白昼の明晰夢

 目を開ける。気づくと長い廊下に立っていた。ここはホテルの客室フロアだろうか、均一な扉が両方にずらりと並んでいる。とりあえず夢には入れたみたいだ。後ろを振り返るとなにやら揉み合う人間の姿。老人が奥へとかけていきドアを開き、一歩遅れて黒い仮面をつけた人間がそれを追う。きっとあれがターゲットと犯人だ。急いで駆け寄ろうとするが、その瞬間廊下が柔らかくうねり始める。踏みしめるたびにぐねぐねと沈み足を取られる。

 まだだ、負けじと走り踏みとどまりながら懐の竹ものさしに手をかける。一般人がこんな板で切れるものなど数えるくらいしかないが、俺にとっては刃物と同じだ。抜き身のそれを逆手で握り床の隅へ突き立てる。横に両断し、歪みきるより早く距離に合わせて跳躍。跳ぶ、斬る、跳ぶ、斬る、跳ぶ。八艘飛びが如くバラした廊下を蹴り進み、そのまま閉ざされたドアに飛びかかる。勢い余ってぶつかると思いきやすり抜けて、そのまま落下していく……本当になんでもアリなんだな。能力はそのままで助かった。

 いきなり床が生え、ストンと座った姿勢で着地する。次はどうやら結婚式のようだ。畳敷きの大部屋に人がずらりと座っており、和装の新郎となった例の老人はにこやかに周りの祝福を受け取っている。

 障子の向こうに動く影。隙間に見えた顔には先程見た仮面。追いかけようとするとなにかに足を取られる……人の手だ。いつの間にか広間は争いの場と化していた。ぎゃあぎゃあ喚きながら取っ組み合う人々。なんか10倍くらいの人数になってないか?というか膨らんでいる?

するとパンッ、パァン、と遠くから破裂音がした。膨らみすぎた人から順番に皮が破れ、だんだんとカラフルな紙吹雪に変わっていく。壁が倒れ、床も吸い込まれ全てが白くなる。

仮面の男がいつの間にか背後に立っている。

「やあ、いらっしゃい。虫が居ては居心地も悪いし、まずはお前から殺ることにしたよ。楽しんでいってくれ」

ドンと背中を押される。今まで立っていた場所がなくなったかのように落ちていく。瞬きをしても白く、白く。今は目を開いているのか閉じているのか、だんだん分からなくなっていく……。


 目が開く。ここは……家の近くの帰り道。今日は公園で沢山遊んだんだった。横にいる女がこちらを呼ぶ。それに応えて俺は小さな手を一生懸命に伸ばす。女は柔らかな手で握り返してくれ、こちらに問いかける。

「楽しかった?」

「うん!」

おともだちとたくさんあそんだんだ。ぶらんこも、すべり台も、たくさんしたよ。ワクワクしたことを全部女に伝える。女はにこにこしながら俺の話を聞いてくれた。

「さ、おうちに着きましたよ」

女がドアを開け、俺はそれに続いた。


 目が開く。ここは観覧車の中だ。向かいには幼馴染の砥石が座っている。壁にはりつくようにして、外の景色に夢中みたいだ。

「あっ!ねぇ、あそこらへん私んちじゃないかなぁ!」

指を指す方向を確認するため背後に寄る。

「いや、もっと左のはずだろ。ほらこっちだ」

そっと指を掴み向きを訂正する。

「ひゃっ!……ち、近いよ」

砥石がいきなり身を引き、それにつられて観覧車が揺れる。バランスを崩した俺は砥石の両肩の上へ両手をつき、ちょうど覆い被さるような姿勢になる。目が合い、そのまま暫く見つめ合う。砥石の顔は真っ赤だ。熱があるのか心配になり、そっと頬に触れる。滑らかな皮膚から体温が伝わってくる。あまり熱さは感じない、とすると高さに興奮したからだろうか。病気ではなさそうだ。

 安堵の気持ちに浸っているとドアのロックが外される音がした。いつの間にか一周が終わっていたらしい。その瞬間、砥石がいきなり立ち上がる。

「ねっ!ほら!!終わりだよ!もう降りよっか!」

腕を引っ張られて観覧車の扉から降りた。砥石の掌はくっきりとわかるほど熱かった。


 目が開く。今は押し入れから出てきたアルバムを眺めていたところだ。どれもこれも幸せに満ちており、流し見るだけでもなんだか笑えてきた。

「ね、居刃さん。晩ご飯できたよ」

明るい声がして入口を振り向く。いつも通り制服を着た砥石がこちらを見て笑っている。

「そうか」

思い出がいっぱい載ったアルバムを砥石に放り投げ、そのまま身近にあった孫の手でまるごと切り裂く。砥石は笑顔のまま後ろに倒れ、断面から暗闇が溢れた。

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