第3夜 サイダー好き同士

「また来たんだ」

 

 彼女がここに来たのは実に五週間ぶり。僕はしっかりと前回と今回の期間を覚えていた。彼女が来るまでにあの子が四回来たから、という理由ではあるけれど。

 

「…………」

 

 何も言わずに僕の隣のブランコに勢いよく座り、漕ぎ出す。

 

「……怒ってる?」

 

 どことなく不機嫌な様に思う。心当たりはないけど、学校で何か嫌な事があったんだろうか。

 

「別に〜、怒ってませんけど」

 

 ブランコを漕ぐのを止めずに。

 

「じゃあ、何か悩みでも?」

「……悩み、かぁ」

 

 彼女は止まって「そうだね」と俯いて考える素振りを見せる。

 

「……例えば、ズボンのチャックが開いてるのをさり気なく相手に気付かせるにはどうしたら良いか、みたいな話なんだよね」

「その例え方で合ってる?」

 

 元の話は何か分からないけど。

 

「合ってる合ってる」

 

 ズボンのチャックが開いてたら、って言われても。

 

「男同士なら普通に指摘するんだと思うけど」

「異性の話って事でよろしくね」

「僕視点では女子が相手ってことか……」

 

 まあ、どうやっても波風立ちそうだ。

 

「それって、どうしても伝えなきゃならない事?」

「…………はあ」

 

 何でか溜息を吐かれてしまった。

 

「いや、ほらさ。関係にもよるけどね。異性で教えてあげるのハードル高くない? しかも、それとなくってなると余計さ」

「分かってるよ」

 

 また溜息。

 

「……も〜う、お終い! この話、おしま〜い! 木曜さんは常にチャック全開で生きてれば良いじゃん!」

「いやいや! チャックちゃんと閉じてるし!」

 

 怖くなって、思わず確認したけど問題なかった。どうせ夜なんだから分からないだろうけど。

 

「……何か、もっと話しておきたい事とか」

 

 あるんじゃない。

 僕の質問にこっちに顔を向けて、一瞬目が合った。

 

「……ぬぅああああ!!」

「お、おぉ? どうしたの?」

 

 突然、叫び出して困惑を隠せない。僕は心配して身体を丸めた彼女を覗き込む。

 

 

「何でも、ない!」

「そ、そう?」

「そう!」

 

 確実に何か言いたい事はあるんだろうと分かる。分かるんだけど、彼女はのらりくらりではないが断固として語る事を拒否しそうだ。

 

「聞いてくれてありがとね」

「いや、今回のに関しては全く感謝される覚えがないし」

 

 寧ろさっきの唸りを聞く限りだと、僕のせいでモヤモヤが増えてる様な気がするんだけど。

 

「本当、聞いてくれるだけでありがたいから。うん、本当本当」

「何か言い方適当だね」

「いや、マジ感謝。流石、木曜夜のアドバイザーさんは伊達じゃないっすね。親身になって聞いてくれますし、安心して話せちゃいますしね」

 

 何だか結構な嫌味を言われてる様な気がする。

 

「いや、ごめんて。悪かったよ」

 

 僕とて、今回の事に関しては申し訳なさはある。解決できるとは言ってないけど、流石にと言うやつ。

 

「あ……ごめん。ちょっと八つ当たりみたいになっちゃった」

 

 僕が謝罪するのは想定外だったのか、少し慌てたように彼女も謝った。

 

「また来るね」

「まあ良いけど」

「今日もお疲れ様です」

 

 なんて言って、彼女は僕の目の前に来てペットボトルを手渡してくる。

 

「……サイダーね」

「あれ、嫌いだった?」

 

 何となく。

 さっきの発言と言い、今のサイダーと言いあの子と重なる所がある様な、ない様な。

 

「ううん」

 

 僕は首を横に振ってから答える。

 

「好きだよ。美味しいよね、サイダー」

 

 多分気のせいだ。

 雰囲気は結構違うし。

 

「だよね。じゃあ次もサイダーにしよっかな」

「また持ってきてくれるんだ」

「同士だから」

 

 サイダー好きのね、と彼女が笑う。

 

「お金大丈夫? 必要なら払うよ、しっかりと」

「…………う〜ん。今は、良いかな」

「後が怖いんだけど、その言い方」

 

 彼女が笑って「じゃ、またね」と公園を去っていく。僕はいつもの様に彼女を見送った。

 

「……ふう」

 

 そうしてサイダーを一口。

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