第7話 トラ猫と馬車

 アレク殿下からは自宅まで迎えに行くと言われたけれど、頑なに断った。豪華な馬車に迎えに来られては嘘がバレてしまう。


 両親は、私がキャッツランド兄弟と同じ学園に通っていることは知っているのに、私とご兄弟が顔見知りである可能性については考えていない。


 恐らく、王太子殿下は、私のことは手紙で一切触れていないのだろう。


 学園の前まで行くと、既に豪勢な馬車が到着していて、アレク殿下とお兄様のクルト王太子殿下の話し声が聞こえてくる。


「アレク、なんでそんなに渋い顔なんだ。せっかくのイケメンが台無しだぞ」


 クルト王太子殿下が笑いながら、アレク殿下の頭をぐりぐりと撫でている。


「俺はぜんっぜんイケメンじゃない。『そんなことないよ!』とか慰めは不要です! 自分が一番わかってるんだから」


 アレク殿下は鬱陶しい様子で、そんな兄の手を振り払っている。なんだか弟って感じで可愛い。


「えー……そんなことないよなぁ?」


 クルト王太子殿下は、馬車の前にいた騎士団長さんへ話を振っている


「そんなことないですよ! アレク殿下はスパダリだって孤児院でも評判だったじゃないですか!」


 案の定、騎士団長さんにスパダリであると言われている。完全同意だわ。


「……男の敵って言われたんですけどネ」


 相変わらず拗ねている。どうしてアレク殿下はそんなにカッコよくて可愛いのに、自分をスパダリだって思わないんだろう。不思議だわ。


「おはようございます」


 そう声をかけたら、すかさずアレク殿下は弟モードをオフにして、大人っぽい笑みを浮かべる。


「おはようございます、アリスン先輩。昨晩は大丈夫でしたか?」


 あれは勝手に私が悶えていただけだから大丈夫なのに。


「大丈夫です。アレク殿下のおかげで楽しい夜を過ごせました」


 そしてお弁当を差し出す。


「アレク殿下が気に入ってくださった卵焼きも入ってるんです」


 そう言うと、アレク殿下は嬉しそうに目を輝かせる。


「昼になるの楽しみです! 楽しみです!!」


 そんな……大した卵焼きじゃないから二回も言わなくていいのに。


「二回も言わなくていいよ」


 同じことをクルト王太子殿下にもツッコまれてしまう。


 アレク殿下は私を馬車にエスコートしてくれる。とそこで、クルト王太子殿下からこんな提案をされた。


「この馬車で三人はきついよね? 僕はこの姿になるから、後は二人でゆっくりね」


 クルト王太子殿下は、一匹の可愛らしい生き物になった。これは、アレク殿下がこないだしてくれた猫変化? 茶色の美しい毛並みで縞々模様だ。


「これはトラ猫って言うんです。兄貴は人の膝に乗るのは嫌みたいだから、その辺で寝かせておいてください」


 そう言うと、アレク殿下は自分の横にトラ猫を載せた。モフモフしたかったけど、相手は王太子殿下だ。ガマンすることにする。


 次第にトラ猫は寝始める。寝姿もまた可愛らしい。


「可愛らしいですね」


 そう言うと、少しアレク殿下は面白くなさそうな顔をする。でも本当に兄弟仲がいいみたい。うちとは……大違いだ。うちが異常なのかもしれない。


「アレク殿下は、確か下に弟さんもいらっしゃるんですよね? 何人兄弟なんですか?」


 つい聞いてみたくなった。


「四人兄弟です。兄貴と俺は一歳違いなんですけど、下の弟はまだ9歳で。双子なんです」


「双子! しかも9歳! 孤児院でも子供たちと仲が良かったですし、可愛がってらっしゃるんでしょうね」


「彼らが生まれたのが、俺が7歳の時ですから。赤ちゃんの時に抱っこしたりして、可愛かったですよ。でも、段々と生意気になってきてしまって……」


 9歳の男の子と言えば、遊びたい盛りだ。実家に帰ると待ち構えていたかのように飛びかかってくると、アレク殿下は苦笑した。


 でもそんな愚痴の中にも、弟たちへの深い愛情が窺える。


「アレク殿下のご兄弟は仲がよろしいのですね。お兄様もお優しい方ですし」


「そうですかねぇ……。喧嘩しても仲直りは早いですね。悪いことしたなって思った時に猫になっちゃえば、許したり、許してもらえたりするし。ちょっとあざといですかね」


「ご兄弟みなさん猫になるんですか?」


「なりますよ。一家全員猫になれます。みんなで猫になるとそれはまた面白い光景ですよ」


 なんと不思議な一家だ。猫の島という意味の国だから、本当に猫人間が統治してるんだ。


「こんなことを聞いたらご気分を害されるかもしれませんが……」


 もじもじと景色を眺めつつ、聞きづらいことを聞いてみようかと思った。本当に我が家とは違うのか。


「気分なんて害しませんから何でも聞いてください!」


 アレク殿下はにっこりと笑って先を促してくれる。


「あの、お兄様は王太子様ですよね? それでアレク殿下は第二王子、その……待遇とか、ご両親の接し方とか、その……」


「格差がないかってことですか?」


 うちは格差が当然ある。跡取りの妹は女王様のように振る舞い、私は使用人扱いだ。まさか、アレク殿下の家がそんなわけはないのだけど。


 頷くと、アレク殿下は微笑みを絶やさずに答えてくれる。


「格差は……なくはないですよ。この馬車とか、護衛騎士の数とか。でも、俺はあえて国に内緒で、一人で外出しちゃってますし、護衛とか、馬車とかいらないかなーと……。親も、王宮に仕えてくれている人達も、俺に対して冷たいとかはないですね。俺のことも、双子のことも大事にしてくれてます」


 やっぱりそうなのか。そういえば、SPの人たちが心配で泣いちゃうって言ってた。アレク殿下は間違いなく愛されている。アレク殿下は愛されオーラで溢れてるもの。それに比べて私は……。


「アレク殿下がお優しいのは、そんな賑やかで暖かいご家庭で育ったからなんですね」


 そう答えると、アレク殿下は心配そうな表情を浮かべる。


「前々から気になってました。アリスン先輩の家は違うんですよね。貴女のその可愛い髪色が気に入らないと……」

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