第8話 コールリッジ家の闇深い話

「俺は、アリスン先輩の淡い優しい色の髪、大好きですよ」


 そう言ってアレク殿下は優しく微笑んだ。深いサファイヤの瞳から慈しみの気持ちが溢れてる。この髪をそんな風に褒められたことがなかったから、ドキドキが止まらない。


 そして同時に、どうして他人であるアレク殿下がそこまで優しくしてくれるのに、うちの家族は誰も私に慈しみの気持ちを向けてくれないんだろうとみじめな気持ちになる。


 少し鼻の奥がツンとした。そんな私をアレク殿下が真摯な眼差しで見つめてくる。そして手をそっと握ってくれた。


「以前もお伝えしましたが、俺は必ず貴女を助けます。だから話していただけませんか?」


 そう言われて、ついに涙腺が崩壊してしまった。ハンカチで目を抑え、必死に泣き声をこらえた。


「お気づきのとおり……私は両親からも妹からも疎まれています。学園を卒業したら……いえ、もっと……早いかもしれません。わたし……愛人がたくさん……いるひとと……結婚させられ……」


 アレク殿下が息を呑むのを感じた。


「だから……あの……わたし家を出て、あの………キャッツランド王国に移住したいんです!」


 一気にそう言って、胸の重みがスッと消えていったような気がした。アレク殿下は驚愕の表情を崩さず、アレク殿下の横のトラ猫はいつの間にか起きていて、尻尾を大きく膨らませている。


「あのさ、途中から聞いてたんだけど。どうして君のご両親は、愛人いっぱいいる人と結婚させようとしてるのかな? ニコラス殿下にしてもそうだよね? 彼のこと、少し調べさせてもらったよ。昔から浮気癖が酷かったらしいじゃない? 皇家の爪はじき者で、いいところのご令嬢は誰も彼と婚約なんてしたがらなかったよね?」


 トラ猫姿のまま、クルト王太子殿下が話に加わってくる。


「それは……多分……私が母の不義の子じゃないかって父が疑っているからです。そして母も私を憎んでいます。両親共に金髪なのに、桃色の髪の娘が生まれるわけ……ない……と。特に母は……」


 アレク殿下はあまりの闇深い話に、言葉もなく震えている。彼のように愛されて育った人には想像もつかないのかもしれない。


 クルト王太子殿下も全身の毛を逆立てている。


「でも、お父上は妹さんのことは愛してるんだよね? ていうか、不貞を疑った時点で……まぁ公爵だし離婚は難しいにしても。確かお父上はお婿さんだっけ?」


「……よくご存じで」


 父はコールリッジ公爵家の婿だ。父は元々騎士爵に過ぎなかったのが、先代のコールリッジ公爵に認められて婿入りした。父にとっては願ったりの超逆玉の輿。母の不貞を疑いつつも離縁しないのはそのためだ。


 そのうちに、父にそっくりな妹が生まれた。両親は妹をかすがいとして関係を築いている。私の存在はなかったことになった。


「仮に君が不貞の子だったとしても、君は何も悪くないじゃないか。お母上にとっては実の子だ。なぜ母親まで憎む必要があるんだ」


 クルト王太子殿下は絞り出すようにその言葉を言った。


「私は使用人のようなものです。今日も、本当は朝から別邸で掃除や家事をやらされる予定だったんです。それを侍女たちと口裏をあわせて、その……昼間は友人のクレメンツ伯爵家のお手伝いに行くと嘘をついてきたんです。どうしても、殿下の採集を手伝いたくて」


 そう言うと、アレク殿下は暖かく微笑んでくれた。


「ありがとうございます! お礼に、キャッツランドへの移住は、俺がなんとかします。移住自体はそんなに難しくないんですよ。他国から移住してくる人も多いですし」


「そうだよ。アレクがなんとかしてくれる。だってこいつは、国王陛下の覚えもめでたい、国の宝なんだからね」


 そう言って、トラ猫は首を後ろ足で掻き掻きした。


「キャッツランドでは、どんな職業が需要あるんでしょうか? やはり魔道具開発でしょうか?」


 そうなると、高等魔術科に入り直したくなってくる。しかし学費の問題もある。


「この国とそう変わらないです。魔道具も売れますし、普通の洋服作ったり、アクセサリー作ったり、そういう職業も人気あります。アリスン先輩は編み物とかよくされているし、そういう職業もいいんじゃないでしょうか」


 アレク殿下が嬉しい提案をしてくれる。それならば出来そうだ。


「……それに、あの……俺がいますし……えっと……あの……」


 もじもじとしながらアレク殿下は俯き、そしてキッとトラ猫を睨んだ。


「あー……ハイハイ。もう一回寝ればいいんでしょ」


 投げやりになってトラ猫は横になる。


「でも、もうアーラレ山に着くよ。相変わらず間が悪い男だね、お前は」


 そう言って尻尾でペシッとアレク殿下の腕を叩いた。

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