第5夜 繋がる夜
サイダー一ヶ月分なんて言う口約束を交わした木曜夜から二週間。僕は今日も今日とてブランコに座っていた。
「……あ、お疲れ」
見知った顔、というか同好の士である彼女がやって来た。ラフな恰好ではなく、何処かに出かけると言う訳でもないだろうにオシャレにも見えるような薄い白いシャツにスカートという服装で夜の公園にやって来た。
「…………どう?」
どう、とは。
僕は彼女が何を期待してるのかが分からなくて、言葉を失った。
「えーと」
視線も彷徨う。
彼女は何も言わないで黙って待ってる。
「いつも制服かジャージだからさ……こう、新鮮で良いね!」
僕の返答に「……はあ」と呆れを含んだ小さいため息が吐かれる。
「よっこいせ」
僕の隣のブランコに腰を下ろして、彼女は緩やかに漕ぎ出した。
「……マイナス千点、失格」
突然に僕は彼女の何かを損なったのか、失格になってしまった。
「それは何の点数でしょうか」
「自分で考えてよ」
「……むーん」
そう言うのはあまり得意ではないんだ。ヒントらしいヒントも、考察に足る情報もなきゃ考えようにも考えられない。
「せめて何かヒントとか……」
「木曜夜のアドバイザー様は鈍感でいらっしゃる様なので」
「いやいや、僕は敏いよ? 変化には結構気がつく方だし」
そう言う自信はここ最近、さらに培われた。
「……でも気づかないんだー」
何に。
「え、えーと……」
僕は彼女の頭の上から足元まで見る。靴だってオシャレなヒールを態々履いて来て。
「まだ分からない?」
僕の視線は彼女の顔の右斜め上をグルグルと回っていた。出てこない。多分、彼女は不機嫌なんだろうとは思う。
でも、何が原因で。
「────サイダー一ヶ月分はお預けですね」
あ。
「あ、ああ!」
ようやく繋がった。
驚きのあまりに声をあげてしまう。
「ええ!?」
だって、その話を知ってるのはあの子だけの筈だし。彼女が知ってる筈も。
あれ。
「よくよく聞けば、声も似てる様な……」
「何で気づかないんですか!?」
あ、同じだ。
「ずっとアピールしてたんですよ! 気づくかなー、気づかないかなー……って! 流石に気づくでしょって思っても気づかないし! 合間合間で交互にしても結びつかなさそうだし!」
感情的になって捲し立てる彼女を宥めようにも、僕が原因であるから何とも声をかけにくい。だって、これ何で宥めても僕が気が付かなかった言い訳を聞かせてる様にしか思えないし。
「……えー、っと。すごく……綺麗になりましたね」
「ありがとうございますっ!」
あ、ダメだ。怒ってる。
プイ、と顔を逸らしてしまう。
「……いや。うん。元から良かったと思ってたけどね。更に可愛くなったというか」
「その前置きやめてください」
「あ、すんません」
申し訳なさしかない。
「はぁ〜……」
この溜息は呆れた、と言うのではなく。
緊張から解き放たれた、と言う様な。そんな感じの。
「ズボンのチャックの話って、これの事だったんだ」
以前に言ってたあの話は、これに繋がってたのか。
「……もう無理って諦めたけどね」
うん。
そうみたいだ。
多分、僕に彼女があの子であるって気が付かせたいと言う思いからの相談だったんだろう。
でも、僕は全然気が付かなかった。
「……だとして、何の為に?」
そして次いで出た疑問が思わず漏れてしまった。
「な、ん、で……気が付かないんですかぁああああっ!!!??」
夜の公園に少女の怒声が響いた。
「え、僕?」
僕が自分を指差して顔を向ければ、彼女は肯定を示すためブンブンと首を縦に振った。
「…………」
成る程。
僕が理由、か。
「……こ、こんなに気づいてとかアピールしてたのに!」
え、いやいや。
もしかして。
「……僕だけじゃなかったのかぁ」
僕としては。
退屈しないし、楽しいから。
彼女といれば、僕の人生に緩急がつくような気もあったから。
「……え? え、え?」
僕の呟きを拾ったからか、今度は彼女が慌て始めた。
「いやいや。僕も申し訳ないとは思うけどね」
だってオシャレし始めてから心惹かれました、とか何か最低な様にも思えるし。でも、それは僕の本心だから。
「君はあの子だよね。で、あの子は君な訳だ」
「……そ、そうですけど。何ですか、木曜夜のアドバイザーさんならではのそう言う構文ですか。そう言うのありますよね。インターネットで色んな人がイジられてますよね」
少し早口で焦りが見える。
「勘違いじゃなかったら答え合わせの意味もあるけど、教えてくれないかな?」
「……うっ、うぅ」
何故か彼女は呻く。
苦しいとかではない、はず。
「好きな人って」
僕、とは口にしなかった。
「────
それでも答えは明らかになった。
それは僕の名前だ。
「そ、それで……不公平じゃないですか。私にも、教えてくださいよ。卑怯ですよ。私にだけ言わせるとか」
声は段々と小さくなるけど、それでも静まり返った夜。僕の耳に届くには十分な声量。鈍感系主人公ではないのだから。
どうせ分かってるくせに。
「
と。
まあ、でも。割と僕は最低な男の様な気がする。安心感を得てからの告白なんて褒められた物じゃない。
「両思い、って認識で良い?」
「そ、そですね!」
数秒程、沈黙があって僕は切り出す。正直、申し訳なさもあったし。こう言うのは僕から言わなければならないと思う。
「えーと、僕と付き合わない?」
「っぷ、ははっ……ははは!」
言い方が悪かったけど、恥ずかしさもあったから。凛華も「良いよ」と笑って了承した。
「……彼氏として一つ聞いて良いかな?」
「はいはい。彼女として応えますよー」
声は喜色に満ちていて。
横を見て、今が夜でもなければ微笑みがハッキリ見えるんだろうか。
「オシャレ始めたのはやっぱり学校生活変えたかったから?」
「それもあるけどね……」
彼女はブランコから立ち上がり、僕の前まで来た。
「好きな人の気を惹きたいってのは自然の摂理だし」
「……なら良かったよ」
第一印象で好きになったとか、見た目で好きになったとか。それも仕方がなかったんだ。
「君の作戦勝ちって事だ」
何とも爽やかな敗北だ。
人生としては勝ち組になったかもしれないけど。
「サイダー、今日は僕が買うよ」
ブランコから立ち上がって公園から出ようと歩く。凛華も隣を歩く。
「サイダー、好きだろ?」
わかりきった答えの確認だ。
「……及第点をあげよう」
「マイナス千点は取り消してくれるんだ」
「あ」
「え、何? マイナス千点のまま彼氏になっちゃったの、僕」
「ま、まあ告白されちゃいましたし? 私もオーケー出しましたし?」
それに対する後悔はないのは本当だろう。
「で、でも。その分は努力してね」
今までの分だ。
「前向きに検討します」
「断言しろ!」
自販機前まで来て、お金を入れ僕はサイダーのボタンを押した。
木曜夜のアドバイザー ヘイ @Hei767
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