第9話 どーもー

 金のメッシュの入ったショートの髪、顔は布で覆われていたが、その間からは鋭い目つきがこちらを睨む。

 服はレインが着ていた白い制服ではなく、黒く装飾は殆どつけられてはいないがレインのものと同じ、金色のバッチが胸元に光っていた。

「では…… あなた達を拘束させて頂きます。抵抗したければお好きにどうぞ」

「へっ! コッチには国最強の剣士、剣聖のレインさんがいるんだ! ヤっちまって下さいよぉ、アネさん!」

「すっごい小物ムーブ……」

 俺はレインの後ろの陰から、戦いをキチンと見守ることにした。

 一応確認しておくが、断じてビビって隠れているわけではない。

 そう…… 断じて。


「あまり元味方とは戦いたくはないのよね…… こっちよ!」

「え?……ちょっ!? ペルセウス、こっちだ!」

 レインに手を引かれペルセウスを抱えて、ひたすら走る。

「このまま国境まで突っ走るわよ! それを越えれば、国の奴らはアタシ達手出しできない!」

 森の木々の隙間を駆け抜け、草をかき分け、ようやく視界に国境沿いに築かれた壁が入る。

「あそこを越えれば……!」

 だがやっぱり、そう上手くはいかないもので。

「っ……!!」

 俺たちの目の前には、いつの間に回り込まれたのかわからないが、あの黒服が立ち塞がっていた。

「そう簡単に逃すとお思いでしたか?」

「……さすがは暗部ね。やっぱりやるしかないか……」


     *

 

「とは言え…… さすがに名前くらいは教えてくれない? 戦いの前にはお互い名乗るのが礼儀でしょ? アタシはレイン・アルデバラン、元王国騎士団所属の騎士よ」

「お言葉ですが、盗みを犯したあなたには騎士を名乗る資格はないと思います…… それに、私は立場上名乗ることができませんので」

「でしょうね……」

「……」

 

 静かな時が流れる──

 円を描くように二人は回り、お互いの様子を探り合う。

 武器を抜き、足を止め、一呼吸分の間が過ぎると同時、レインのサーベルと黒服の女の一対の短剣が交差する。

 すぐに黒服が後ろにジャンプして距離を取り、足が地面に付くと同時に再び斬りかかる。

 目にも留まらぬ連撃…… だが、それを冷静に全て捌き、そこでできた僅かな相手に隙に攻撃を仕掛け、黒服の女の腹辺りの服が斬られた。

「なるほど…… やはり真正面からでは勝てませんか……」 

「コレでも、〝剣聖〟って呼ばれてたんだからっ!」

「そうですか…… ならば」

 突如として、黒服は森の中へ消えて行った。

 仲間を呼びに行ったのだろうか?

 それともただ単に逃げただけなのか。

 或いは……

「伏せて!」

 咄嗟のレインからの警告に、俺はペルセウスに覆い被さって姿勢を低くする。

 それとほぼ同時に、森の奥からどこからともなく何かが飛んできて、直前のペルセウスの頭の位置を突き抜ける。

 木に突き刺さったそれを見る。

「クナイ……」

 クナイだった。

 忍者が持っているイメージのアレだった。

「っぶねー! 大丈夫かペルセウス!」

「はい、何処にも傷はついていない筈です」

 すると突如、俺の右後ろから何か電気が走ったような感覚を感じた。

 俺の体は反射的に剣を抜き、その方向を振り向きざまに切り付ける。

 その刃は、いつの間にか背後に忍び寄っていた黒服の短剣を弾いていた。

「やるわね、まさか〝ソレ〟も猿真似アンタのスキルの力?」

「いや、わからない。急に後ろから、何というか…… なんというかこう…… グワァーっとなってビビッときた!」

「ゴメン、全っ然わかんない」

 そうは言われても、全く経験したことのない感覚だった。

 以前、実はレインの持つ技や能力を見せてもらって、それらは既に試しているはずだが、そのどれとも当てはまらない。

「まさか…… 危機感知だと……?」

 黒服がそう言った。

「なんだそりゃ?」

「危機感知というのは、戦闘系のスキルの中でも、探知系に分類されるスキルよ。相手からの殺気を感知してくれるから、それがあれば暗くて周囲が見えなかったりしても、不意打ちを防ぐことができるらしいわ」

 そんな便利なスキルがあるのか……

 だがそんなスキルをもちろん俺は持ってなどいない。

 猿真似イミテートで彼女からコピーしたとは思うんだが……

「でもさっき彼女はそんなの使っているようには見えなかったけど……」

「あれは常時発動方のスキルだから…… って言っても、それに関してはアンタの方が詳しいでしょ?」

 なるほど、となるとどうやら俺にスキルは〝見た〟技能や力をコーピーするもので、俺自身が認識する必要はない……のか?

 正直俺自身、まだ自分のスキルについては分かっていないことが多い。


 この世界に存在するスキルの中でも種類があるらしく。

 個人の努力などによって習得可能な《コモンスキル》。

 その中でも習得難易度やその強力さによって、《下位ロースキル》《中位ミディアムスキル》《上位アドバンスドスキル》に分類される。

 それらのスキルのさらに上とされ、世界でただ一人だけが持つとされる個人の象徴、《ユニークスキル》──

 俺の《猿真似イミテート》もその《ユニークスキル》だ。


「確かに私は《上位アドバンスドスキル》の危機感知を有している…… だがそれを、ただ一目見ただけで会得できるわけがない! 私とて……これの習得には数年かかったというのに……」

「それができちゃうんだな…… 俺のスキルがあれば」

「なっ……!」

 彼女はそれを聞いて少し間が開いた後。

「私は任務に失敗した…… 最早私が生きている意味はない。さあ私を殺せ。拷問されようとも、私は今回の任務に関する必要最低限の情報しか知知っていない」

 彼女は死を覚悟したのか、目を瞑って天を仰ぐ。

「……俺には無抵抗の相手を殺すような──」

「甘いな」

 なんの前触れも無く突然、黒服の女のセリフに被せるように、野太い声が響く。

「何者だ! 増援か!?」

 すぐさまレインは剣を抜き、声のした方へ向ける。

「いや…… 今回の任務は私の単独だ。教えるべきではないが、増援はいない。それに……」

 そう…… その声は国境の壁の奥から聞こえた。

「ごめんねー、たまたま話している内容が聞こえちゃったから。ああ、自己紹介がまだだったな……」

 そして今度は、爆発音のような轟音が響く。

 それとともに辺りは土埃に覆われ、視界が塞がれる。

 そしてその中で俺は国境の壁側に大きな人影を見つけた。

 土埃が収まって来るとともに、その姿は鮮明になってくる。

 俺は絶句した。

 まるでこの前エアザッツの時に俺が倒した大男が、赤子に見える程の巨体。

 裸の上半身は、まるで某アニメの地上最強の生物を連想させるようなとてつもない量の筋肉で覆われていた。

 褐色の肌、チリチリの癖毛、ファンキーなサングラスをかけた巨人──

「どーもー、〝侵略者〟DES!」

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