第11話 戦う覚悟

 国境沿いの森全体に、大きな金属音が連続で響き渡る。

 素早いレインの剣撃と、一瞬で地面を抉るマスキュラーの剣撃。

 それらが交錯し合い、まるで人間とは思えない程の常軌を逸したその戦いを、俺と壁の向こうの兵士たちは、眺めることしかできなかった。

「はぁっ! くっ……!!」

「HEY! HEY! HEY! どうしたYO? まだまだ始まったばかりだZE!」

「嘘……だろ?」

 あのレインが、少し押されていた。

 マスキュラーの勇次郎並の腕から繰り出された大剣の一撃は、片腕だけで地面を抉り、それをレインが受け止めようとすると、その衝撃に耐えられず、剣が刃こぼれしてしまっているようだった。

 その為、レインはその攻撃を受け流し、相手の隙を作る。

 マスキュラーは剣王とは言われていたが、技能は圧倒的にレインが格上。

 相手が剣を振り抜いた後の僅かな隙でさえ、的確にマスキュラーに攻撃を当て、ダメージを与えていった。

 だが──

「っ……! どうなってんのよ!? その体!」

 確かのこの目で、マスキュラー体にレインの剣が通っているのが見えていた。

 が、不思議なことに、ほぼ上裸なのにもかかわらずマスキュラーの体には、傷が一切なかったのだ。

「どうだ! 俺のユニークスキル《自慢の肉体マッスルボディー》の力は!」

「《自慢の肉体マッスルボディー》…… そうだ!」 

 俺はあることを思い出す。

 冒険者という仕事というと、モンスターとの戦闘が主になってくる。

 その戦闘において大切だと教わったのは、相手を見極めること。

 俺は以前、可愛い見た目のハムスターみたいなモンスターに油断して撫でようとしたら、急にソイツが巨大化して喰われそうになった事があった。

 その教訓から俺は、対象をを解析できる、解析スキルを習得しておいたのだ。

「解析っと……」


 【解析結果】

[個体名]:マスキュラー

[種族名]:巨人族ジャイアント

[保有ユニークスキル]:自慢の肉体マッスルボディー

 自信の身体機能を飛躍的に向上させ、身体能力や再生速度を強化する。

 

 なるほど…… あれは思ったよりも単純なスキルらしい。

 似たようなコモンスキルで、身体強化というものは聞き覚えがあるが、差し詰めこれはその上位互換と言ったところか……

「マズイな…… マスキュラーのレベルが高すぎて、俺の解析じゃ弱点まではわからないか……」

 通常、癖の強いものが多いユニークスキルは、その癖故に明確な弱点があるはずだ。

 ちなみに俺の猿真似イミテートだと、相手の70%をコピーするだけだから、その本人には勝つには、残りの30%を自身の立ち回りでどうにかしないといけない。

 相手との大差は埋められるが、残りは自分でどうにかしないといけないのだ。

「みたところ身体強化系…… だとすると、何かを消費して発動させるパターンが多い筈だけど……」

 こうしている間に、マスキュラーの後ろに控えていた兵士が、少しずつ壁の穴を乗り越えてくる。

「レインはマスキュラーの相手で手一杯か…… こっちの相手は俺がするしかないかよ。ペルセウス、少し下がってろ」

「はい、主人様……」

 俺は今スキルで、最低でも剣聖の70%の実力が出せる。

 それなりの戦力にはなるはずだ。

「進めェ! 殺せ! 戦争だァアア!!」

「オオオォォ!」

「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せェええ!!」

 相手の兵士達が怒号を飛ばし、己を鼓舞する。

 そうか、これは戦争なのか。

 人と人が勝利の為に殺し合い、自らを犠牲にしながら目標に向かって突き進む。

「っ……!!」

 手足が震え、呼吸が乱れる。

 当たり前か……

 前世では人殺しなんてしたことはないし、この世界に来てモンスターは狩ったが、人は殺したことはない。

 前回エアザッツと戦った時も、あの大男には大した傷はついていないはずだ。

 殺さなければ殺される。

 できるのか……? 俺に……

 相手の兵士達の血走った目は、全員二つずつある目の両方が、真っ直ぐに俺を捉えていた。

 そうか── 彼らも必死なのだ。

 彼らにもきっと、家族や友人、大切な人がいるのだろう。 

 俺は本当に、あの人たちを殺せるのか?


「ぼーっとしてんじゃないわよ!」


 暗闇に差し込む一筋の光のように、もやもやと暗く考え込んでいた俺の耳に、一人の少女の声が届く。

「前を向け! 剣を抜いて構えろ! 他の誰でもない、アンタがその子を守るの! そうするって決めたんでしょ!? だったら……最後までやり遂げなさいよ!」

 そうだ…… 俺にだって……大切なものくらいある。

 俺の後ろにはまだ年端もいかない小さな女の子がいる。

 理由はそれだけでいい。

 前を見ろ……! 剣を抜いて構えろ! 

 守る為に戦うんだ……!

 誰かが助けてくれるわけじゃない。

 だから……!

 俺が……やらなくちゃいけない!

「ふぅ……」

 呼吸を整えろ。

 落ち着け。

 モンスターとの戦闘も、対人戦も、おそらく基本は変わらない。

 落ち着きをかいたやつからやられる。

 敵の数は20数名。

 開けられた穴がそこまで大きくないからか、一度に入ってくる兵士の数は少ない。

 各個撃破していけばなんとか……

 

 まずは一目散に向かってくる一人。

 実力的には見た感じ格下だと思う。

 相手が剣を振りかぶったところで、一気に距離を詰めて間合いに入る。

 俺は下から剣を振り上げ、相手の右脇腹から左肩にかけて斬りつけた。

 相手はそのまま後ろに倒れ込んだ。

 だが……

「うおぁああああああああああああああ!!」

 兵士の大軍が、波のように押し寄せる。

 一人やったからといって休んでいる暇はない。

 次々と振りかざされる剣を、なるべく避ける又は受け流して、相手の隙を的確に狙ってゆく。

 受け止めている暇はない……!!

 攻撃を受け止めたら、それだけのタイムロスが生じる。

 そうなれば隙のできた俺の間を通り抜けて、後ろにいるペルセウスに危害が及ぶ……!

「……っ!?」

 しかし、流石に俺一人では無理があったか、相手の兵士の一人が俺の横を避けて、ペルセウスのいる方に向かって行ってしまう。

「しまっ……!!!」

 ソイツはなぜか隠れていたはずのペルセウスの居場所に向かって、一直線に走る。

 レインもそれに気づいたようだったが、相変わらず、マスキュラーの相手で手一杯の様子で、どうすることもできなかった。

 俺がなんとかしなくちゃ……

「っ……!! どきやがれぇ!!」

 大勢で襲いかかってくる兵士たちを突き飛ばし、すぐさま後ろを振り向き、全力で奴を追った。

 

     *


 国境からすぐそこにある木の木陰で、ペルセウスは一人、息を潜めていた。

 少し離れた所から、兵士たちの怒号、大勢の人々の足音、剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。

 主人様たちが戦っておられるのだろう……

 ペルセウスはそう思って、主人様の命令に従っていた。


 すると突然近くの茂みから、カサッカサッっと、何かが近づいているような音が聞こえた。

 きっと主人様が戻ってこられたのだろう。

 そう思って、ペルセウスはその方を振り返る。

 しかし、そこから近づいてきたのは、主人様でも、レイン様でもなく、知らない男の人。

 すぐさま木陰に隠れるが、その男の足音は段々、一歩…… また一歩と確実に近づいてくるのがわかる。

 しかし足音は、もうすぐそこまで迫ると急にしなくなり、ペルセウスは思わずもう一度その方向を顔の半分だけ出して確認した。

 いない。 

 しかし、あの男がどこへ行ったのかと、考える暇はなかった。

 いつの間にか、元の位置に頭を戻したペルセウスの目前に、血走った生気の感じられない目をしたあの男が、剣を片手にこちらを見つめていた。

 何も言わず、剣を振りかぶった男の口元は、それを振り下ろす直前、微かにニィっと笑ったように感じた。

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