第三章 これからのこと

第23話  アレク殿下の里帰り

「アレク殿下、本当に本当にいいんでしょうか? 私……」


 移動魔方陣に向かう馬車の中で、震えながらアレク殿下に聞いた。左手の指には、先日アレク殿下がくれた指輪が光る。


「言ったでしょ? 貴女のご両親がテロリストでも海賊でもいいって。それにみんな言ってますが、結婚詐欺師は俺の従兄でもあるんです。父にとっては甥です。俺達にも結婚詐欺師と同じ血が流れています。つまり、貴女とお揃いです」


 アレク殿下はくすぐったそうに笑う。全く私の両親のことは気にしていなさそう。


「それと、そろそろアレクって呼んでもらえないでしょうか。夫婦になるのに、殿下つけて呼ばないでしょ」


「わ、私は、夫婦になっても、アレク殿下って呼びたいです」


「えぇーっ! なんでですか! 友達だってアレクって呼んでくれるのに」


「アレク殿下は私にとって推しなんです。そんな呼び捨てなんて!」


 馬車の中にはお兄様であるクルト王太子殿下もいるのだけど、猫のまま寝ている。時折、耳がぴくぴくと動いているから、きっと聞こえているんだと思う。


「アレクって呼んでくれないなら、俺もアリスン殿下って呼ばないと。貴女はシューカリウムの王女殿下なんですから」


 それは嫌だ。


「……わかりました。アレク」


 言った瞬間、ぼんっと頭の中が破裂して頬が熱くなる。呼び捨て、ハードル高い……。



◇◆◇



 移動魔方陣へ到着し、先に申請しておいたパスポートをかざす。この移動魔方陣はキャッツランド王国が開発した魔術を利用したもので、世界各地を瞬間移動できる転移装置だ。アレク殿下……アレクを育んだ国だけあって、魔術のレベルが本当に高い。


 魔方陣の中に入り、クルト王太子殿下が目的地としてキャッツランドの下のVIPボタンを押す。すると、キャッツランド王宮が光った。


「このVIPボタンはね、俺とアレクのパスポートに特別に仕込んであるものなの。一瞬で実家に行けちゃうんだよ」


 少し得意気にクルト王太子殿下が話してくれる。


「アリスンのパスポートにもそれ、入れておきますね。これからはキャッツランドとヒイラギを往復することも増えるでしょうし」


 アレクもそう言って私の手を取った。アレクの手の感触を感じながら思う。私がこんなに幸せでいいのかなって……。



 身体がふわっと浮いて、体感温度が急激に上がる。春先でもまだ寒いヒイラギ皇国と違い、キャッツランド王国は年中常夏と聞く。魔方陣から出ると、王宮の中の庭のようだった。辺りを鶏と猫が囲んでいる。緑に溢れ、そこらじゅうに畑があり、美味しそうなトマトやズッキーニがなっている。


 畑と畑の間には小川が流れていて、澄んだ水が流れている。都会ではあまり聞かない虫の声が、賑やかな音を奏でている。


 農作業をしていた使用人の方々が「「きたぁぁぁぁ」」と騒ぎ出す。すると、元気のいい少年二人が、アレクに突進してきた。


「「来たなアレク! これでもくらえ!」」


 二人は玩具の鉄砲を取りだして、空中に撃った。ぱぁぁん!と破裂音がして、きらきらとした紙吹雪が舞う。二人を見た瞬間、アレクがはじけるような笑顔になった。


「「おめでとう、アレク! 僕達に義姉上ができるの?」」


 少年達は、嬉しそうにアレクに飛びついた。私の方をちらっと見る。栗色の瞳が好奇心で輝いている。


「まぁまぁ可愛いじゃん」


「仲良くしてやるよ。僕達が王宮を案内してやるから」


 妙に上から目線の少年達。瞳からは親愛の情が感じられる。整った顔立ちが瓜二つの彼らこそが、双子の弟王子達なんだ。


「セベク、パシオ、失礼なこと言うんじゃない!」


 アレクもはしゃぐように叱りつけて、芝生の上でじゃれあいを始めてしまった。男の子って感じだ。


「ごめんね、ガキばっかで。アレクは実家に帰ると、精神年齢が弟と同レベルになっちゃうんだ」


 クルト王太子殿下はそう言って苦笑いをする。すると今度は、美麗な青年が走ってくる。芝生で弟と取っ組み合いながらじゃれあっているアレクに鉄砲を向ける。これは本物の鉄砲のようだけど。


「おかえり、アレク! これでもくらえっ」


 ぱぁん! と巨大なくす玉がアレクの頭上で炸裂した。くす玉から「婚約おめでとう!」というきらきらした文字が弾け、くす玉と共にそのまま空気に溶けていった。


 青年はアレクに突進して抱きついた。


「ち、父上~! 重いってば!」


 寝技を決められてアレクがばたばたと暴れている。それに便乗して、弟達もアレクの上に乗ってわちゃわちゃとはしゃぎだした。


「……ごめんね、ガキしかいなくて。父も弟達と似たようなもので、一気に子供が四人になっちゃうんだ」


 クルト王太子殿下は、芝生の上でじゃれ合っている四人を見て嘆息する。


「あ、あの。父上って仰ってますけど、あの若い男性の方が国王陛下なのですか? 先日の叔父上様の時も思いましたが、随分と……」


 どう見ても16歳の子供がいる父には見えない。アレクを組み敷いてくすぐっている国王陛下は、私よりも少し年上、くらいにしか見えないのだ。


「うん、彼らはからね」


 時を……止める?


「そのおまもりを作る時、アレクの左手にうっすらと刻印が浮かび上がらなかった?」


 私のブレスレットを指して、クルト王太子殿下が聞く。


 そういえば、馬車の中でまばゆい光の模様が左手の甲に現れたような気がした。


「その刻印は、アレクが正式に王宮執政官となる時に、もっと輝きを増す。本格的に神力を使えるようになる。そうなると、歳を取らなくなる。在任期間中は不老不死になるんだ。そして、その力は、君にも与えられる」


 刻印? 不老不死? 神力?? 


 全く意味がわかりませんが……。

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