第9話  スパダリは偉大な大魔術師

 山の麓に馬車を止め、徒歩で山を散策する。しかし、先頭を誰が歩くかでいきなり揉め始めてしまった。


「俺が先頭を務めます。俺に任せて下さい」


 アレク殿下がいち早く名乗りをあげると、護衛騎士の皆さんから一斉に異論と反発が飛び出す。


「アレク殿下は護衛対象です! 我々が先頭と最後尾を務めますから、殿下は我々に挟まれる形で進んでいただけますか」


 厳しい表情でそういう騎士団長だったけれど、アレク殿下は譲らない。


「貴方達はクルト王太子殿下の護衛が任務です。俺は護衛対象ではありません。俺もまた、立場は貴方達と同じです。共に王太子殿下と客人であるアリスン嬢を守りましょう!」


 凛々しく、そして尊いアレク殿下は胸に手を当てて、どーんと構えている。


 そんなアレク殿下に、騎士団の皆さまは困惑顔だ。


「あの、いつからアレク殿下は護衛騎士団と立場が同格になったんでしょうか?」


 騎士団長はクルト王太子殿下に助けを求めている。しかしクルト王太子殿下は何でもない風にこう言った。


「いいんじゃないの? 俺もアレクの護衛というよりは、この領地を治めるコールリッジ公爵のご令嬢であるアリスン嬢を守るために、君達に来てもらったし。本人がああいってるし、何かあっても自己責任でしょ」


 しかし騎士団長は青ざめて譲らない。


「し、しかし! アレク殿下にもしものことがあったら、国王陛下のお嘆きが……」


「大丈夫だって。俺が責任取るから、あいつは放置でいいよ」


 責任は俺が取る、という主君の一言で、渋々と騎士団長達が引き下がる。


 アレク殿下はそのままずんずんと進んでしまう。「殿下、待ってください!」という困惑顔の騎士団の人達と、私たちも後に続く。


「あの……、本当に大丈夫なのでしょうか? アレク殿下はお国の宝だと伺ったのですが……」


 早足で追いかけながら、隣のクルト王太子殿下に問いかける。


「大丈夫だよ。対魔物戦闘に関しては、この場であいつ以上に強いヤツはいないからね」


 そしてアレク殿下はピタッと止まった。


「みんな、下がってください」


 真剣な眼差しで、アレク殿下は後続の私達にそう告げる。


 隣の王太子殿下も険しい表情だ。


「そっか。今日は満月だった」


 どこか嬉しそうに、アレク殿下はそう呟く。


 満月の日には魔物が出る。子供の頃からの言い伝えだ。まだ私は魔物を見たことがないけれど……。


 アレク殿下の左手の甲から、蒼い光が放たれる。


 前方から黒い塊がこちらに向かって駆けてくる。騎士団の方から悲鳴が上がった。


神聖結界ホーリーサークル!」


 凛々しいアレク殿下の詠唱と同時に、私たちを淡い光が包み込む。


究極の神々の大嵐ファイナルセレスティアルテンペスト!」


 アレク殿下が力強く杖を振るう。振るった杖から、七色の眩い光が放たれ、黒い塊へ吸い込まれた。


 黒い塊は一頭の熊になり、どっしりと音を立てて倒れた。私たちを包んでくれていた光はいつの間にか消えていた。


「す……すごいです。今のはすべてアレク殿下の魔術なんですか?」


 振り返ったアレク殿下は、光の残滓に包まれている。カリスマ性に満ちたその姿は眩し過ぎて直視できない。


「そ……そんなにすごくないですよ」


 まっすぐにアレク殿下を見上げていたら、アレク殿下は頬を染めて恥ずかしそうにしている。さきほどまであんなにカッコよかったのに、今は愛らしい。


「……熊一頭にあんな大技使うことないのにねー」


 後ろから王太子殿下が騎士団長に、こそっと耳打ちしている声が聞こえる。アレク殿下はキッ! とそれを睨んだ。


 そんな時だった。ぱちぱちと拍手する音が聞こえてくる。


「素晴らしい魔術でしたね。貴方が大魔術師と噂の、キャッツランド王国の第二王子殿下ですか?」


 三人の魔術師を引き連れた、中年の男性がこちらに近づいてきた。紫色の、くせのある髪をオールバックに整えている。


「先ほど、さりげなくこちらにも結界を張って下さいましたね。結界を二つ維持しながらのあの聖魔術。世界でも類を見ない魔術師ですね」


 その男の目を見ただけで、ぞわっと鳥肌が立った。どうしてだろう。


「近づいてくる人影が見えたんです。さっきの技は人間には害はないものですが、万が一のことがあってはいけないので」


 アレク殿下は緊張した面持ちで、その男と対峙した。


「申し遅れました、私はロジェ・ルナイザ。ルリルの街で商人をしているものです」


 ルナイザ――。


 男の名は聞きおぼえがあった。父が、私の婚約者候補として用意している人物だった。

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