第4話 朝の逢瀬
お昼休みの時間に、アレク殿下と話をしようかと思う。
今度は私が家族の朝食を少しずつ抜いて、サンドウィッチを作った。余りものを王子様に差し上げるのはもっての外と思ったけれど、仕方がない。
侍女に断って、早朝に家を出た。「学校の課題が残ってるから」と言いわけをした。マフラー完成までこの手を使おうかしら。
まだ夜が明けて間もない中、男子寮の前まで行く。万が一アレク殿下が今日も調理室でお弁当を作ってしまっては申し訳ないからだ。調理室がある塔まで、男子寮から一回出る必要がある。
すると、寮とは反対側の方角から、アレク殿下とお兄様であるクルト王太子殿下が現れた。
アレク殿下の頭頂部の髪が、ぴょんとはねている……寝癖が可愛すぎる。
「あれ? アリスン嬢ではないですか」
私に気付いたクルト王太子殿下が爽やかな笑顔で声をかけてきた。
「おはようございます。あの……」
アレク殿下に目を向けると、アレク殿下は恥ずかしそうに寝癖を直している。直し終わってから私に笑顔を向けてくれた。
「おはようございます、アリスン先輩。まだ寒いのに随分早起きなんですね」
「おはようございます。あの……今日は私がお弁当を作ったので、先に殿下が作られては大変と思いまして」
お昼一緒に食べることが前提のようで少し恥ずかしい。思いあがっているように見られたらどうしようと思ってもじもじとしていたら、アレク殿下がものすごく可愛い笑顔になった。
「嬉しいです!! やばい。でもどうしよ。もう作っちゃったんだよね」
早!! そんなアレク殿下に、クルト王太子殿下は嬉しすぎる提案をしてくれる。
「じゃあアレクの分は朝食にすれば? アリスン嬢も朝食はまだでしょう?」
中庭へ行き、アレク殿下は防寒のための結界を張った。シートを引いて紅茶を淹れ始めた。
「アリスン先輩、どうぞこちらへ」
優しく私をエスコートしてくれる。しかし、兄であるクルト王太子殿下が結界に入ると、途端に嫌な顔をする。
「兄貴、空気読んで一人で食ってよ」
「つれないこと言うなよ。アリスン嬢はアレクに話があったんでしょ? 僕も混じっていいかな」
「兄貴の分は作ってない」
「バカ。俺の分は自分で用意した。お前の横で筋肉弁当作ってるの見ただろ?」
筋肉弁当とはなんだろう。とりあえず朝食を寒さよけの結界の中で食べることになった。
筋肉弁当とは、とにかく鶏肉とブロッコリーばかりが敷き詰められたお弁当だった。クルト王太子殿下はまるまるゆでた鶏肉にかじりついていく。
アレク殿下は、今日はポテトサラダサンドを作ってくれた。爽やかな酸味とポテトの甘みがとても美味しい。
「美味しい……! 本当にアレク殿下はお料理上手なんですね」
そう言うと、アレク殿下はとても嬉しそうに笑った。この笑顔を曇らせるような話をしないといけないなんて。
「あの……は、話があるんです」
改まった私に、二人は目を見合わせてから頷いた。昼に話そうかと思っていたけれど、お兄様も同席されていることだし、今話したほうがいい。
どこから切り出そう。いきなり髪のことなんて言ったら失礼すぎる。でも、婿の話が本格的に進んだら、髪染めろって必ず言われるだろうし。
一体どうしたら……。俯く私に、クルト王太子殿下から話を振ってくれた。
「先日、僕のほうから貴女の父君に手紙を書いたんだ。弟が採集に行くついでにお会いできないかと」
「伺っています。父は、その……」
言いにくそうな私に、クルト王太子殿下は苦笑した。
「どうせ、アレクは次男だから婿にちょうどいいとか、そういう話がご自宅で出たんじゃないのかな?」
「そ……そうです」
でも肝心なのは婿の先の話なんです。あぁ……どうしよう。この先の話は本当に失礼すぎる。どう切り出そうか、段々と頭が混乱してくる。
「あ、あの……っ! わ、私は、アレク殿下のその……綺麗な髪……あの……だ、だ、大好きなんですっ! でも、あの……母が……あのっ!」
口から出た言葉は意味不明で、うまく喋れない。どうしようと思っていたら、クルト王太子殿下が大爆笑し始めた。
「あっはっはっはっは……! 大好きだって! 良かったなぁ、アレク! アレクの好きなところは髪だけ?」
アレク殿下は頬を真っ赤にしている。私も同じくらい顔が熱い。もう何やってるのよ、私ってば。
「でも、母君は気に入らないんだよね? きっと。そういうことでしょ?」
私の拙い言葉でクルト王太子殿下はすべてを察してくれたようだ。
「とても恥ずかしいことなんですけど、この国ではブロンドの髪信仰がありまして……。あの、でも、アレク殿下だけじゃないんです。私も、マルセル様も赤い髪ですし、その……よく思われてなくて」
すると、アレク殿下も頬を染めながらこう言った。
「そういう信仰、貴女の国だけじゃないです。他の国でもありますよ。隣のミクロス王国でも金髪が好まれますし、逆にカグヤ王国では銀髪だと崇拝されるレベルです。それ自体は恥ずかしいことでもなんでもないですよ」
優しくフォローしてくれる。こんな優しい人の綺麗な髪を無理やり金に染めさせるなんて、あってはならないことだ。
「でも、両親も妹も、お、お、お婿に来たら、アレク殿下の髪を金に染めればいいじゃないかとかそういう……酷い話をしてるんです」
そういうと、クルト王太子殿下は溜息を吐いた。
「うーん……別にアレクが何色に髪染めようと構わないけどさ。けど、アレクの生まれながらに持ってるものを他人に全否定されるのは、兄として嫌だなぁ。婿入りしても大事にされない気がする」
著しく機嫌を損ねてしまったようだ。
「だから、あの、私は……あの……は、反対なんです」
「反対ってなにに反対?」
クルト王太子殿下が促してくれる。
「アレク殿下が、あの……妹の婿になることです! アレク殿下は、た、例えば、カグヤ王国の王女様のような、ちゃんとアレク殿下のすべてを愛して下さる方のところにお婿に行くのがいいと思うんですっ!!」
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