桃色髪の公爵令嬢はスパダリ王子との両片思いに気付かない

路地裏ぬここ。

コールリッジ公爵家は金髪がお好き

第1話 冷遇家族と私の推し

 先日孤児院で見かけた「公爵令嬢の秘密のバラ園」を手に取る。この本は、私が子供の頃から読んでいた愛読書だ。


 金髪の王子様が、赤髪の女の子にピンクの薔薇の花束を差し出す表紙絵。


 でも、私は金髪は嫌い。だって、私が金髪じゃないから疎まれてるんだもの。淡いサーモンピンク色の髪を撫で、むしりたくなる衝動に駆られる。


 代わりに金髪の王子様をそっと指でなぞる。金じゃなくて、銀のほうがよほど……。


 編みかけのマフラーを手に取る。彼の髪色そっくりの銀色の毛糸。そう言えば、彼が変化した猫の毛にも似ている。



 艶やかなシルバーの髪、陶器のようにすべらかな肌に、高貴なサファイヤの瞳。華奢に見えて、でも強くしなやかな身体。長くて綺麗な指、でも掌には剣を振るってできたと思われる立派な剣だこがあって、手を握られると、彼だなぁ……という不思議な安心感がある。


 彼が私に向ける笑顔は、日によって違う。見惚れるほど大人っぽい時もあれば、弟のように愛らしいこともある。


 あの人だけが、気持ち悪いと罵られた髪と、冴えないと言われた藤色の瞳も可愛いと言ってくれた。あ、だめだ。あまり考えないようにしないと。このマフラーだって渡せるかわからないのに。


 私が彼を思い出してぼんやりとしていたら、ノックもせずにバンッとドアを開けられた。


「お姉様、お母様が呼んでいてよ」


 入ってきた妹は立派な明るい金髪を縦ロールに巻いて、服も上質なものを身に付けている。まるで汚らわしいものを見るかのように、私を睨んだ。でもそこで妹は私の左腕に目がいく。


「お姉様、そのブレスレッドはなんですの?」


 強引に左腕を掴んでくる。


「すごい綺麗な光。どこで買ったのよ!?」


 まるで寄こせとばかりに掴まれて、でもその瞬間、パァン……という光の破裂が起きて、妹が離れた。


 これは出会って二日目に、彼がくれたおまもり。店で売られていたおまもりの素材に、彼が自ら祝福の魔術を吹きこんでくれたものだ。


 私を守るって言ってくれたけど、これが彼がかけたおまもりの力?


「いた……ッ! なんなのよ! お姉様、一体何したのよ!?」


「なにも……してないわ」


「なによ! そんなものどこで買ったのよ!」


「……大切なお友達にいただいたものなの」


「それ誰よ!?」


 誰だっていいでしょう、と言いかけてうまく話せなくなる。彼の名は妹の前で出したくない。


 私はは家族を相手にすると、うまく話せなくなる。攻撃的な態度を幼い頃より受けてきたのだから、恐怖心で言葉が出なくなる。


「なによ、こんなもの!」


 妹は私の編みかけのマフラーを掴んだ。そして止める間もなく、マフラーを持って部屋を飛び出した。私も慌てて後を追う。


 妹は居間まで駆けて行き、そして暖炉の中にマフラーを投げつけた。マフラーが一瞬で火の中に消えた。


 まるで彼がいなくなってしまったかのようで、涙が込み上げた。


「アリスン、また編み物をしていたの? まったく。そんな暇があったら、明日の朝食の仕込みでもしたらどうなの?」


 妹の行動を責めるのではなく、私が空いた時間に編み物をしていたことを責める母。


「まぁいいじゃないか。アリスン、こちらに来なさい」


 そう母を宥めて、父が私を呼ぶ。父の媚びたような表情に嫌な予感が込み上げる。ニコラス殿下の時と同じ――――。


 ニコラス第三皇子殿下との婚約は、父が強引に押し切るような形で決めてしまった。当然裏には母もいる。


 ニコラス殿下は、ラルハルド公爵令嬢との婚約の話が進んでいたものの、その途中でニコラス殿下の浮気が発覚。ラルハルド公爵が激怒し、破断となったのだ。


 醜聞が広がり、誰もが彼との結婚を嫌煙するなか、父はうちの娘でどうでしょうか、と皇帝陛下と宰相閣下に押し込んだのだ。


 皇帝に恩を売り、そして私を厄介払いするため。彼らは、意図的に私を不幸にする縁談ばかり進める。


 以前、マルセル様が交際を申し込んできた際も、取りつく島もなく追い返してしまった。彼が次男だから、私に家を継がせたくないから、だけではない理由があることを知っている。マルセル様と結婚しても、だ。


 彼らは私のことが嫌いなのだ。



「お前にいい話がきてるんだ。今度はなんといっても皇都・マテオの街を仕切る商会の主だ」


 やっぱり――――。


「ルナイザ商会の主は、半年前に奥方を亡くしたばかりで後妻を探してるんだ。お前が商会に嫁げば、商売の人脈もできる。いい話じゃないか」


 ルナイザ商会の主には、亡くなった正妻の他、何人もの愛人がいると聞く。ニコラス殿下よりも女癖が悪い。



「お父様、せめて学園を卒業するまで待っていただきたいのです」


 私は、学園を卒業したら、家を出たかった。結婚ではなく、働くために。


 そんなことを言えば公爵家のものがみっともないと言われるが、意に沿わない縁談を持ちかけられるくらいなら、そっちの方がいい。


 私は誰にも見つからないように、少しずつお金を溜めている。家出資金だ。


 私は公爵令嬢だ。この国で働くのは親にすぐ見つかってしまう。


 

 あの人の国に行けたら……。


 海が綺麗だという南国の国。優しくて強い彼を育んだ国。私はそこに行きたかった。

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