第3話 公爵家の偏見

「ではその日は、私がお弁当を作りますね。今日のお礼です」


 そう言って、私も笑った。この人の前でなら緊張はするものの、自然な私でいられる。


 アレク殿下も、驚いた後に笑みを深める。まさに国宝級の笑顔だ。


「嬉しいです。でも、先ほどの貴女の疑問と同様なことを返して恐縮ですが……アリスン先輩は御令嬢なのに、料理が作れるんですか?」


 当たり前だ。私は御令嬢なんかじゃない。召使いと変わらないんだから。


「作れますよ。今日の家族の朝食も私が作ったのです」


 そう言って、そっと手を見せる。荒れた手は労働者の勲章だ。アレク殿下は驚いて手を見て、そしてそっとアイテムボックスから何かを取りだした。


「……まだ寒い日が続きますからね。水仕事は大変です」


 そう言ってクリームを塗ってくれた。


「俺はこう見えて、薬師のライセンスも持ってるんです。趣味はサーフィンなんですが、日焼けしても肌が荒れないようにいろいろと工夫してるんですよ」


 そう言って、大量の化粧品を私に差しだしてくる。


「俺が作ったんです」


 なんという多才。魔道具だけじゃなくて化粧品まで作れるとは。さすがはアレク殿下。国宝級は見た目と性格だけじゃない。才もまた、国宝級だ。


 先日護衛をしてくれた、キャッツランドの騎士様も仰っていた。国の宝だと。


「あの……あと……」


 アレク殿下は言いにくそうに切り出してくる。


「そろそろ俺のこと、敬称付けずに呼んでいただけないでしょうか。クラスメートはみんなそう呼んでくれますし。その……俺達、と、友達……でしょう?」


 やや視線を逸らしながらそんなことを言う。


「確かに、アレク殿下は大切な……友達……です。でも、私にとっては王子様なんです。どうしても殿下って呼んでしまうんですよね」


 尊すぎるアレク殿下を呼び捨てなんてできない。そう言うと、アレク殿下は少し残念そうな表情を浮かべた。



◇◆◇



 その日の夕食は最悪だった。


 私や侍女が食事を運ぶ中、父は満面の笑みでワインを傾けながら、母と妹に向かってアレク殿下の話題を振った。


「知っているか? キャッツランド王国の第二王子殿下のことを」


 母がしばらく考え込んでから、そういえば、と答える。


「確か、先日皇帝陛下にお目通りをされたと噂の、銀髪の王子ですよね? なにやら魔道具作りが得意とか」


 父は大きく頷いた。


「彼は国元でも国王陛下の覚えもめでたいという、キャッツランド王国一の逸材という。学生の身分でありながら、魔術師、魔道具師としての知識と実力は世界でもトップクラスとか。そして彼は……次男だ」


 私は拭いていた食器を落としそうになった。


 次男の意味。彼のことを妹の婿にしようと企んでいる。


「でも、その方銀髪でしょう? やはり由緒正しいコールリッジ家当主は金髪じゃないと」


 母は彼の髪色が気に入らないようだ。



 この国は昔から、髪色は金髪に限ると言う不可思議な信仰がある。金が高貴な色とされている。


 両親は共に金髪だ。私は生まれた時から桃色の髪だったから、二人は揉めたそうだ。父は母の不貞を疑い、疑われた母は私を憎んだ。


 私の出自の真相はともかく、銀髪を差別するのは下らないとしか言いようがない。


 銀髪はカグヤ王国王家の特徴だ。キャッツランド王家はカグヤ王家の親戚なのだから、キャッツランド王家に銀髪の王子が生まれても何の不思議もない。


 むしろ、高貴な血筋の証明のようなもの。


 この国の下らない価値観を、外国の王子に当てはめないでもらいたい。



「しかし、今は金髪至上主義も薄れているだろう。なんといっても偉大なる皇帝陛下が黒髪なのだから。黒髪だって美しい」


 父がそう反論するも、母は首を縦に振らない。


「黒髪のどこが美しいんですの? 皆、陛下のことを神秘的だのなんだのと言っておりますが、私からしたら不気味なだけですわ。カラスみたいで」


 母の発言に父が目を剥く。顔面蒼白だ。


「め……滅多なことを言うんじゃない! 偉大なる陛下のお耳に入ったりしたら!」


「入るわけないでしょ? 陛下はこんな落ちぶれた公爵家の食卓に間諜スパイを放つほどお暇じゃなくてよ」


 対する母は凍るような目で父を射抜いた。


「わたくしが社交界でどれほどみじめか貴方はわかっていて? 公爵でありながら宰相にも大臣にも、軍の幹部にもなれない貴方がどれだけ恥ずかしいか……!」


「今はそんな話していないだろう! だからこそ、外国の優秀な青年に婿に来てもらおうと思ったんじゃないか! しかも彼は貴族じゃない、王族だぞ! それも大国の王族だ!」


「銀髪の青年なんて嫌ですわ。もっと他におりませんの?」


 聞いていられないほど下らない会話だ。この両親はいつもそう。


 そして不毛な両親の争いに、後継ぎである妹が口を出す。


「銀髪だって染めればいいじゃないの。今はいい染髪剤もありますわ。その、第二王子殿下って顔はどんな感じですの? 重要なのはそこですわ」


 妹はあの美しい銀髪を金に染めろと言う。母の発言もそうだが、妹にも手が震えそうなくらい怒りを覚える。


 しかし、父は染めればいいじゃないの、にそのとおりだと頷いた。


「顔は抜群にいいぞ。恐らくヒイラギ皇国全土を見渡してもあそこまでの美形はいない。歳は16でお前の一つ上だ。そうだ。染めさせよう」


 美形と聞いて妹は目を輝かせ、母は「偽物じゃないの」と相変わらず嫌そうな顔をした。


 そんな母の周りを小さなコバエが飛ぶ。


「まぁ、なんなんですの! コバエがいるなんて。ちょっと貴方達! なぜコバエの侵入を許したのですか!」


 母はヒステリックを起こしたように侍女へ怒鳴った。

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