第12話【後編】 しるべ
あれ…… いつの間に……
目を覚ましてから起き上がると、内側から響いてくるような頭痛と腹痛が、同時に私を襲う。
自分でも分かるほどに凄い熱。
しかし、私はその光景を見てすぐに、そんな感覚は忘れてしまった。
というよりどうでもよかった。
ポラリスちゃんは、牢の鉄格子の扉の奥で、奴隷商人によって木の十字架に磔にされ、全身から赤い血を流すほどのひどい怪我を負わされていた。
「ポラリちゃん!? ポラリスちゃん……!」
私は思い出した。
朦朧とする意識の中、彼女に牢の外に生えている薬草を採ってきてほしいと頼んだこと。
そして理解した。
彼女がそのせいで捕まり、酷い仕打ちを受けたことを。
私のせいだ。
私があんなお願いをしたから……
私があんなお願いをしなければ……
「あの!」
「ああぁん?」
私は、ポラリちゃんが磔られている十字架に、何かの作業をしている奴隷商人を呼んだ。
ことの顛末を説明しよう。
そうすればポラリスちゃんは、罰を受けなくてよいかもしれない。
それが駄目でも、せめて罰を受けるなら一緒に……
そう思っていたが。
「実は──」
「うるさい! 喋るな。お前みたいな
私の声は遮られ、再び話しかけようとしても、一生脱げない焼かれた鉄の兜を被せられた子、眼球をくり抜かれた子、両手足をねじられた子……
今までこの男に酷い目に合わされてきた子たちの姿がフラッシュバッグして、私は言葉が出せなかった。
どうして……
私が言わなきゃ……
なのに…… なのにどうして……!
そうしているうちに、奴隷商人が私たちに声をあげる。
「おい! いいかお前たち! こいつは俺の言うことを聞けなかった馬鹿だ」
違う
「この出来損ないは、俺の命令を無視して牢から脱走しようとした!」
違う、それは私が……!
「いいか? 今からこの俺がお前たちごときに、貴重な時間を割いて、こいつを使って俺に逆らうとどうなるのか教えてやる」
そう言って奴隷商人は、磔られて気絶していたポラリスの口に何かの薬のようなものを入れ、突然吸っていたタバコをポラリちゃんへ放る。
すると油でもまいていたのかはわからないが、磔の下から突如大きな炎が現れ、生きたままのポラリちゃんを飲み込んでゆく。
「いやぁああああああああああああああああ!!」
彼女は地獄のような苦しみの中で、もがき、悲鳴を上げ、奴隷商人が飲ませた薬のせいか、彼女の意識は、そんな苦しみの中でも途切れることはなかった。
「やめて…… お願い……! お願いします……! お願いします……! お願いします……! お願いします……!」
「なぜ俺がお前の指示で動かねばならん。フン、まあ商品がひとつダメになったのはあれだが、ああなりたくなかったら、俺の命令に背くなよ、ゴミが」
私が必死に奴隷商人に哀願しても、ソイツは私やポラリスちゃんを嘲笑うような笑みを浮かべているだけだった。
その後、その火が消えたあと、まだ生きていたポラリスちゃんは、檻の中へと放り投げられた。
私は彼女に近寄り、顔を撫でる。
全身の皮膚が焼け爛れ、足元はからは肉がはみ出ており、その光景と辺りに漂う肉の焼ける香ばしい香りが漂う。
しかし、その匂いには吐き気を催した。
私があんなことを望んだりしたから……
私は、自分が楽になる為に、唯一の友達を危険に晒し、こんな目に合わせてしまった。
私が何かを望むと、そのせいで誰かが不幸になる。
それなら…… いっそ私なんて…… 私なんて……!
自分の罪悪感に押し潰されそうで、彼女に謝りたくて、私は彼女を抱き寄せる。
彼女はそのまま事切れ、静かに眠りについた。
あれだけ酷かった私の風邪も、翌日にはあっさり治ってしまった。
寄ってきたウジを払いながら、何日経ったのかもわからないまま、私は彼女の遺体を抱き続ける。
そうしているうちに、気が付くと私は何も感じなくなっていたが、唯一、自分の欲望で誰かが傷付くのが怖いという想いだけが、染み付いて離れなかった。
そしていつの間にか私の手には、変なあざができていて、商品価値まで落ちてしまった。
売りに出される為牢から出された時、彼女の足元には真っ白な花が、枯れることもなく咲いていた。
*
「そのコ、俺が買うぜ!」
私が奴隷市場に並んですぐに、私に買い手がついた。
富裕層の顧客が多い奴隷市場ではあまり見かけない、10代後半辺りの青年。
皮の防具と剣を腰に下げた姿から冒険者のようだったが、黒髪、黒目と、この辺りでは見ない珍しい容姿をしている。
冒険者ということは、労働力としてどこかで働かせてられるというわけではないだろう。
モンスターをおびき寄せる用の罠の餌にされるか、逃げる時の為の囮にされるか。
まあ……別にどうだっていいか。
そう思っていたのに──
「ほら、食ベなさい」
「えっ……」
そう言って、主人様はパンを分けてくれた。
それは今まで、牢の中で残飯商人の食事は商人の残飯だった私にとって、食べたことのないほどのご馳走。
主人様はこのパンを硬いと言っていたが、私にはそうは感じられなかった。
それからというもの、主人様は色々なものを私に当てえて下さった。
途中から主人様のご友人も加わって、色々な所を旅してきてわかった。
このたち人は、多分いい人なのだろう。
だからこそ、私なんかがこの人に求めてはいけない。
私が何かを求めてしまうと、きっと周りが不幸になる。
何も求めず、何も欲せず、私はただ誰かの命令に従っていればいいのに……
あれ……
突如として、目の前に光景が広がる。
知らない目の血走った男の人が振り下ろした銀色に光る剣が、私の脳天を切り裂こうとしている。
そうか……私は主人様に隠れていろって言われたのに、見つかっちゃったんだ。
でもこれで、ポラリちゃんへの償いができるかな…… でも……
なんでだろう……
私なんてきっとなんの役にも立たない。
「生きたい」とは思わないでも──
目を瞑ると、今まで私によくしてくれた人たちとの思い出が頭の中を駆け巡る。
初めて主人様与えて下さったパンの味、レイン様に見繕っていただいたこのワンピース……
そして、私の頭の上でエメラルド色に輝くこの髪飾り。
死ぬ間際に、最後の望みがあるのなら私は──
「死にたくない……」
兵士の剣がペルセウスに触れようとしていた。
しかしその直前、心からの《欲》に反応し、左手の甲のあざが突如発光する。
そしてその直後、兵士の剣がペルセウスに触れるのを阻むように、ペルセウスの目の前に白く光り輝く細長い物体が現れ、剣を弾く。
「これは……」
「なぁっ……!! ここまできて、〝彼奴の力〟がっ……?! くっ……だが……」
兵士の男は自身の剣に魔力を巡らせ、それは赤い焔となって刀身を覆う。
しかし、兵士が再びペルセウスに斬りかかろうとしたその時。
「ウチの子にぃいいいいい!! 何してくれてんだ?! この糞野郎ぉおおおおお!!」
猛烈な勢いで兵士の背後から飛び上がったリュウセイは、空中で剣を目一杯振りかぶり、それを兵士の脳天にくらわせた。
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