夢の中へ
その日は昨日夜遅くまで働いており、寝不足気味だった
「はい、こちらが今回の依頼者でーす!」
砥石の元気な声で目が覚める。いつもの居場所である値札のついた密談椅子から反り返り、声のした方を見ると、そこには女子学生が2人。
「えっと、よろしくお願いします……?」
見知らぬほうの女が不安げに挨拶する。
「……今日は予定入れてないはずだろ。あと授業はどうしたんだ」
「そうだよ!だから聞いてくれるかなって!この子のおじいちゃんが殺されそうだから助けてほしいんだって!!!そして今日は設備工事の関係で午前で学校終わりの日!」
「あっちょっと!そんな大声で!聞こえちゃうでしょ!」
この感じ、どうやらだいぶ仲良しみたいだ。
「ここにはいまのとこ俺以外居ないから平気だ……にしても殺されそうとは物騒な話だな、何があったんだ?詳しく聞こう」
仄めかされた事件の匂いに頭が冴えてくる。せっかくの依頼者、大事にしないとな。後で砥石や椎子になんて言われるか分からん。
「つまり、お前の爺さんがそのなんとやらって会社の会長で、どっかで恨みを買って殺害予告をされたわけか」
「はい。そのせいでおじいちゃんずっと寝込んじゃってて……殺されなくてもこのまま死んじゃうんじゃって心配で……」
「私からもお願い!」
こういうお願いを断った場合、たいてい椎子の怒りを買ってここを追い出される。また公園の反り返ったベンチで一夜を明かすのは勘弁してほしいので受けることにした。
「人間関係のもつれを解くのは不得手だが、来た犯人を捕まえるほうでならやれなくもない。」
「っ!ありがとうございます!」
「じゃあ向かうが、面倒だから話はお前らが通しといてくれ」
さあ、仕事の時間だ。それにしても殺害予告とは珍しい。アリバイトリックとか密室とかじゃないと助かるな。頭脳労働は面倒だ。
依頼者の家は異様な威圧感を放つ大きな洋風の屋敷だった。案内されるがままに祖父がいるという部屋へ向かう。中もだいぶ広い。
「おじいちゃん、お客様だよ。入れるね」
招かれるまま入り、とりあえず部屋をぐるりと見回す。
「なるほど」
部屋には高そうな調度品がセンス良く置かれている。窓際の花瓶にも旬の花々が飾られており、管理が行き届いていることが十分伺える。今のところ不審な部分は何もない。
「予告状……警察が持っていったんじゃ?なんでこんなところに」
依頼者が文机の上のものを手に取る。
「見せてくれ」
「はい」
そっと差し出された手紙を開き中の文を検める。花びらのような模様が描かれた小綺麗な便箋。大したことは書かれていない、だがやけにちかちかと目が滑る。もしかして既にここに細工がされている?
一応裏も確認し元の形にしまう。
「そういやお前はこれ、読んだのか?」
「いいえ……どうしてそんなことを」
「なんでもない」
ベッドで眠る老人のほうを見る。寝息を立てているがなんだか苦しそうだ。
「一昨日からそんな感じなんです。昨日はまだ時々起きてご飯を食べたりトイレに行ったりしていたのだけど、今日はもうずっと寝たまんまです」
ほとんど泣きそうな声音だ。よほど心配なのだろう。
「……もしかしたら、既に殺されかかっているかもしれない」
「えっ!!!そんな、不審な人影なんてまだ見てないのに」
「おそらくは予告状に何らかの仕掛けがある。心理的なものか肉体的なものかはともかく、きっとこいつはすでにおかしくなっている」
まぁ、全部勘だが。
「じゃあ、どうすれば……」
説明を飲み込めない依頼者の代わりに砥石が問う。
「俺はさっきその予告状を読んだ。つまり同じ状況にある」
俺は寝台にもたれるようにあぐらをかく。
「だから、今から眠れば間に合うかもしれない」
動揺する2人を脇目に落ち着く体勢を探す。
「夢に出したいものは頭の下に敷くんだろ?こうすれば……おそらく介入もできるだろう」
そのまま背中をマットレスに預け、頭を老人の脇腹につける。腰が痛くなりそうだが致し方ない。
「それじゃ。帰ってこなかったら……そうだな、俺自身は適当にどっかの山にでも埋めて、残った荷物は大事に使ってくれ」
目を閉じる。上手くいくといいが……。
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