールの美少女は涼やかな声でそう切り出した。この声――聞きおぼえがある。別宅の木の上にいた三毛猫ちゃんだ。

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