第24話 婚約の儀とは一体?

「騒がしいと思ったら、クルトとアレクが帰ってきたのね」


 農作業着姿の綺麗な女の人が、大量のニンジンの籠を持って現れた。私を見て目を輝かせ、ひょい、と籠をクルト王太子殿下にパスしてしまう。


「噂に聞いたとおり、可愛い!! 兎さんって本当だったのね! 兎さんが私の娘!? 夢! 夢が叶ったよ!」


 ぴょんぴょんと元気よく飛び跳ねる、この人の正体をわかってしまった。王太子であるクルト殿下に荷物を持たせることができる人物――。


「夢よ、これは夢だよ。そう思わない? クルト! あんた達みたいなむさくるしい男集団しかいなかったこの王家に、ついに!! 兎さんが来たぁぁぁ!」


 王妃様だ。このお方が絶対に王妃様だ。16歳の息子がいる母親には見えないけど、このお方こそが……。


 王妃様はきらきらとした魔術を使い手を洗うと、スカートを摘み、片足を引いて淑女然とした挨拶をした。


「カナ・グレイス・キャッツランドと申します。いつも息子達がお世話になっております」


 さすがは王妃様。さきほどの庶民的な可愛らしさとは打って変って、貴族的な気品を醸し出すカーテシーだった。慌てて私もそれに倣って挨拶をする。


「アリスン・コールリッジと申します」


 コールリッジ、のところがかすれた。私がコールリッジを名乗っていいのかと疑問に思ったからだ。母の娘であることに変わりはないのだから、コールリッジ家の娘に違いはないのだけど。


「パパもご挨拶して! あんた達もお姉ちゃんにご挨拶!」


 王妃様は、芝生で転げまわっている国王陛下と弟王子達に、パンパンと手を叩いて声をかける。


「初めまして、俺が君の新しいパパになる、ラセルっていいます」


「僕はセベク!」


「パシオだよ! セベクと区別がつくかなぁ……よろしくね、義姉上!」


 彼らは次々に私の手を取って、ぶんぶんと振り回す。


 王族にしてはラフな挨拶に、「あんた達、ちゃんとやってよ!」と王妃様が雷を落とす。


「ごめんね、アリスン。うちは王家といっても超庶民派な家だから、演技モードに入らないと王族っぽく振る舞えないの。でも、演技と猫かぶりだけはお得意の俳優一家だから、パーティーなんかに行くとそれなりにはなるのよ」


 王妃様がこめかみをひくひくさせながら、苦笑いをして謝っている。


「アリスン、うちはこんな感じだからさ。あまりご両親がどうとか気にしないでください」


 アレクは服についた芝生を払いながら、そう言った。


「ご両親って言えば、シューカリウムの王太子の娘なんだっけ? 彼が甥だから、君は又姪まためいってことになるのか。まぁ、なんでもいいか。パパって呼んでみてよ」


 国王陛下は美麗な顔をにこにこと綻ばせる。


「あのね、お年頃の娘さんはお父上とかお父様、とか呼ぶもんでしょうが」


 すかさず王妃様が突っ込みをいれる。


「あの……私、両親が、あの……」


 本当にお父様と呼んでいいものなのだろうか。それに、学校のクラスメートですら悪く言う私の出自のことは本当に……。


「セベクって呼んで!」


「ずるい、僕も!」


 弟達の屈託のない笑顔にとまどいつつも、名前に殿下をつけて呼ぶと、すかさず「殿下いらない」とダメ出しをされてしまう。


「アリスン、実は私、公爵家の養女なの。本当は平民で、庶民の子なの。うちの王家はそういうの全然気にしないから」


 義母というよりは義姉のような王妃様が私の背中を優しく叩き、邸宅へと案内してくれる。


「で、でも。身分とかじゃなくて……私……母が結婚前に結婚詐欺師と作った子で、そのふしだらな血が……」


 いくら庶民的な王家とはいえ、王家には違いがないのだ。本当に受け入れてくれるのか不安しかない。


「あぁ……うちは元々ふしだらな家系だから問題ないよ。うちの母親、前王妃だけど、結婚後に駆け落ちしたんだ。前国王のお手付きの侍女も数知れず。結婚詐欺師の甥は、あいつの隔世遺伝だな、きっと。君はこの家に来るべくして来た娘なんだ。堂々としようぜ」


 明るい国王陛下はさらっと家のスキャンダルを語る。


「うちの家系の醜聞もこんな時に役に立つとはね」


 クルト王太子殿下も苦笑した。


「そうよ。まぁ……コールリッジの公爵様からしたら面白くないだろうけど、女の子にモテすぎるパパと、パパを好きになりすぎて闇に落ちちゃったママの純愛の末に生まれたのが貴方なのよ。自分を卑下しないで、ねっ?」


 王妃様……結婚詐欺師兼歩く――と、犯罪者の母とのふしだらな行為を、ここまでプラスに表現してくださるとは。


 さすが南国の雄と呼ばれる国。北国のヒイラギ皇国とは違う。どこまでも開放的でおおらかだった。



 そのまま客間に案内され、キャッツランドの気候に合わせたワンピースを用意してくれた。着替えて階段を下りると、先日お会いしたレイチェル様と旦那様の執政官様、アレクの従兄弟のケネト殿下、そしてアレクがいた。


 アレクがレイチェル様と口論になっている。


「――だから、アリスンの生活費や学費は、俺個人の稼ぎから出しますから!」


「勝手に出せば? でもアリスンだって執政官補佐としてのスキルを磨くことは大切なはずよ。あの子には、貴方を守れるだけの力が必要なの」


「別に俺は、アリスンに守ってもらおうなんて思ってない。俺がアリスンを守るの!」


 そこでちらりとケネト殿下が私に気付いてくれた。


「おっ! アリスン先輩、その服、似合いますね」


 清楚な白地のワンピースに、ところどころ桃の模様が刺繍されている。とても可愛らしい。口論していたアレクもレイチェル様も、私の姿を見て微笑んだ。


「可愛らしいわ。兎さんはワンピースを着ても兎さんね」


 うっとりとレイチェル様が褒めてくれる。


「……とにかく、叔母上。さっきの話は後でしましょう。アリスン、食事が用意できましたから」


 アレクはダダダッと階段を上り、私の位置までくると手を取ってエスコートしてくれる。まるでレイチェル様からガードするように、大広間まで連れて行ってくれる。


 後ろからレイチェル様の「嫉妬深い男ね!」という声が聞こえた。



 お食事は大人数で食卓を囲むことになった。


 あの公爵家ではいつも侍女達と冷たくなった料理を食べていたから、温かな家庭の食卓に緊張してしまう。


 甘辛いソースがかかった新鮮なカルパッチョは身が甘く、酸味と辛みのあるスープには、見たこともない大きなエビが鎮座している。


 メインディッシュは巨大な白身魚をその場で取り分けてもらう。身がぷりぷりで美味し過ぎる。甘辛なソースもまた、淡白な白身魚をうまく引きたてている。


 ヒイラギ皇国でも、皇都マテオでは魚料理も広く出回るが、ここまで新鮮な魚介類がフルコースで登場することはない。王家の食卓だからかもしれないが、料理が美味し過ぎる。


 家族と一緒に食卓を囲んだことは数えるほどしかなかったから、テーブルマナーに不安はあったものの、王妃様から「アリスンはお魚の食べ方が上手ね」と褒められてほっとした。


 弟王子が中心となり、とても賑やかな食卓だ。


「アレクはね、今まで好きになった女の子はみーんなクルトおにぃを好きになるから嫌だって言ってたんだよ。義姉上はそうならなかったの?」


 パシオが無邪気に私に尋ねてくる。ケネト殿下がぷっと吹きだした。


「……考えたこともなかったです」


 クルト王太子殿下には大変失礼ながら、素直にそう答えてしまった。


「俺の好きになった子だって、アレクの方がいいって子もいたよ。俺とアレクはタイプが違うからさ。アリスンは初めからアレクしか目に入ってなかったよね」


 クルト王太子殿下は気を悪くすることもなくそうフォローしてくれた。


「あの、婚約の儀って具体的に何をするのでしょうか?」


 そう聞くと、みんな一様に「うーん?」という表情だ。


「さぁ? 俺達、そんなのやらなかったからな。お前もやらなかっただろ?」


 国王陛下は、執政官様へ話を振る。先日はTS変装をしていたと思っていたのだが、あれはTS変装ではなく、単なる女装だったようだ。今は普通に男装をしているものの、執政官様はどう見ても美少女にしか見えない。


「うちはそんな堅苦しい儀式なんてやりませんからね。婚前交渉も――」


 執政官様が言いかけた時に、アレクが真っ赤な顔で「子供もいるのにやめてくださいよ!」と制した。


 案の定、「こんぜんこうしょうってなにー?」という騒ぎになり、収拾がつかなくなってしまった。


 それにしても国のトップの国王陛下が「さぁ?」と答えるとはどういうことなのか。国王が言い出したことではないのだろうか。


「婚約の儀って猫神様が仰ったことですよね? 昨晩、夢に猫神様が降りてきましたよ」


 アレクがみんなに説明する。


「明日、婚約者を連れて海底神殿に来てほしいということでした」


 海底神殿? 神殿というからには宗教施設。海の底にあるというの?


 しかし海底神殿という単語を聞いて、突然レイチェル様が悶え出した。


「海底神殿ですって? ってことは……初夜!?」


 レイチェル様が頬を染めて、「きゃぁ~」と興奮している。


「叔母上!! 子供がいるんですから!」


 アレク殿下が真っ赤な顔でレイチェル様へ抗議した。


 初夜……。初夜って初夜!? 婚約の儀が初夜なの!?


「「パパー、しょやってなにー?」」


 またしても弟王子達が騒ぎ出し、話はそれ以上できなくなってしまった。

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