第12話【前編】 しるべ

 物心がついた頃には、自分はただの〝物〟でしかないと認識していた。

 産まれてしばらくは冷たくて、汚くて、小さい牢の中で過ごした。

 そこには私と同じような境遇の子供たちが沢山いて、食事は生きる為の最低限以下のものだけ与えられて過ごした。

 中には泣き出してしまう子もいて、それが奴隷商人の気を損ねてしまう原因になると、牢から引き摺り出され、何処かへ連れて行かれた後、酷い怪我を負わされて檻に戻される。

 それ以外にも食事を抜かれたりというのは日常茶飯事だった。


 親の顔は知らない。

 私よりも先にいた子の話によると、私の親はどこかの金持ちそうな男だったそうで、私を銀貨三枚で売ったそうだ。

 心底どうでもよかった。

 でも、そんな地獄みたいな生活の中でも。

「ねぇ! あなた、名前は?」

「…… ペル……セウス」

「そう、ペルセウスちゃん! いい名前ね!」

「えっ……」

「アタシは、ポラリス! よろしくね!」

 私には彼女がいてくれた。

 彼女の名前はポラリス、私と同じく奴隷として産まれてきて、酷い仕打ちをされてきた筈なのに、不思議なくらいに明るい子で、いつも笑顔を絶やさなかった。

「ねぇ、何して遊ぼっか?」

「あそ……ぶ?」

 その時まで、遊ぶなんて概念を私は知らなかった。

「そうよ、遊ぶのは子供の仕事だもの!」

 彼女はそう言って、落ちていた木屑や、千切れた布で作られた玩具を見せてくれた。

「これはね、こうやって遊ぶの」

「……」

 どれも簡素なもので、もちろん綺麗なものでもなかった。

 遊ぶということ自体が初めてで、最初とても戸惑っていた私に、彼女は丁寧に遊ぶという概念を私に教えてくれた。

 木片をひたすらに積んだり、石ころを牢の壁に描かれた的に目がけて投げたりと、考えてみれば、全く意味のない行為。

 けど、彼女と遊んでいると、不思議と心の奥が暖かくなるようで、何の意味もないただ木屑でできた玩具を使っている時間は、私にとって、人生で初めて楽しいと思えるような時になり、彼女と私は「ペルちゃん」「ポラリちゃん」と呼び合うほど親しい仲になった。


 それから私たちは、檻の外の見張りの目を盗んでは、新しいおもちゃを作ったり、こっそり見張りの食べ物をバレないように盗んだりして、そんな楽しい日々は、私たちの宝物となった。

 

 でもそんな幸せも、重ねた木片のようにすぐに崩れ落ちてゆく。


 その日、私は風邪をひいた。

 それも凄い熱と呼吸ができないくらいの咳が、しばらくの間続いていたと思う。

 ポラリちゃんは付きっきりで看病をしてくれていたものの、水や食べ物、薬なんてもってのほか手に入らない劣悪な環境で、私の体調は悪化していく一方。

 私が熱を出してから10日が経ったころ、ポラリスちゃんは、牢にある光を取り入れる為だけの小さな鉄格子の窓の向こうに、熱によく効くらしい薬草が自生していることを教えてくれた。

 しかしそれは手を伸ばして届くような距離ではなく、薬草を手に入れるには牢を一度出なければなかった。

 ポラリスはそれを取ってこようかと聞いてくれた。

 もちろんそのことがバレれば、罰として酷い仕打ちを受けることはわかっていた。

 でも、苦痛との戦いで私の精神は限界に達していて、思わず「うん」と彼女に永遠の後悔を残す返事を返してしまい、私はそのまま眠りについてしまった。

 

 窓の位置は子供の私たちには少し高い場所にあったが、ポラリちゃんはそれを軽々と登って、狭い格子の隙間も、子供の小さな体格を活かして通り抜けてゆく。

「あった!」

 複数の花弁のついた真っ白な花。

 彼女はそれを幾つか摘んでいく──

 彼女の背後に、あの奴隷商人が静かに佇んでいたのに気付いたのは、花を摘み終わって、私のいる牢に帰ろうと振り向いた時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る