第二章 母の抱える闇

第10話 魔鉱石採集

 アレク殿下は、杖でトントンと地面を叩きながら歩く。魔鉱石を探しているようだ。


「あ、あった」


 魔術でさっと地面を掬うと、七色に光る石が地面から現れる。これが魔鉱石。魔道具作成など無縁な私は初めて見た。


 魔鉱石の場所を探るのにも魔術が必要とのこと。アレク殿下は常にトントンと地面を叩きながら魔鉱石のありかを探していく。


 私もお手伝いと思って、風の魔術で土を払い、美しい魔鉱石を手に取る。


 その後ろから、ロジェ・ルナイザと魔術師たちもついてくる。彼らも魔鉱石採集にきたようだ。でも、彼らはトントンをしていない。アレク殿下のおこぼれをもらおうとついてきてるのだ。


 面白くない。


「綺麗でしょ。これはおまもりの素材にもなるんですよ」


 アレク殿下が楽しそうに話しかけてくる。後ろのルナイザのことは、とりあえず忘れようと思った。


「私のブレスレッドもこれが素になってるんですか?」


 左手のブレスレッドは、確かに魔鉱石の光に似ている。ふわふわとした可愛らしい輝きは、アレク殿下の魔術だろうけど。


「はい。つ、次は指輪とかどうでしょう」


 アレク殿下は、やや言葉に詰まりながら提案してきた。後ろでクルト王太子殿下と騎士団長が「ぷっ」と吹き出している。


 ムキッとした表情で、アレク殿下は王太子殿下を振り返った。


「だから嫌だったんだよ。まったくもぅ」


 ぶつくさと独り言を言っている。


「でも殿下、おまもりって高価なものですよね? 私、先日当たり前のようにもらっちゃいましたけど……」


 さらに指輪までいただくのは、申し訳ない。そう言うと、アレク殿下はぶんぶんと勢いよく首を振った。


「当たり前のようにもらっていいんです! お金なんていらないんです!」


「でも……。ケネト殿下にお金を借りて……」


「あ、あの時は手持ちのお金がなかっただけなんです! 俺は売れっ子魔道具師だし、王子ですよ! ちゃんと、お金も返しましたから」


 アレク殿下は、ドヤッと胸を張っている。そんな姿はとても愛らしいけど。本当に甘えていいんだろうか。


「あの、俺。キャッツランドの王位は継がないんですけど、王宮筆頭魔術師にはなれると思うんです。国のトップ魔術師ですし、かなりの高給取りですよ。それなりの爵位はもらえると思うし、えーと……」


 アレク殿下が言葉を選んでいる間に、ルナイザの手の者が辺りの魔鉱石を取っていく。キャッツランドの騎士たちがしらーっとした顔で、言葉を選んでいる殿下と、横から掠め取っていくルナイザ一行をちらちらと見ていた。


「と、とにかく。俺は、貴女を苦労させることなんてないんです。泥舟に乗った気持ちでいてください!」


 ドヤ顔で胸を張る殿下の後ろで、またもや王太子殿下と騎士団長が「それを言うなら大船でしょ?」と笑っている。



 アーラレ山の採集は、終始アレク殿下の後をルナイザ一味が追って魔鉱石を掠め取っていくということを繰り返した。


「あの人たち、全く自分で探索してないじゃないですか! アレク殿下、いいんですかっ!?」


 ランチタイム中、ルナイザに不満を持った騎士団長が、幸せそうに卵焼きをほうばるアレク殿下にそう聞いた。


「別にいいんじゃないですか? 探索なんて使う魔力は微々たるものですし。俺は俺の魔術が人の役に立つならそれでいいですよ」


 ニッコリと微笑むアレク殿下は、本当に尊い。なんてできた人なんだろう。


「微々たるものって、それはアレク殿下だからですよ。一般的な魔術師だったらそれだけでもかなり体力削られるって聞きますし」


 騎士団長はまだ不満そうだ。そんな騎士団長の口に、アレク殿下は卵焼きを放り込む。


「美味しいでしょ? アリスン先輩が俺のために作ってくれたんですっ! 卵焼きさえあれば、魔鉱石を掠め取られようが、後をつけられようが、なんとも思いません。俺って世界一幸せな男ですよね。ねっ? 幸せを団長にお裾分けするなんて、俺も度量が広いなぁ……ふふ」


 私が作った卵焼きごときで、そこまで喜んでもらえるなんて。それならば、毎日アレク殿下のための卵焼きを作りたい。


 そうだ。キャッツランドに行ったら、アレク殿下付きの侍女とか、料理人とかなれないかしら。キャッツランド貴族でないと難しいのだろうか。


 ずっとこの笑顔を傍で見ていたい。じっと見つめていたら、アレク殿下が私に辛みソースがかかった鳥のステーキを差し出してきた。


「これ、俺が作ったんです! できればアリスン先輩には、毎日俺が作った料理を食べてほしいな。心をこめて作りますから」


「えっ! 私が筆頭王宮魔術師になられるアレク殿下の料理人になりたかったのに」


 ありがたくいただく。辛みが控えめでパンチがあって、そのうえ冷めても美味しくて完璧だ。


「俺、筆頭王宮魔術師兼、貴女の料理人になります。ずっと俺の屋敷に住んでくれませんか?」


 周りが一斉に咳込んで、王太子殿下が笑い出す。


 アレク殿下のお屋敷に、通いじゃなくて住み込みで仕えるなんて!

  

 と、いうことは、お風呂上がりや、寝起きのアレク殿下が見られるということ!?


 想像しただけで眼福なのに……!



「アリスン嬢、ごめんね。こいつ色々と順番間違えているけど、キャッツランド移住に関しては大船に乗った気持ちでいて。君の家のことも心配しなくていい」


 そう言って、王太子殿下は笑いながらアレク殿下の鳥のステーキを奪い取った。



◇◆◇



 既にルナイザにはキャッツランド兄弟と行動を共にしていたことを知られてしまったが、私は兄弟とは別にアーラレ山にある別宅に入り、侍女たちと合流した。


 夕飯の支度と、客間をくまなく清掃する。


 本日は、ご兄弟にはこの別宅に泊っていただく予定だ。そのため、護衛騎士の方達の客間もご用意している。


「こちらの部屋も掃除して」


 母は、もう一室の部屋の掃除も指示してきた。


「ルナイザ商会の方達もいらしてるの。何やら、王太子殿下がルナイザ商会の方ともお近づきになられたいとか」


「えぇっ!?」


 どういうことだろう。あの場にルナイザがいたのは、王太子殿下がお呼びしたからということ?


「まぁ、貴女がそんなことを気にしなくてよくてよ。さっさと掃除なさい」


 そう言って、母は妹を伴って居間へと向かう。妹は婿候補となるスパダリ王子のため、豪奢なピンクの衣装を着用し、化粧も濃い目だ。


 暗澹とした気持ちになる。あの銀髪を金髪に変える話をして、王太子殿下はご不快になられたわけだし、妹と結ばれることはないとは思うのだが。


 でも、アレク殿下はどんな女の子が好きなんだろう。もし妹を好きになってしまったら、例え王太子殿下が反対しても、あのアレク殿下のことだ。反対を押し切っても結婚したいと言い出すかもしれない。


 そうなると、私は妹とアレク殿下の愛の巣で侍女をしなければいけないのか。


 寝起きのアレク殿下の誘惑はあるものの、ちょっとそれは遠慮したい。それならば、あのカグヤの元気で可愛らしい王女殿下と結ばれてほしい。


 王女殿下はアレク殿下のことを大切に想っている。友情なのか、恋愛感情なのかはわからないけれど……。


 ズキンと胸が痛んだ。


 その時、キャッツランド兄弟の来訪を知らせる侍従の声が響いた。私も玄関まで出迎えに向かう。その姿を見て息を呑んだ。



 王太子殿下は真紅を基調にし、ところどころ金の装飾が入ったマントをご着用。キャッツランド王族に伝わる王太子の正式衣装のようで、彼の美麗さと気品を際立たせている。


 アレク殿下は、真紅と黒の二色を基調としたマントに、ところどころ銀の装飾がちりばめられている衣装をご着用だ。先ほどまでのラフな格好とは異なる。尊い……っ!!


 アレク殿下のことはずっと王子様として見てきたけれど、本物の王子様だったんだ! と改めて感動の嵐だ。


 どうしよう。例え妹との愛の巣になったとしても、アレク殿下の邸宅にお仕えしたい気持ちが高まる。ずっとこのお姿を眺めていたい。私の最推し……!


 アレク殿下は周りを見渡し、私に目線をあわせ、慈しみが溢れる微笑みを浮かべた。


「アリスン先輩、先ほどはありがとうございました。ソフィア先輩には無理を申しあげて本当に申し訳なかったですが」


 あくまでソフィアに断った体でいくようだ。私の嘘がバレないように。


 母は微笑みを絶やさないアレク殿下に、一瞬、憎悪が籠った視線を向けた。背筋が凍るような暗い闇を感じた。

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