第2話 救恤の剣聖
朝日とともに目覚める生活。
前世では学校がある日も毎日、早くても午前三時まで起きていて、オールナイトなんてことも珍しくなかった。
そしていつも学校へ行く途中の自販機で、コーヒー、コンポタ、エナジードリンクの朝食トリプルコンボをキメていたのを思い出す。
異世界にはゲームも漫画もないのは残念だけど、何気に満足のいく生活を送っている。
「冒険者としてお金を稼いだあとは、異世界の料理を再現した屋台でもやって、俺はこのままのんびりスローライフを送るゾ!」
あれっ、そう誓ったはずなんだけどな……
生臭い獣臭の不快さに反応して目が覚める。
何かと思って俺は目を擦り、ぼやけた焦点を合わす。
だんだんとクリアになっていく視界の中で、最初に目に入ったのは、顔は可愛いらしいペルセウスの寝顔ではなく、ギロっとした目をこちらに向ける黒い毛と鋭い牙を生やした存在──
………
少し考えて俺はゆっくりと目を閉じ、そしてもう一度を開けてそれを見る。
まだそいつが俺の隣に添い寝している。
俺はまたもう一度目を閉じ、また開ける。
光景は変化しない。
俺はまた目を閉じ開く。
そして目に入る獣の軟口蓋と、とてつもなく生臭い口臭。
大口を広げた獣の口内に俺の顔の半分が収まろうとしていた。
俺はその生臭い空気を深く吸って吐く、そして。
「ア゛ッーーーーーーーー(汚い高音)!!」
俺の体は咄嗟に動き、跳び上がってそれを回避する。
振り向きざまに、咄嗟に木に立てかけておいたショートソードを取り、ゆっくりと距離をとった。
生臭い匂いから始まった俺の今日の一日は、今まさに色々な意味で終了しようとしている。
俺の体よりも一回り大きな体長、黒い毛並みと鋭利な爪、そして何より、噛んだ獲物を逃さぬよう長く鋭く尖った牙と獲物を見つめるハンターの目。
間違いない……
[初心者殺し]と言われているモンスターだ。
正式にはナイトウルフと言うモンスターなのだが、本来の集団での狩りを行わず、自分よりも弱い獲物を狙ってくる性格の悪い、群れを離れた個体がそう呼ばれている。
初心者冒険が狙われやすい事が名前の由来の危険個体だ。
俺は決して初心者ではないが、こいつも弱い訳ではない。
一匹狼なだけあって能力は非常に高く、本来なら俺よりも上のAランク冒険者がやっと相手をすることができる危険なモンスターだ。
なんとかさっき剣は一緒に持って来ることができたが、安物のなまくらではこころもとなさすぎる。
ハッと、俺は一つ大事なことに気がつく。
「ペルセウス! どこだペルセウス!」
さっきから見渡しているが、姿が見当たらない。
まさか……!
もうアイツの餌になってしまったのか!?
俺が警戒を怠ったばかりに、幼い少女の命を──
俺は、俺はなんてことを……!
ごめん……ごめんよペルセ……
「はいなんでしょう主人──」。
「イィヤァア゛ーーーーーーーーーー(汚い高音)!! 出たあっ!!」
「ちゃんと生きてます。勝手に殺さないで下さい主人様」
振り返ると、何事もなかったかのように、ペルセウスが突っ立っていた。
「お、脅かさないでよ……俺そういうのダメだから……お化け屋敷でビビり散らして、一緒についてきた園児の妹を置いて逃げ回った男だぞ、俺は」
「主人様が勝手に驚いていただけです。あとそれ自慢することじゃないです」
ま、まあとりあえず良かった……
年下女子に醜態は晒してしまったが、彼女は助かってくれてたらしい。
状況はよくないけど……
さて、どうするか。
相手は俺だけじゃ手に負えない強敵。
イオタを守りながらの戦闘。
ケチって野宿せずにちゃんと宿代払って宿で泊まっておけばよかった……!
でもペルセウスを買ったせいで、俺の財布は殆どスッカラカンなんだよ、畜生!
「グルァアアアア!!」
初心者殺しは大きな宣戦布告の鳴き声を発すると、一気に走って距離を詰めてくる。
なんとか体は反応の余地があって、イオタを抱いて紙一重で奴の爪の攻撃をかわす。
少し胴の横をかすめただけだが、つけていた皮の防具が簡単に引き裂かれてしまった。
「っぶねー!! 当たったら確実に輪切りだな……」
初心者殺しはすぐに向きを変えると、間髪入れずにまた飛びかかってくる。
これはちょっと……マズイ!
不便なこともあって少し苦労はしているが、楽しい日々だった。
こっちの世界での生活には満足していたが──
「ここで二度目の人生終了のお知らせってかよおおおおおおおおお!!」
──しかし、俺の顔面に爪が当たる直前、金属音とともにそれは弾かれ、初心者殺しはそれに伴って俺と距離をとる。
「大丈夫かい? 君」
背後から声がして、そっちを振り返る。
そこに立っていたのは、俺と同じくらいの背丈の人物だった。
キリッとした目つきと一つにまとめた背まである紅の髪、キリッとした目元で中性的な顔立ちの少女。
少女とは言ったが、ペルセウスが小中学生くらいなら、彼女は少し大人びた、俺と同じ高校生くらいだ。
そして何より、純白の制服と胸元の金でできた国の紋章……
「王国騎士団……それも……」
数ある騎士団の中でも、王の直属である王国騎士団は、いわゆるエリートたちの集まり。
そしてその中でも優れた者のみに与えられる、金でできた紋章を持っているということは、つまり。
少女は初心者殺しに向かって歩き、俺の前に立つと俺の方を振り返る。
「もう大丈夫よ、下がってなさい」
彼女は再び初心者殺しの方を向くと、剣を構え空気を吸う。
気が付いた時にはすでに初心者殺しの背後にいて、ゆっくりとその首が落ちた。
「救恤の剣聖、レイン・アルデバラン……」
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