第3話 一難去ってまた百難
「救恤の剣聖、レイン・アルデバラン……」
初心者殺しを葬った剣聖は、剣をさやに収め、俺たちに歩み寄ってくる。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
「ああ、ありがとうございます。危うく死ぬ所でした。でもなんで剣聖ともあろうあなたがこんなところに……」
剣聖は本来王国の切り札たる存在。
身分も高く、他国への牽制としても重要な役割を果たす人物が、なぜこんな森のキャンプに……
「い、いやぁ……少し事情があってね……」
彼女は考えると、周りを確認して、俺に手招きをする。
俺に近づき事情を聞いて見て、それを整理すると……
「つまり、一国最強の剣士ともあろうお方が、道に迷ったと……」
「そっ、そうよっ!! 笑わないでよ!」
いやいやいやいやそりゃ笑うに決まっているとも。
ここは森とは言ってもすぐそこには街があって、丘や木の上に上れば、確実にその姿が見える。
オマケに彼女の腰には立派に地図とコンパス、しかもただの地図ではなく、現在位置までわかる魔道具の類のようだ。
現代で例えるなら、家から学校までの数百メートルの道のりを、スマホのGPSありきで迷ったという、とてつもない方向音痴っぷりだ。
「この辺りで危険な魔獣討伐の任務を受けたんだけど、魔獣を倒して帰ろうとしたら森を彷徨ってしまって……たまたまここへ……」
「剣聖サマでも……ふふっ……意外な弱点って……あるんですね……ふっ」
「笑いながら言わないでよね!?」
レイン・アルデバラン、この国の剣聖と呼ばれる存在だ。
もっとお堅いイメージはあったが、意外と砕けた感じの人らしい。
「じゃあ助けてもらったお礼として、街までの道をお教えしますよ」
「本当! ありがとうね! あ、そういえば名前を聞いていなかったわね。」
「俺は佐藤リュウセイ、それとこっちが──」
「ペルセウス……と申します……」
ペルセウスの植物のような態度の様子を見て、レインは不思議そうに顔を見つめる。
「その子は元々、奴隷だったんです。俺がその子を買って、いずれは自由になってもらおうと思ってはいるんですが……奴隷時代の影響か、自分の欲求が皆無だったり、自分で意思決定ができなかったり、まだこのまま手放すのは不安で……」
「そう……でも完全にそうという訳でもないみたいよ」
レインはイオタの頭を撫でて言う。
「どういうことです?」
「この子があたしに魔獣に襲われているあなたの場所を教えてくれたのよ」
「本当ですか」
俺はペルセウスを見つめる。
最初の頃、言われたことをただやるという、それ以上でも以下でもない行動しかできなかったペルセウスの、初めての自主的行動だった。
最初の頃とは比べて、ちゃんと成長はしているのか……
そうなら嬉しい。
でも流石にまだ世に放ってしまってはダメだろうな。
ふと、俺はペルセウスの左の手の甲のあざを見てみる。
しばらく経って薄れたのか、前見た時よりも薄くなっていて、何かの模様が浮かび上がっていた。
これは刻印……? いや、紋章か……?
しかし、そうのんびり会話している暇も、今の俺たちにはないことを知る──
「ああ……いたいた……」
突如として森の奥から聞こえてきた、胸の奥に響くような低音の声。
振り向くと暗い森の奥から、黒い装束を身に纏い、布で顔を覆った二人組がこちらに向かって歩いてきてた。
右の一人は服でで隠せない程の大きな体格で、身長は裕に⒉5メートルは越しているであろう、おそらく巨人族ジャイアントと呼ばれる種族の男で、その自分の体格程の大きな中華包丁のような武器を背に背負っている。
もう一人は細身で、右の大男程ではないが比較的高身長で短い髭を生やし、やさぐれた表情でタバコをふかしていた。
「お前は……!!」
レインは左の細い方の男の顔を見た途端、表情が険しく変化し、剣を向け警戒を強める。
「おやおや、そこにいらっしゃるのは剣聖殿ではありませんか。なぜこんなところに?」
男はレインが剣聖だと言うことを分かっているようだったが、余裕の煽るような口調で話しかける。
むしろレインの方が、急な状況におかれて動揺しているようだった。
「貴様には関係のないことだ! 即刻この地から立ち去れ!」
「そいつぁできかねるなぁ。俺はそこの嬢ちゃんに用があるんだ。あんたこそ、今すぐ回れ右して街にでも帰ってくれるなら手出しはしねぇぜ?」
「はっ! おあいにくさま、私は方向音痴でな! 街までの道もわからん!」
誇ることじゃねぇだろ……
「君たち……今すぐここから逃げろ」
レインは苦しい表情で俺たちにそう告げる。
「待ってよ、俺だって冒険者の端くれだ。さっきは情けない姿を晒しちゃったけど今なら……」
「駄目だ! ただの犯罪者ならともかく、アイツ
は──」
「エアザッツ──」
レインの言葉を遮って、左の男の口から予想だにしない言葉が発せられた。
ああ、もちろん知っている。
異世界転生してからしばらくたった中。
《大罪人》の話を聞くたびに必ずと言っていい程、名が上がる人物。
強大な力を行使する大罪人の中でも、誰もが口を揃えて〝最強〟と言われる男──
「国際指名手配組織[神殺し]のリーダー、《傲慢の大罪人》エアザッツ──俺の名前だ」
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