第22話 新天地で働かない?

「私は、レイチェル・キングダム・キャッツランド。アレクの叔母よ。よろしくね」


 叔母!? 目の前の少女はとても叔母、という歳には見えない。姉、と言われるほうがしっくりとくる。


 レイチェル……レイチェル・キングダム。聞いたことがある名前だ。


 その名は、まだ歴史の浅いヒイラギ皇国史の教科書にも太字で記載されている。皇帝陛下の同志にして、伝説の剣聖とも呼ばれる剣の達人。ヒイラギ皇国建国の際に立ちあがった革命軍四天王のうちの一人。


 彼女を題材にした演劇も人気があり、まさに国民的ヒーローであり、ヒロイン。


「……え、え、えぇぇぇぇっ!? あのレイチェル・キングダム将軍閣下ですか!?」


 なぜこんな場所に英雄が、制服姿でいるのだろうか。


「そんなに驚くこと? 確かに私、この国では人気があるのよねぇ。国民的大女優が私を演じててビックリしたわ。この服、似合ってる?」


「に、似合っております!!!」


 思いっきり力強くそう答えた。


 物語の中の英雄が目の前にいる――足ががくがくと震えるけど、英雄がアレク殿下の叔母様?


 確か、キングダム将軍は革命の後に結婚したはず。お相手は……。


「私は革命後、革命の支援者であったキャッツランド王国の執政官に嫁いだのよ。政略結婚じゃないわ。熱烈に愛し合ったのよ。だから、私は国王の子であるアレクの叔母なの。ねっ?」


 キングダム将軍閣下は、アレク殿下にウィンクを送る。


「俺達のコネ……ヒイラギ皇国の太いパイプはこの人だよ。叔母上が皇帝ご夫妻と仲が良くてね。シューカリウムの王太子殿下の情報とか、新聞記者の手配とか、色々助けてくれたんだ」


 アレク殿下も情報を補足してくれた。


「もうすぐ春休みでしょう? コールリッジ公爵家はあの状態だし、貴方も学費とか生活費とか大変なんじゃないかしらと思って、お仕事のスカウトに来たのよ」


 母が逮捕された後、学校に事情を話して寮を一室借りて暮らしている。学費と寮費は奨学金を一時的に借りたが、今後の生活費の目処が立たない。従兄の世話になるのも申し訳ない。働き口を探さないとと思っていたところだ。


「旦那の秘書が一人、産休に入るのよ。後任の秘書官を募集してるの。春休みの間だけでもやってみない? 新天地でのびのびとお仕事よ!」


「旦那様の秘書ですか?」


 キングダム将軍はキャッツランドの王宮執政官に嫁いだのだから、旦那様=王宮執政官である。


「そ、そんな地位のある方の秘書!?」


 恐れ多い。私にできるとは思えないのだが――。


「地位のある方もなにも、そこにいるアレクは次期執政官なのよ。貴方はその妻になるわけでしょ? 夫がどういう仕事をするのか、見てみたほうがいいと思わない? ハッキリ言って、アレク一人であの仕事をするのムリよ。うちの旦那より能力で劣るもの」


 バッサリと酷評されて、アレク殿下がムッとした表情を浮かべる。


「そんなことないです! 俺は16歳にして上級魔術師、第一級魔道具師の高ライセンス持ちの男なんですよ! 俺は叔父上と同じくらい頭脳明晰です。叔父上の方が優れてると思うのは、妻の贔屓目ってものです」


「そうかしら? でも貴方、そのライセンスどうするのよ? 王宮執政官と両立できるの? そんなに甘いものじゃないわよ」


 口論をする二人を余所に、ショートカットヘアの美少女は、スカートから出た足をやたらと気にしている。「足がすーすーしてつらいよ」とキングダム将軍に訴えているが、将軍には聞こえていないのか、黙殺されている。


「春休みの間だけでいいの。お給料、弾むわよ。なんたって、国のナンバー2の秘書なのよ。それに私、貴方にはアレクを守るだけの力を持ってもらいたいって言ったわよね? 力って、剣の腕だけじゃないのよ。これからは知力。知力の時代よ」


 将軍は私の手を取り、グッと握りしめた。手の力が強い。この迫力……先日現れた皇帝陛下に似ている。さすがは英雄。


「貴方は私の跡を継ぐ人よ、アリスン。賢そうな顔をしているし、きっと大丈夫ね」


 跡を継ぐ――私でいいんだろうか、本当に。


「あの、私。父が『結婚詐欺師 兼 歩く――』なんです。母は犯罪者ですし。正当な公爵令嬢じゃないですし。その……」


「あら。私は私自身が犯罪者よ。偉大なるモエ皇帝と一緒に武力で革命を起こしたんだもの。前国家からしたら賞金首ものよ」


 なんでもないわ、という風にキングダム将軍は言う。


「レイ、アレク……足が寒いんだけど」


 ショートカットの美少女は、泣きそうな表情だ。なぜか胸がキュンとする。ヒイラギ皇立学園の制服は、膝下までのスカートに、防寒のためのタイツを着用する。彼女もちゃんとタイツを履いているのに寒いのだろうか。


 私は「よかったら……」と、編みかけの膝掛けを彼女に渡す。


「ありがとう」


 天使のような微笑みに、また胸がキュンと高鳴る。恋とはまた違うトキメキ。孤児院で出会った、幼女に変身したアレク殿下に抱いたような気持ち。


 しかしキングダム将軍もアレク殿下も、口論に夢中でショートカット美少女を無視している。


「叔母上、学費と生活費なら俺の稼ぎでなんとかします。それにアリスンが執政官の仕事を手伝うことはしなくていいです! 全部俺がやります」


「だから、貴方一人じゃムリって言ってるの」


「ムリじゃないです。やってみなきゃわかんないでしょ!」


「やらなくてもわかるわよ。それに私、貴方に魔道具の発注をしようかと思ってるのよ。洗濯機もまだ造ってないでしょ? そっちを優先してよ。それにしても……」


 キングダム将軍は私に視線を移し、次の瞬間、ぎゅーっと抱きしめてきた。


「ちょっと! 離れて下さい!」


 アレク殿下は必死に私とキングダム将軍を引きはがそうとする。しかしどういうわけか、将軍の力は強まるばかり。苦しい。


「可愛いわ、アリスン。こんな兎さんみたいな女の子、私の周りにはいなかったもの」


「当たり前じゃないですか! 叔母上が獰猛な虎なんですから。兎を返して下さい!」


 アレク殿下は、嬉しそうに膝掛けを腰に巻いたショートカット美少女も睨む。


「叔父上、さっきから『寒い寒い』とうるさいです。なんで女子の制服着てるんですか? スカートなんだから足が寒いのは当たり前でしょ! その膝掛けは俺のために編んでくれてるんだから、返して下さい!」


 ショートカットの女の子は叔父上――ということは、男性? どう見ても女性に見える。TS変装してるのかな。


「あ、せっかく連れてきたのに紹介するの忘れてたわ。この子が私の最愛の夫。可愛いでしょ? 春休みの間の貴方の雇用主よ」


 キングダム将軍は私を解放し、ショートカット美少女の肩を抱いた。


 この方が世界で最も影響力のある政治家と言われている、キャッツランド王国の王宮執政官!? この方の秘書を春休みの間にやるの?


「僕の名は、シリル・オリバー・キャッツランド。よろしくね、兎ちゃん」


 シリル様はふわりと笑って、私を抱擁をしてくる。


「可愛い~。僕、兎は飼ったことなかったんだ。嬉しいなぁ」


「ちょっと! 嬉しいなぁ、じゃないでしょ! 叔父上は男なんだから、普通にセクハラです! 離れて下さい!!」


 アレク殿下が引きはがそうと暴れ出す。


「そうそう、陛下からアレクに伝言だよ。婚約の儀っていうのをやるみたい。その子を連れて実家に帰っておいで」


 シリル様はにっこりと笑ってアレク殿下に告げた。



 婚約の儀――。もう後戻りできない。結婚詐欺師と犯罪者の娘が、スパダリ王子様のお嫁さんになってしまうんだ。



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叔父上はTS変装はしてないです笑


キングダム将軍と美少女執政官の革命と恋の物語は、後に連載しようかと思っております。ちょっとした宣伝でした♪


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