第25話 相変わらずの両片思い
用意された客間から窓を眺める。月がヒイラギ皇国にいた時よりも大きく見える気がした。
初夜……。
国が異なれば価値観も大きく異なる。ヒイラギ皇国では、密かにしている人もいることはいるが、婚姻前に婚前交渉をするような人はふしだらとみなされる。
どうやらキャッツランド王国では異なるようだ。
コンコンと窓を叩く音がする。窓を開けると、猫型になったアレクがそこにいる。小首をかしげて「入ってもいいですか?」と聞いてきた。
中に入れてあげると、アレクは耳を垂れて元気がなさそうにしている。
「アリスン、本当にごめんなさい」
落ち込んだ様子のアレクをそっと抱き上げた。
「なぜ、アレクが謝るのですか?」
「だって……まさか、俺も初夜だと思ってなくて。初夜だっと知っていたら連れてこなかったです」
その言葉に少しだけ傷ついた。アレクは大好きといつも私に伝えてくれる。でもそういうことは私とはしたくなさそうなのだ。
私も令嬢の教養として、初夜で何をするかは知っている。アレクはそれがとても嫌そうだ。
「アレク、本当に私でいいのでしょうか?」
ため息混じりでそう聞いた。
私はケイシーのような魅力的な身体ではない。男性にどう見られているのかはわかっている。
「アレクもやっぱり、ケイシー様みたいな……」
アレクは私の腕の中でガバッと顔をあげた。
「お、俺はケイシーなんて好きじゃないですっ! 全然好きじゃないですっ!」
「でも、アレクは……私と初夜は嫌なんですよね?」
そう聞くと、少し悲しそうに頭をこすりつけてくる。
「酷い。アリスンは全然俺のことわかってくれない。嫌なはずないじゃないですか。俺は貴女が大好きなんですから。本当は、超したいです」
ぴょん、と腕からすり抜けて飛び降りた。
「でも、アリスンは……」
その言葉の続きは言わず、だだだっと駆けてドアの小さな扉から出て行ってしまった。この部屋には猫が出入りできいる猫用出入り口がついている。さすがは猫人間のお屋敷だ。
――あの、アレク殿下。
思念で話しかけると、少し怒ったような声が返ってくる。
――殿下はいらないって言いました! もういいです!
怒らせてしまった。悲しくなって、ベッドの上に横たわる。とても疲れているのに、眠くない。
私は、アレク殿下……アレクとそういうことをしたいのだろうか。
アレクはカッコよくて愛らしい。いつも朗らかでにこにこしていて、甘えるように私の名を呼ぶ。私よりも背が高く、剣が得意なだけに筋肉もほどよくある。そんなアレクに……。
ドクンドクンと胸が高鳴り、身体が火照ってくる。キスだけでも死にそうなくらいだったのに、出来るんだろうか。
そんな時、また窓をコンコンと叩く音がする。アレクが機嫌を直してくれたのかと思ったら、レイチェル様だった。レイチェル様は三毛猫姿のまま窓から入ってくる。
「私が余計なことを言ったせいで、あの子と喧嘩しちゃった?」
初夜のことを言っているんだと思った。
「ごめんなさい。私がシリルと初めていたしたのが海底神殿だったから、勝手にそう思っただけなの。婚約の儀なんて正式名称じゃなかったし、お義姉様からも息子からも怒られちゃったわ」
大して堪えてなさそうな感じでレイチェル様は謝った。
「海底神殿ってどんなところなんですか?」
神殿、というだけに、宗教施設だろう。でも聞く限り、王族達がいたすところでもありそうで。
「海の底に眠る神の屋形よ。この国の神様はね、猫神様なの。聞いたことあるでしょ? 100年生きた猫が国王様と結ばれたって。初代王妃様が猫神様として神殿に住んでいるの。彼女が、キャッツランド国王と執政官に特別な力を与えるのよ。アレクの手の甲に現れる刻印もそう」
そう言って、レイチェル様は人型に変わる。レイチェル様の左手の甲にも刻印が現れた。
「この刻印はね、シリルからもらったの。どうやってもらったのかっていうと、その初夜で――」
ぼんっと頬が熱くなる。この美しくてスタイル抜群のレイチェル様が、あの可憐な執政官様と……。
「神殿には美しくてムーディーなお部屋があるのよ。私はそこでシリルを抱いたの」
だ……抱いた!? 抱かれたではなく? もうワケがわからない。私には刺激が強すぎる。
「ふふ、可愛い反応。アレクが羨ましいわ」
そう言って、レイチェル様は猫に戻って窓から出て行った。
◇◆◇
翌朝、侍女の方に起こされて部屋を出ると、アレクが国王陛下、執政官様と口論になっている。この家の人は、階段下で口論をすることが多いようだ。
「アリスンは連れて行きませんッ! 俺が一人で行きます!」
アレク殿下が支度を整え、そう宣言している。
「そうはいかないだろ。神様が婚約者を連れて来いって言ってるんだし」
「初夜しろって言われたら断ればいいだけだよ。一応連れて行きなさい」
二人がそう宥めるも、アレクはぶんぶんと首を振る。
「相手は神様です。俺の意識を乗っ取るかもしれないです。もし身体を乗っ取られてアリスンを襲ったりしたら、俺はもう生きていけません!」
アレクがそう言うと、父上様も叔父上様も「乗っ取るなんてあるのかなぁ」と、困ったように顔を見合わせる。
「けどさ、お前とアリスンは愛し合ってるんだろ? ま……まさか、お前が一方的に好きなだけで、あの子はそうでもないとか?」
国王陛下が失礼なことを言うと、アレクはムキッとした表情で睨みつけた。
「俺達は両思いです! た、多分。でもアリスンはヒイラギ皇国育ちなんです。婚前交渉を当たり前のようにする、ふしだらなキャッツランドとは違うんですッ!!」
そう言ってずんずんと玄関の方まで歩いて行ってしまう。
私の中では、アレクが口にした「多分」という言葉が胸に引っ掛かる。プロポーズの時、ブレスレッドから私の気持ちを読んだのに、「多分」なんて言わないでほしい。
慌てて階段を降りて、お父上様と叔父上様へご挨拶をする。そのままアレクを追いかけようとして立ち止まった。
「国王陛下、執政官様。私はアレク殿下が好きです。大好きです!」
怒鳴るようにそう伝える。その剣幕に玄関の方からアレクが振り返る。
「来ないでください。俺、一人で行きますから」
動揺した表情でアレクが言うが、私も彼を一人で行かせる気はない。
「わ、私も行きます!」
頭が沸騰しそうになりながらも伝えたい。
「私は……別に、婚前交渉でも初夜でもいいです。キャッツランド王家がそれでいいのなら。私は貴方が大好きなんです。『多分』なんて言わないでください」
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