第4話 猿真似
先ほどまで晴れていた空に暗雲が立ちこめ、冷たく強い風が俺たちの間を吹き抜ける。
森の木々が大きく揺れ、これが俗にいう〝嵐の前の静けさ〟というものなのだろうか。
「あれ……もしかして俺たちって結構ピンチみたいですか……?」
「さっきからそうだと言ってるでしょ!!」
相手は相手は大罪人最強=世界最強の人物……
うん、これは非常にまずい。
人って案外追い込まれすぎると逆に冷静になるというが、今それを俺は身を持って実感している。
「安心しろ。別に大人しく要求に従ってくれれば、危害は加えない」
「で……その要求っていうのは?」
俺は恐る恐る、その要求とやらを聞いてみる。
「そこの嬢ちゃんの手の甲に、黒い痣があっただろう? その痣……〝俺たち〟にもあってな」
そういうと、エアザッツは自分の左手の甲をこちらに見せてくる。
そこには確かに、先程ペルセウスの左手に確認したものに似た黒い刻印のようなものが刻まれていた。
レインもそれを聞いて、ペルセウスの手を見る。
とても驚いた反応から、その存在を確認したのがわかった。
「ふふっ……本当に頭の痛くなる話ね」
「どういうだ? それには一体何の意味が……」
苦しい表情でレインは答えてくれた。
「それは簡単に言ってしまえば《大罪人の証》みたいなものね…… それぞれ紋様が違って、私の記憶が間違ってなければ、それは確か《強欲》の証だったかしら?」
「大正解」
ペルセウスは依然としてどうという反応を示すことはなかった。
俺は話についていくことができなかった。
ペルセウスが《強欲の大罪人》……?
今俺の前にいるのは世界最強、横にいるのは剣聖、そして転生一般人のこの俺。
あまりにも格差がひどすぎやしません?
「まあいい……ほんならちぃとばかし痛い目見てもらおうか!!」
言葉を言い終わると同時に、エアザッツはレインにめがけて急接近する。
瞬く間に間合いを詰め、足を大きく上げて繰り出された踵落としを、レインは剣で受け止める。
「俺も加勢を……」
「前を見て!!」
駆け寄ろうとした俺へのレインからの警告を聞いて、前方を振り返る。
先ほどの話の流れで忘れていたが、そういえばもう一人屈強な大男がいたはず。
「なら俺はあいつの相手を……」
しかし、その判断は遅かったのかもしれない。
大男はある程度あったはずの距離を、もう目と鼻の先にまで詰めてきており、中華包丁のような剣は、すでに脳天に迫っていた。
*
子どもの頃、クリスマスが大好きだった。
年に一度、子どもの夢が叶う特別な日──
自分が欲しいものを、サンタクロースにお願いして、一年間良い子でいられたら、プレゼントを届けてくれる。
その為に昔は、良い子でいる為に、お手伝いやら勉強やら、とにかく一生懸命に頑張った。
今思えば、あれはただの迷信だったのかもだけれど、一年間を頑張って12月25日の朝、飾られたクリスマスツリーの下にプレゼントが置かれていた時の嬉しさは、今も忘れられない。
ただ16歳、高校一年の俺にとって、最初の人生最後のクリスマス。
不注意によって車に轢かれた俺が最後に目にしたのは、幼馴染の「将来、大きくなったら結婚しよう」と言ってくれていた娘が、大嫌いな学校の一のイケメンと一緒に如何わしいホテルへ入って行った様子だった。
きっと、ずっと昔に俺に言われた事なんて、彼女は覚えてなどいないだろう。
でも俺は、情けないことにまだ心のどこかでそれを信じていて、俺の初恋だったその娘のそんな姿を見て、ショックを受けた。
そのイケメンは、スポーツ万能、勉強もできて性格も良く、まさに完璧超人クンというに相応しかったと思う。
羨ましかった。
自分に足りていないものを全て持っているあいつが。
俺にもあいつみたいなスペックがあれば、引きこもり寸前だった俺の人生は違っていたのだろうか──
そう強く思って転生した俺だったが、別に大したスペックは付与されることはなかった。
だが俺は、なんの因果かその代わりにある〝スキル〟を獲得した。
「なっ!?」
勢いよく振り下ろされた大男の剣は、俺の剣と重なり、動きを止める。
「本当に、さっき出会った人がレインで良かったよ」
「こんのぉガキいいいい!!」
再び男は剣を振りかぶる──けど。
「俺の方が早いね」
そう、本当にレインで良かった。
並の剣士が対象じゃ、こいつには勝てなかった。
大男の動きよりも早く、俺の繰り出した攻撃が相手の首に当たり、俺が剣を振り抜くと同時に、大男は静かに地面に倒れた。
その光景を見て、戦闘中にも関わらずレインは唖然としていた。
そりゃそうだろう。
この大男、どう見たってさっきの初心者殺しよりも強い。
それをさっき受け身でいるしかなかった俺が、あっさり倒してしまったのだから。
「嘘…… あの技って……!」
「さっき剣聖サマが使ってたやつか」
まあ完璧ではないんだけど。
ユニークスキル《
スキルの獲得には個人の想いが強く関わるらしいけど、俺のアイツみたいになりたいという想いは、どうやらそのまますぎる形で現れたらしい。
他人の真似、それも劣化版という凄くかっこ悪くて頼りになる、俺の自慢のスキルだ。
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