第14話 不思議な三毛猫と深夜のデート

「コールリッジ夫人、我が国は国王でさえ、側妃を持つことはありません。私はアリスン先輩お一人を妻にします」


 毅然としたアレク殿下の声が響いた。

 

「コールリッジ夫人、側妃ならいい、ということは、アレクを認めていないわけではないんですよね? キャッツランド王家とコールリッジ公爵家では釣り合いもとれているのに、なぜ正妃ではいけないのでしょうか」


 クルト王太子殿下も純粋にわからない、という口ぶりで母を追及する。



 アレク殿下がプロポーズしたのが妹だったら、こんなことは言わないのに。私が俯くと、アレク殿下の思念が飛んできた。


――アリスン先輩、泣かないで。俺が、必ずこの家から貴女を連れ出すから。


 優しいそのお気持ちが、さらに私の心を暗くする。


――気になさらないでください。こんな変な家の娘、貴方にはふさわしくありません。


 そう返して、私は席を立った。もういたたまれなくて、アレク殿下の前に座っていられない。


「待ってください!」


 アレク殿下も席を立とうとすると、母の「行かせませんわ!」という鋭い声が響く。


「正式に側妃が持てなくても、お手付きの侍女くらいはおりませんの? 王子のくせに情けなくてよ!!」


「お、お前は何を言っているんだ……! す、すみませんねぇ、殿下、妻は少し錯乱ぎみで……」


「金髪じゃないなら、愛人くらいお持ちなさいよ!」


 意味不明なことをわめく母と、それをなだめる父の声が遠くから聞こえた。


 

◇◆◇



 別宅の庭からはアーラレ山が見える。満月が山を照らしている。


「うぅ……ッ……」


 思いっきり泣いた。


 どうして我が家への訪問の話を断らなかったのだろう。こんな失礼なことをしてしまって。きっとご兄弟はこんな変な家の娘なんて、もう仲良くしてくれないだろう。


「早く家を出たい。出たい。もう嫌よこんな家……ッ」


 庭の木を叩いてひたすら泣いていた。すると、その時――。


「あら、そうなの? なら、私と一緒に来る?」


「え、行きます……って……え?」


 どこからか女の人の声が聞こえた。でも、周りを見渡してみても、どこにもいない。


「ここよ、ここ」


 木の上を見上げる。小さな生き物が私を見下ろしている。


「クルトやアレクの変身見てるんでしょ? 今さら驚くことかしら?」


 するすると木から降りて、地面に降り立った。白地に黒や金の模様が入った猫だった。


「貴方様は、あのご兄弟の……ご家族様ですか?」


 もしかするとお姉様とか? でないと、喋る猫の説明がつかないわ。いつの間にか涙は引いてしまった。


「まぁ、そうね」


 猫は肯定した。ということはキャッツランド王女殿下!? 慌てて膝まづいた。猫は私に構わず続ける。


「私はね、家出令嬢なの。私の親も酷い親だったわ。でも……それが貴族の娘の宿命なのかもしれない。貴族にとって娘なんて駒よ、駒。昔は女が一人で身を立てるなんて困難だったもの」


 涼やかな心地のいい声だった。澄んだみどりの瞳で私を見上げてきた。


「男も女もそう変わらないのにね。今は女性官吏や女性魔術師を採用する国が増えてきたけど、昔はそうでもなかったのよ。結婚も親の言いなりだったしね。だから私は女性の地位向上のために色々と活動を……」


 軽快な足音が聞こえてくる。猫は言葉を止めた。


「貴方、アレクに守られているだけ? 今はそれでもいいわ。でも、必ずアレクを守れるだけの強さを身につけて。貴方には必要なことなの」


 そう言うと、猫は木に跳び乗った。木を見上げていると、アレク殿下が走ってくる。


 アレク殿下は息を切らして、蹲っている私と目線を合わせるために跪いた。


「何かありましたか?」


 アレク殿下はきょろきょろとして、木の上に目を止めてハッとした。猫の目が暗闇に光っている。


 アレク殿下は木の上の猫へ頷くと、私の方へ視線を移した。


「アレク殿下、あの猫ちゃんは殿下のお姉さまですか?」


「姉ではないですが……。まぁ、そのうち会うでしょう」


 猫はいつの間にか消えていた。


「あの、気分転換しませんか?」


 アレク殿下は私の手を取る。ふわっと温かい空間に包まれる。


「夜のデートしましょう」


 アレク殿下がそう言うと、ふわりと身体が浮き上がった。そのまま地面を離れ、身体が上昇していく。家が段々と小さくなっていく。


「飛行結界です。寒さもしのげるしちょうどいいでしょう?」


 アレク殿下は、あんなことがあったのに、愛らしい笑みを浮かべて私の手を優しく取ってくれる。涙が込み上げてくる。


 月に照らされた魔鉱石の山までやってきた。地面が七色に輝いている。まるで真っ暗な闇に宝石をちりばめたよう。


「綺麗……」


 ほぅ……と溜息を吐く。


「アリスン先輩」


 アレク殿下は私の名を呼ぶ。その声は真摯だった。


「俺は貴女が好きです。大好きです。初めてお会いした時からずっと好きでした。貴女が俺をどう思ってるかはわからないけど、でも嫌いじゃないですよね?」


 息を呑んだ。


 プロポーズをして下さるということは好意を持ってくれているのだろうと思った。でもこんなに真正面から言われると……。



「俺はこの家から貴女を救いだせます。キャッツランドへの移住は、俺の妻になってほしいという意味です。貴女のために料理を作ったり、結界作って夜景を見たり、一緒に海で遊んだり。たくさん色々な思い出を作っていきたいです」


 アレク殿下は小さな箱を手にする。そのまま箱をそっと開けた。


 中にブレスレッドと同じように七色に輝く指輪が入っている。指輪の中心部に銀色の石が埋め込んであった。

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