第1話【前編】 主人公になれない男 

 暖かい春の陽気と、まだ少し肌寒い風。

 中世仕様のレンガ造りの建物と露店が建ち並び、多くの人々で賑わう街並み。

 行き交う人々はただの人間だけではなく、長い耳のエルフ、背は小さいがガッシリとした体つきのドワーフ、頭からケモ耳を生やした獣人少女……

 ところで気になったんだけどそういう種族って、本当に頭の横には耳がないのか? 

 今度見させてもらお。

 そしてそんな目立つ種族達の中に、平均的な顔の日本人が一人……

 それがこの俺、佐藤リュウセイ。

 異世界転生者補正で、ある程度の身体能力と魔法の力を会得した元高校生の転生3年目のBランク冒険者だ。

 

 最近ではこっちの生活も慣れ、異世界転生モノの定番である冒険者としてギルドに所属し、転生者補正のおかげで、ある程度冒険としてはやっていけている。

 クエスト終わり、今日も何気なく街を歩いていた俺は、ふと路地裏に入ってみる

 暗く細い道が続く路地裏は、貧しい人々が生活の場としている所だ。

 夢にまで見た異世界ではあったが、こういう負の面も存在しているのは事実。


 そしてふと見ると、路地の突き当たりで、なにやら店を構えている。

 こんな場所にある店といえば。

「へい、いらっしゃい。今日はいい商品が揃ってますぜ」

 こんな場所に似合わぬ正装、整えられた髪、高そうなブランド品と、右手に人が囚われた鎖を引き、いやらしいニタァっとした笑顔をうかべる性悪そうな男。

 ここはいわゆる奴隷商店だ。

 多くの人たちの首に鎖に繋がれ、胸元には値札が貼られていて、一家庭の平均月収ほどの値段で売りに出されていた。

ある少女に目が留まる。

 長い銀髪と翡翠の瞳、少し長い耳はエルフであることを象徴していて、まるで人形のような美しい顔立ちの少女。

 彼女は奴隷商人らしき男に鉄の首輪で繋がれ、全身は傷だらけでボロボロの布切れみたいな服を着用していた。

 

 この世界では奴隷なんてものは当たり前。


 人権?

 何それ美味しいの?

 元々現代日本という、平和すぎる国から来た俺は、最初こんな風景を目にした時は、かなりの抵抗を覚えた。

 最初はそんな子たちを救おうともしたが、俺は別に転生モノのお約束みたいなチートを持っている訳ではない。

「チートと言えば……」

 しばらくこの世界で暮らしていて、いくつかこの世界の知識として気になったものがあった。

 《大罪人》

 世界で7人だけ存在し、それぞれ違った特別な権能を用いて悪行を行い、世界に混乱をもたらす者たちなのだとか。

 最近その内の、望むならばどんなものでも手に入れることのできる権能である《強欲》が死んで、別の誰かがその能力を受け継いだのだという。

 余り面倒なこととは関わりたくないな……


 まあそれはさておき 

「おい、おっちゃん」

 俺は奴隷商人を呼びつける。

「へい、なんでしょう?」

 そしてよくある土嚢みたいな、金貨の入ったクソデカ袋を差し出し。

「そのコ、俺が買うぜ!」

 そう……

 今の俺には金がある……!

 俺は転生後の三年間で、冒険者として多くの強敵を屠ってきており、もうすぐAランク昇格の試験も控えている。

 なぜチート不所持の俺がそんなことができたかと言うと──

 俺は特別な力は持たないとは言ったが、転生特典として、《スキル》を獲得している。

 もちろん《大罪人》の権能ほど強力ではないものの、希少な力で、こちらの世界でも戦力としてやっていけているのだ。

 そんな訳だから、冒険ギルドでかなり稼いで、金には余裕のある俺は、目についたこの娘だけでも助けることにした。

 偽善だと言われればそうかもしれないが、俺は自由ワガママなんだ。

 やりたいことをやることに罪はない。

 俺は地面に座り込むその娘に向かって名前を聞く。

「君、名前は?」

少し俯いてから小さく、まるで機械音声のような単純な返しが帰ってくる。

「ペルセウス……です……主人様」

 透き通った美しい声ではあるものの、なんというか……

 まるでAIと会話している時の、血の通っていない、何かの物と会話しているような感覚だった。

 もちろん奴隷の扱いなんて良い訳はなく、これまでも相当な扱いを受けて来たのだろう。

 精神的にも傷ついているなら、こうもなるのか?

 

 ふと、俺は彼女の左手の甲に塗り潰されたような、黒い跡を見つけた。

「おっちゃん、この娘の手にある黒い跡は?」

「さあ? こいつを仕入れた時にはすでにあったものですから……傷ものの商品なので少しお安くなっております」

 傷……ではないような……

 まあよくは分からないが、今は大したものではないならいい。

「俺はリュウセイ、佐藤リュウセイだ。これからよろしくな」

 俺は少しの疑問が残りながらも、商人と契約を交わし、とりあえずペルセウスを連れ、その場を後にした。

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