第15話 改めてのプロポーズ

「この中心の石は、キャッツランドの特殊な真珠を砕いて作ってるんです。実は先日、学校サボってキャッツランドに国際移動魔方陣で帰ったんです。その時に潜って取ってきたんですよ!」


「え……えぇ!? ご自身で取ってきたんですか!?」


 国際移動魔方陣では、その国が魔方陣で結んだ各国へ飛ぶことができる。ヒイラギ皇国とキャッツランド王国も魔方陣で結ばれていて、移動先の国、移動元の国、相互で発行されたパスポートを持った人だけが行き来できる。


 アレク殿下は当然両方のパスポートを持っているだろう。でもまさかご自身で海に潜るなんて……。


「貴女に差しあげるものだから、自分で用意したかったんです」


 アレク殿下が結界の中で跪き、両手で指輪の箱を掲げた。


 物語の中でしか知らない、本格的なプロポーズの所作。そ、そこまでやらなくていいのに……! 心臓が高鳴る。これは現実なんだろうか。


「俺、貴女に好きになってもらえるように頑張ります! いつか、ちゃんとしたスパダリになります。お母上にはああ言われたけど、俺は生涯、貴女以外愛しません。俺と結婚してください!」


 力強くそう宣言してくれるけど、もうこれ以上スパダリにならなくていいのに。


「あの……私にとって、アレク殿下は好きっていうよりはもっと高くて。推しっていうんでしょうか。まさか、アレク殿下から想いを返してもらえるとは思っていなくて。あの、えっと……」


 無意識にブレスレッドを握りしめてしまった。私のアレク殿下への気持ちが流れていく。


 カッコいい、尊い、優しい、可愛い、本当の高嶺の花で、高貴な王子様。理想的なスパダリ。大好き。


 アレク殿下の頬が段々と染まっていく。


「……ほんとですか? 今、送られてきた思念って」


 アレク殿下のサファイヤの瞳が潤んでいる。吸い寄せられるように、跪くアレク殿下を抱きしめてしまった。


「私、殿下が学園に入学した時から、ずっと素敵な人だなって思っていたんです。王子様ってこういう人のことを言うんだなぁ……って、殿下が歩いていたら遠目で追っていたんです。お話するようになって、性格も素敵な方なんだなって……」


「性格……カッコ悪くて、中二病なのに?」


「カッコ悪くなんてないです。いつも一生懸命で、優しくて。だから……危険なことはしないでほしいです。私、殿下のこと……大好きです」


 抱きしめる腕から、アレク殿下の鼓動も伝わってくる。溢れる大きな気持ちも。


「指輪、受け取ってもらえますか? お母上は反対されてますが、どうしても許してくれないのなら、俺は貴女を攫います。絶対に貴女を守る」


 震える手で受け取った。アレク殿下が優しく指輪を薬指に嵌めてくれる。


「俺、絶対に貴女を幸せにしますから。ブレスレットから、貴女のお気持ちは伝わりました。でもこれに満足せずに、もっと好きになってもらいます。そして俺も貴女をもっと好きになります。」


 真摯な気持ちを私に向けてくれる。本当に私でいいんだろうか。親からも愛されない私で――。


 でも、今は信じよう。嘘のない本当のアレク殿下の気持ちを。そうだ。今なら渡せそう。こんな高価な指輪には釣り合わないけど……。


「あの……アレク殿下、私、この毛糸が殿下の髪色に似てるなって思って。ずっと殿下のこと考えて……」


 おずおずとマフラーを取りだす。アレク殿下のサファイヤの瞳が驚きで見開かれた。


「……俺のために……一編み一編み……」


「あっ! アレク殿下!」


 クラッとよろめいたアレク殿下の背に手を添える。至近距離で愛しい顔が目に入り、ドキドキが止まらない。


 ふわりと首にマフラーをかけると、髪色のようにマフラーも輝く。


「嬉しいです。本当に嬉しいです! あ、あの。先輩抜いて、アリスンって呼んでいいですか? アリスンもアレクって呼んでください。殿下なんていりませんから」


 アレク殿下の瞳が涙で溢れている。でも気付いたら私も同じだった。泣くほど嬉しい。


「アレク殿下……アレク……えっと……むりですっ! 推しを呼び捨てなんてできないですッ」


「推しじゃなく、俺は貴女の恋人、いや、夫になるんです」


 私達は月と魔鉱石に挟まれた幻想的な空間で、初めてのキスをした。繊細で甘いキス。一生この瞬間を覚えているだろう。


 アレク殿下、大好きです。



◇◆◇



 飛行結界はふわふわと浮かび、そのまま別宅のテラスへ降り立った。クルト王太子殿下の客間のようだ。部屋の中には護衛騎士の方も数名いらっしゃる。


「お前がお楽しみの間、なかなかの会話してたぞ」


 小型の魔道具を手に取る。


「アリスン嬢は聞かない方がいい。必ず俺達……あ、主にアレクね。アレクが守るから」


 俺達、の時点でアレク殿下がキッと睨んだから、クルト王太子殿下は慌てて言い直した。


「俺が、あの人達の周辺にコバエを飛ばしたんです。そのコバエが集めた音声が、この魔道具に集まるようになってるんですよ」


 得意気にアレク殿下は魔道具を手に取る。


「アレク殿下、学校でコバエって呼ばれてるって本当ですか? それでこの魔術を思いついたんですか?」


 騎士団長が酷い質問をする。またアレク殿下がキッと睨んだ。


「コバエにはコバエの利点があるんですッ! 別に俺自身がコバエじゃないですからね!」


 護衛騎士団長は心配そうに眉根を寄せる。


「アレク殿下、学校で嫌なことがあったら言ってくださいね。すぐ国元の陛下に報告しますから」


「ほ、報告なんてしなくていいんですッ! クラスメートはみんな優しいし、コバエのこと慰めてくれたんですから!」


 ムキになって騎士団長に怒っているアレク殿下も可愛い。


「きっと、アレク殿下はコバエでも可愛いです。私、そんなコバエだったら……好き」


 思わず言葉にしてしまって、騎士団長もクルト王太子殿下もきょとんとしている。


「ご、ごめんなさい! 変なことを言ってしまって!」


 慌てて謝った。


「あ、あと。王太子殿下、アレク殿下。先ほどはうちの両親が本当に失礼で申し訳ありません!」


 食事会の無礼の数々もあわせて謝っておく。


「別にいいよ、始めからああくるってわかってたしね。ちなみに婚約の件は、国元の両親や叔父、宰相もご存じのことだから、心配しなくていいよ」


 クルト王太子殿下は爽やかに笑ってそう言った。


「本当はアリスンにプロポーズしてから親には言おうと思ってたんです。でも、真珠取りに潜った時に、父に学校サボったのバレちゃって。それで色々と相談してたんです」


 てへっ、みたいな笑顔を浮かべてアレク殿下もそう言った。


「けど、正妃ならダメで側妃ならいいとか。しかも、側妃ならいいって言ったよね。一夫多妻の国王が抱える、正統な第二妃とか、第三妃でも納得しなさそうだよ」


 クルト王太子殿下は首をかしげていたが、私にはもうわかった。


「……やっぱり、私は母の不義の子なんです。疑惑ではなく、事実としてあの二人……特に母は認識しています。母にとって間違いの子だったんです。だから憎んで、不幸になってほしいと思ってるんです」


 アレク殿下は誠実な人だ。だから許せないのだ。不義の子が幸せを掴むことを。私は母の人生の汚点。


「でも、それにしては、お父上からは君への強い感情が見えないんだ。さっきも結婚を了承しようとしてたし。妻の不義の子、なら、どちらかといえば夫側の憎しみが増すと思うんだけど」


 父は確かに私を疎んでいる。だが、憎んではいない。両親の力関係は、圧倒的に母が上だ。でも、なぜそこまで母は私を憎むんだろう。


「お母上の気持ちも理解できない。不義の子なら自分が悪いんじゃないか。それに、本当に君の不幸を望むなら、相手はニコラスでもルナイザでもないはずだ。ニコラスはこの国のロイヤルファミリーの一員なんだ。見た目も悪くないしね。ルナイザはマテオの街を牛耳る大富豪。二人とも浮気者だが、金のなる木と割り切ってしまえば、このうえなく幸せな結婚になるだろう」


 クルト王太子殿下は腕を組みながらそう言った。


 確かにそうだ。もっと貧しい家の人でもいいはず。なぜニコラス殿下とルナイザだったのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る