第6話 またもや最悪の食卓
キャッツランド兄弟がアーラレ山に採集にやって来る前日、ようやくマフラーが完成した。
妹に暖炉に放り込まれないように、収納魔術でアイテムボックスへ大切に仕舞った。
今日もまた、私は美味しくローストされた鴨肉を載せた食器を、侍女と共に食卓へ運ぶ。私があの食卓に着くことはない。なくていいのだけど。
「明日はいよいよ、キャッツランドの王太子と第二王子がアーラレ山にやって来る。お前達、用意に抜かりはないな?」
父はワインを傾けながら、上機嫌に母と妹に問う。
「もちろんですわ。美形、王子、それはまさにスパダリですわ。新作のドレスを用意しますわ」
妹もまた上機嫌で鴨肉を口に運ぶ。
「あのね、リリアンヌ。スパダリっていうのは金髪でないといけないのよ。わたくしは銀髪のスパダリなんて認めませんからね」
リリアンヌは妹の名前だ。
母はまだ金髪に拘っている。そして母は無知極まりないことを口にする。
「貴方、王太子殿下も来るのよね? 王太子殿下は見事な金髪と聞くわ。そっちを婿にする、ではダメなのかしら?」
父はワインを吹き出した。
「お前は王太子の意味をわかっているのか? 次の国王って意味だぞ? こんな落ちぶれ公爵家の婿に来られるわけないだろう」
「そのくらいわたくしだってわかっておりますわ。ですから、王太子を銀髪の方にして、金髪の方をうちの婿にすればいいじゃないの」
「お前はますます無知だな。外国の落ちぶれ公爵家のワガママで、キャッツランドという大国の王位継承者を替えられると思ってるのか」
「そこは貴方の力でしょう? 皇帝陛下のお力を借りて……」
「お前はバカか! 皇帝陛下になんて言うんだ? うちは金髪の婿じゃないと嫌だから、銀髪の第二王子を王太子にしろとキャッツランドに交渉しろっていうのか? 黒髪の皇帝陛下に向かって?」
「それくらいお出来になりませんの?」
「出来るくらいならこんなに落ちぶれておらんわ! バカめ」
食卓の雰囲気は最悪だ。
父に進言したい。母は連れて行かない方がいいと。そうでないと、キャッツランド兄弟のこの家への心証が最悪なものになる。
「それにしても、金髪、家柄、将来性。すべてを満たした殿方というのはいないものですわね」
金髪を抜かせば結構な割合でいるのだが、母は金髪に拘ってそこはスルーしてしまう。
そしてそんな完璧な男性は、こんな落ちぶれ公爵家の婿になんて来ない。
バカバカしい。醒めた余り肉を別室で侍女達と食べようかと居間を出ようとしたところで、声をかけられた。
「アリスン、明日は我々はアーラレ山の別宅に行く。お前も侍女と共に手伝いに来るんだ。とびっきりの肉を用意したからな」
そう来ると思った。でも私はどうしてもアレク殿下と採集に行きたい。
「私はソフィアの手伝いで行かなければなりませんの。クレメンツ伯爵家のお父様のお手伝いで呼ばれておりますのよ」
ソフィアの家――クレメンツ伯爵家は、爵位こそこの家より下だが、お父様もお兄様も国の要職に就いている。クレメンツ伯爵家の名を出せば、多少のワガママは通る。
「夕飯の支度には間に合うように行きますから」
そう伝えると、もう父は私に興味がなくなったようだ。
「ならいい。遅れるなよ」
母と妹は私に目も合わせない。
わかりました、とだけ伝えて居間を後にした。
◇◆◇
部屋に戻ると、さっそく左腕のブレスレッドに目がいく。優しい光を放つブレスレッドを眺めていると、幸福感が増してくる。
「アレク殿下……」
名前を呼ぶだけでドキドキするのに、このブレスレッドで繋がっていられるなんて――。
「アレク殿下……アレク……」
アレク殿下のリクエストに従って殿下を抜いてみたけど、瞬間ぶわぁっと顔が熱を持つ。
――やっぱりムリ! ムリだわ!!
思わず悶えて心の中で叫んだら、慌てたアレク殿下の声が頭に響いた。
――ど、どうしたんですか!? ムリって何があったんですか!?
ハッとする。ブレスレッドを右手で握りしめて、アレク殿下のことを考えていたから、そっちに思念が飛んでしまったんだ。
――い、いえ! なんでもないのです。
慌てて否定した。まだアレク殿下は心配そうだ。
――ご家庭で何かあったんですか?
外国の王家の王太子を替えさせようというバカな会話があっただけで、何もない。
――何もありません。お邪魔してしまって……。
とりあえず謝っておいた。
――全然邪魔じゃないからいいんです。兄貴の部屋で色々打ち合わせしようかと思ってたんですが、兄貴がお風呂に入っちゃって。暇してたんですよ。だからアリスン先輩が話しかけてくれて嬉しかったです。
話しかけたわけではないのだが。でも、そんな風に言ってくれて嬉しい。
――打ち合わせって明日のことですか?
ドキドキしながら思念で会話する。つい口からも出てしまって独り言を言っているみたい。
――はい、採集楽しみです! 魔鉱石って本当に綺麗なんですよ。採集した魔鉱石の一部を使って、アリスン先輩だけの魔道具を作っちゃおうかな。
お兄様の長いお風呂が終わるまで、楽しくお喋りをした。アレク殿下のおかげで楽しい夜が過ごせた。
幸せな気持ちだった。
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