第2話 スパダリ王子の手料理

 また新しく毛糸を用意して、休み時間に一から編み始める。


「あら? アリスン。完成間近だったのに」


 幼馴染みのソフィアが、一から編み始めたマフラーを見て不審そうに聞いてくる。


「ま、まさか。意地悪なお母様に捨てられたとか?」


「妹に……暖炉に投げ込まれてしまって」


 ソフィアはうちの事情をよく知っている。伯爵家の長女として研鑽を積む彼女は、私の勉強の上でのライバルだった。それと同時に私の親友。彼女はヒイラギ皇国の官吏を目指している。


 私が唯一うまく話せる女友達だ。私は家族とうまく話せないが、家族以外ともうまく話せなかった。唯一話せるのが心を許したソフィアと、そして彼だけ。


「アリスン、寮に入ったら? 貴女の成績なら、寮費も安くしてくださるはずよ」


「そのわずかな寮費ですら、お父様は出してくださらないわ」


 結局、昨日の縁談は学園を卒業する二年後に持ち越された。しかしそれもいつ父が心変わりするかわからない。


 気の休まらない日々。でもこの銀色の毛糸が私を癒してくれる。


「……それならば、あのに何とかしてもらうしかないわね」


 彼、と言って廊下に視線を移すと、金髪を耳にかかるまで伸ばした、さらさらショートヘアの美少女が、教室をきょろきょろと覗き込んでいる。


 男子達が彼女に声をかけそうになると同時に、私は立ち上がった。


「アルル様、どうなさったのです?」


 アルル様、と呼ばれた女の子は、ほっとしたように笑った。


「お昼、一緒に食べませんか? 俺、朝早く起きちゃって。二人分サンドウィッチ作ったんです」


 そう小声で私に話し、そしてまた裏庭まで手を取って駆けて行く。


「アリスン!」


 途中ですれ違った幼馴染みのマルセル様に声をかけられる。アリスン、と言いながらも視線はアルルの方に向かっている。


 これは困ったことになった、と思いつつ、アルルが「ごめんなさい! アリスン様は用事がありますの!」と可愛らしい声で遮ってそのままダッシュで駆けて行く。


 いつもの中庭まで到達した。



「あの人、いつも声かけてきますよね。鼻が利くというか、なんというか」


 アルルはそう言って指で軽く円を描く。結界を引いたようだ。そして銀髪の青年の姿に変えた。


 アルルの姿でも充分可愛かったから、少し勿体ない……と思いつつも、大好きな彼の姿に胸が高鳴る。


 キャッツランド王国第二王子・アレク・オーウェン・キャッツランド。私の王子様。いや、私ではない。彼は学園の王子様である。


 ひそかに彼に憧れる令嬢は多い。ついたあだ名は銀糸のスパダリ。彼の兄であるキャッツランド王太子にも匹敵する人気を誇っているのだ。


 アレク殿下はコップの中に紅茶を作って私に差し出してくる。これは魔術で作った聖水を元にした紅茶なのだ。これを飲むと、憂鬱な気持ちも吹き飛んでしまう。


 差し出されたサンドウィッチは、美味しそうにローストされた鶏肉と新鮮な野菜をふんだんに挟んで作られたもの。


「えっと……朝早く起きてって仰りましたけど、アレク殿下が自らお作りになったんですか?」


 そう聞くと、アレク殿下は少し慌てたように話し出す。


「あ、王子が作った料理なんて美味しくないんじゃないかって思ってません? キャッツランドはいざという時のために、王子だって料理を叩きこまれてるんですよ! 災害が起きた時の支援だって、王子が率先して行かされるし。そこで避難してきた人に炊き出しとかするでしょ? 炊き出し料理だって俺達が作るんです!」


 そう言えば、新聞で見たことがある。隣国のミクロス王国で起きた土砂災害の時も、キャッツランドから支援物資が届けられ、そこで王子様達が炊き出しをしたとか。確か、アレク殿下と、従兄弟のケネト殿下がやっていたような。


「やっぱりアレク殿下は、優しいんですね。いただきます」


 心からいただきます、を言って一口頬張ると、鶏肉の香ばしくて柔らかな感触と、野菜のシャキシャキとした感触が溶けあうようで、とても美味しい。


「俺は別に優しくないです。炊き出しはお仕事みたいなものですし。でも……お腹がすいてしんどそうな人達が、俺達のような素人の料理を美味しそうに食べてくれる姿はとっても嬉しいものですよ」


 彼は優しいと言うとすぐに否定する。照れ屋さんなのかもしれない。


「お腹がすいてしんどそうなのは私も一緒ですね。とても美味しいです」


 そう伝えると、アレク殿下は美しい陶器のような白い肌を淡く染めていく。可愛い。尊い。どうしてそんなにカッコいいのに可愛いんだろう。


「……そう言っていただけるととても嬉しいです」


 ぼそぼそとそう言って、彼もサンドウィッチを頬張った。食べている姿もまた品がよく、そして尊い。ずっと見ていたくなる。


「アーラレ山に行くの、次の休みの日にしました。アリスン先輩の御父上が許可してくださって。本当に感謝しかないです」


 感謝なんていらないのに。うちの父はキャッツランドのような大国の王太子と、魔術師、魔道具師として高名な第二王子がやってくるのが名誉の誉とばかりに喜んでいるに違いないのだから。


 コールリッジ公爵家は、革命の際に、前体制側についた家だ。代々から続く名家であり、寸前のところで国王を見限り、革命軍の側につくことを宣言したから存続できているだけ。


 国の要職にも着いておらず、没落寸前のようなものだ。


 ただし、公爵領から発掘できる魔鉱石はレアなものも含まれる。レア魔鉱石は魔道具開発をする人々からは重宝がられる。それが唯一の財源だ。


 魔道具開発を主産業とする、大国キャッツランドがそこに目をつけてくれるなら大変ありがたいのだ。

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