第1話【後編】 主人公になれない男
「ほらよ」
俺は露店でパンを購入したパンを、道端に座らせておいたペルセウスにそれを半分に分けて手渡す。
奴隷商人なんかのところでは十分な食事はとっていないだろう。
まずは何よりも食べなければ。
しかし俺はそれを口には入れてみるが……
「パッサパサのカッチカチ……」
この世界のパンはやっぱり、一言で言うとクソ不味い。
元々、食事にはうるさい日本人の俺にとって、あまり耐えられるものではなかった。
殆ど水で練った小麦粉を焼いただけのものだろう。
冒険者を引退したらパン屋でも開こうかしら?
俺は実家のパン屋でよく手伝ってたし、絶対にこれより美味いパンを作れる自信はある。
ふと横を見ると、ペルセウスは俺に手渡されたパンを、食べるでもなく、ただただそのままの姿勢で持ったままでいた。
「あれっ? ごめんパン苦手だった? それともアレルギー? いやでもこっちの世界ってアレルギーなんてもの存在するのか……?」
するとまたペルセウスは、機械のような答えを返す。
「いえ、私は食べろとは言われておりませんので……主人様がそうさせたいなら、そうご命令下さい」
「命令って……」
もう骨しか残っていないような痩せこけた体で、相当つらいはずだろうに……
染みついた奴隷根性は、すぐには取れないか。
「言っておくが、俺はお前をこき使う奴隷として買ったわけじゃない。お前を助けたって思ったからお前を奴隷商人から買ったんだ。いずれは俺の元を離れてもいいし、残ったっていい。お前の好きなようにしろ」
すると少女はこう答える。
「私は……何かしたいとか、そういう欲求はありません。どうぞこの身をお使い下さい……」
「はぁ?」
欲求がないって……
前にも俺は一人奴隷を拾ったことはあるが、そいつ当初から目についたものは、全て欲しがるような欲望のまま生きているドロボウ猫だったぞ。
「主人様のご命令のままに……私は処女です。くらうなり、貪るなりにもお使い下さい……」
そういってペルセウスはボロボロの服の裾をたくし上げ、公衆の面前で自身の下部を披露しようとする。
「ちょっと待てい! 俺の話聞いてた!? 年齢=彼女いない歴=童貞歴の俺に何をしろと!? 俺は別にそんなことは要求していないぞ」
「ではボロ雑巾のようになるまで、ストレスの発散口として、殴る蹴るなり……それでも満足できませんでしたら、道端にでも捨てて頂いても構いません……」
「やっぱり話聞いてた!? それ以上はやめて! お前もそうだけど、俺への周りの人からの視線が段々と冷たいものになっていってるからやめて! あととりあえずそれはしまって!」
果たしてこんな調子で自立していけるのだろうか?
奴隷根性というかなんというか……
まあ、買っちゃった以上は責任持って面倒を見るしかないけど……
*
それからというもの、俺はしばらくペルセウスとともに共同生活が始まった。
だがこれがどうも……
いろんな意味で俺の想像以上だった。
まず彼女には本当に、まるで自分の意思がないのだ。
何かをするにも俺の指示がいるし、感情という感情も殆ど無いに等しい。
俺がうっかり彼女の着替え姿を見てしまった時も、まるで恥じらいもしなかった。
えっ?
いやいや違うぞ!!
俺は決してロリコンなどではないからな!?
この前の夕食も、俺が食べろと言うのを忘れたばかりに、お腹がなり続ける中、無表情で佇んでいた。
せめて生物の本能ぐらいはあってくれ!
さて、これはどうしたものか……
相当辛い思いを経験してきて、思い出したくもないかもしれないが、今までどんな扱いを受けてきたのか、今度話を少し聞いてみよう。
原因が分からないことにはどうしようもないし。
でもまあ今日はもう暗いし、また明日にするか。
「ペルセウス、今日はもう寝ろよ」
「かしこまりました……主人様」
寝かせるのにも指示がいるとは……
まるで本当に人工知能と会話しているみたいだ。
いや、もしかしたら人口知能の方が自主性があったりして。
※
街外れのキャンプで二人が眠りについたころ。
街にはある男が訪れていた。
そして男は街の裏路地へと歩んでゆく。
そこにいたのは、リュウセイがイオタを買った奴隷商人だった。
「あらお客さんですかい? 残念だけど今日はもう店じまいなんですよぉ。また日を改めて──」
その男は奴隷商人の元へ向かい、こう話しかける。
「銀髪に翡翠の瞳を持ったエルフの少女はどこですか……?」
男の声は紳士的で、それでいて重く冷たい。
「いやだからお客さん! 今日は店じまいって──」
「銀髪に翡翠の瞳を持ったエルフの少女はどこだ……」
「お客さん! 今日は──」
「どこだと聞いている……!!」
男は商人に対する苛立ちに声を荒げる。
その血走った目からは、恐ろしいほどの圧が感じられる。
経験したことのない恐怖を目の当たりにした商人は、喉から言葉もでない中、自分のバッグの中からある紙を取り出した。
「こ、こいつだ……っ。こいつが四日前、ここからその商品を買って行った……」
紙に書かれていたのは、奴隷を売却したという契約書。
そこに書かれていた名義は……
「サトウ……リュウセイ……」
「そっ、そいつならまだこの街の近くにはいるはずですぜ……」
「……そうか」
男はその言葉だけを商人に対して聞くと、突如として商人の視界は、左に90度傾き地面に落ちる。
顔の左頬にひんやりとした土の感覚が伝わり、右に見えるのは世闇に輝く星々。
暖かく赤い液体が商人の左頬と地面を濡らす。
遠のく視界の中で最後に見たのは、裏路地から抜けてどこかへと去ってゆく、壁を歩く男の姿だった。
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