第13話 もう一つの公開プロポーズ

「どういうことですかな、コールリッジ公爵。アリスン嬢は私と……」


 ルナイザは驚き、責めるように父に迫る。父はルナイザとアレク殿下、そして私に目を彷徨さまよわせ、「どういうことなんだッ!?」と私に問い詰めた。


――何も喋らないで。俺が収めますから。


 またアレク殿下から思念が飛んでくる。


「アリスン先輩を責めないでください。彼女は私の想いをご存じないのです。私が一方的にお慕い申し上げているのです」


 よく通る声で、アレク殿下はそう言った。しかし母は勢いよく立ちあがると、私を思いっきり平手打ちをした。どういうわけか、全く痛くない。


「コールリッジ夫人、乱暴はおやめください」


 アレク殿下の鋭い声が響く。


 二発目を打とうとしたところで、母の手が硬直している。ぶたれて痛くなかったのも、母の手が固まっているのも、きっとアレク殿下の魔術だ。


「公爵、ルナイザ殿とアリスン嬢は正式な婚約をされたわけではないですよね? それは調べさせていただきました」


 王太子殿下は母の様子に取り乱すこともなく、落ち着き払った声で父に言う。


「それならば、我が弟アレクとの婚約に何の障害もないはずです。ルナイザ殿も我がキャッツランドへ恩を売ることができるのです。悪い話ではないはずだ」


 食事会はメインディッシュの前に大荒れになった。


「ま、まぁこの話は食事の後にしましょう。アレク殿下、貴方様はまだお若い。気の迷いということもありますよ」


 父はどうしてもメインディッシュのお肉が食べたいのだ。とっておきの肉を用意したと言っていたもの。


「食事なんて……っ」


 母が手を振り上げた状態のまま、父を責める。しかし父は何よりもお肉が食べたいのだ。


「うるさいッ! 肉の邪魔をするな! おい、肉だ。客人にも肉をお出ししろ」


 侍女にそう命じ、肉が運ばれてくる。


 父はワインを呷り、ルナイザにもワインを勧める。


「アレク殿下、貴方はご次男というお話でしたよね? アリスンは長女ですがコールリッジ公爵家を継ぎません。婿入りするお家をお探しなのではありませんか?」


 父がそう言うと、今度はクルト王太子殿下から思念が飛んできた。


――ごめん、この思念はアレクとアリスン嬢二人に送ってる。今から言うことはアレクにも初めて言うんだけど。俺も公開プロポーズしていい?


 公開プロポーズ??


 クルト王太子殿下は、爽やかに笑いながら話し出す。


「アレクは婿入りさせません。私の片腕となってキャッツランドを支えてもらいます。彼は次代の王宮執政官となるのです」


 アレク殿下は驚愕の視線を兄に送っている。


「アレク、お前は王家に残れ。俺にはお前……いや、貴方が必要だ」


 クルト王太子殿下が恭しくアレク殿下の両手を取る。


 ぶわっと関係のない私の頬が熱くなる。スパダリな王太子殿下がスパダリのアレク殿下に公開プロポーズ!? 女子生徒の間で密かに流行っている、美麗な男性同士の恋物語の光景のようだ。



 政治学の授業で習ったことがある。キャッツランドでは、国王が就任してしばらくして、20歳以上の国王の兄弟達は王家を離れる。ただし、一名は王家に残る。その一名が王宮執政官として国王の片腕となり、国王と同格の権限を持つと言う。


 権限は宰相より圧倒的に強く、業務量は国王を軽く凌駕する。最も重要かつ、多忙な役職なのだという。


 現在のキャッツランド執政官は鬼のように頭が切れ、世界で最も影響力を持つ政治家と言われている。


 その後継ぎがアレク殿下……。


 アレク殿下はぽかーんとした表情を浮かべている。


「と、言うわけで、アレクはコールリッジ公爵家の婿にはなれません。リリアンヌ嬢の夫としては不適格です。一方、アリスン嬢はこの家を継がない。ということはキャッツランド王弟の妻となり、キャッツランドへ輿入れいただくのに支障はないですよね?」


 きらりとした目で、クルト王太子殿下は周りを見渡す。


「そして、コールリッジ公爵家は、キャッツランド王家の親戚となります。何の問題がありましょう?」


 父も妹も呆然としている。


「キャッツランドの王宮執政官は絶対権力者です。ある意味、国王となる私よりも重要な役職です。そのような名誉ある義理の息子ができるのです。いかがでしょうか?」


 探るようにクルト王太子殿下は食事会のメンバーを見渡す。


 父は素早く損得を計算したようだ。


「た、確かに。す……素晴らしいご縁談ですね。アリスンでいいのであれば」


 しかし、父が同意の返事を言いかけたところで、「ちょっとお待ちなさい!!」と母の鋭い声がそれをさえぎる。


「いいわけないでしょう!!! ア、アリスンはそんな大それたご身分の方の正妃になるべきではないわ! アレク殿下の数多くいる側妃の一人というならまだしも……!」


 側妃、という単語にアレク殿下は顔色を変えた。

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