第2夜 久しぶりの

 

 木曜夜。

 僕は相変わらず、公園のブランコに居た。幸か不幸か。ここに来れば退屈しないと分かってる。

 ある木曜日からここに来て、何かを話していく人が増えていった。一番最初のその人は女の人だった。それこそ、僕や彼女と同じくらいの。

 

「……ご、ご無沙汰してます」

 

 僕は声のした方に顔を向けた。

 

「あ、久しぶり」

 

 白いパーカー、僕に初めて話しかけてきたあの日の少女が立っていた。

 

「お久しぶりです」

「うん。数ヶ月ぶりとか?」

「……そうですね」

「だよね。いや、しばらく会わなかったね」

「……ま、まあ。私も忙しかったので」

 

 僕が「いや、悩みがないならそれに越した事はないよ」と答えると。

 

「それで今日来たのは?」

 

 やっぱり何かしらの悩みが出てきたのか。

 

「えーと……毎週木曜日夜遅くにお疲れ様です!」

 

 これ、差し入れです。

 言いながら彼女はお辞儀をして、両手で僕に飲み物を差し出してくる。


「わ、ありがと。この為に?」

「はい!」


 僕はありがたくペットボトルを受け取る。

 

「サイダー?」

「はい。毎週木曜の夜にアドバイザー頑張ってるのは知ってますので」

「……もしかして、木曜夜のアドバイザーって言い出したの君だったりする?」

 

 僕の確認にふい、と目を背けた。

 が、そ〜っと顔を僕の方に戻して「す、すみません!」と謝罪を口にした。

 

「まさか、こんなに話題になるとは思ってなくて。最初は友達だけのつもりだったんです……」


 どうにも、彼女以外も来るようになったのも。木曜夜のアドバイザーという二つ名が定着したのも彼女が発端らしい。


「いやいや。僕は存外楽しんでるから」

 

 ただ、僕には別に責める気なんてない。

 

「こんな取り柄がない一学生に、サラリーマンとかOLが話してくれるのってまず無いし」

 

 貴重な経験だから。

 平坦な人生のほんの些細な刺激になってるのも事実で。僕は『木曜夜のアドバイザー』を自称する気は全くないけど、木曜夜のアドバイザーという立ち位置を気に入ってる。

 

「そんな、取り柄がない筈ないです! 取り柄はあります!」

「……そう思う?」

「話してると安心しますし」

「そうだったんだ」

「そうなんです。それに親身になって聞いてくれるから話す側として嬉しいですよ」

「僕は別に『僕だったら、こうするかも』とか『こう思うかも』を口にしてるだけだしなぁ」

 

 実感ないな。

 

「……そう言えば、君さ」

「はい?」

「僕と前に話した時って『頑張ってイメチェンします!』って言ってなかったっけ?」

 

 覚えが確かであれば、今の学校生活を変えたい。と言った感じの事で相談をされた様な気がしたけど。

 

「あっ……うぇ、そ、それはぁ」

 

 言い淀む。

 

「は、配慮です! い、イメチェンはしましたよぉ!? ただ、私が誰か分からなくなるかもと思いまして……」

 

 言葉が段々と小さくなっていく。

 

「そんなまさか。僕ってそんな鈍感じゃないよ。ラブコメ漫画の主人公じゃないんだから」

「へ、へぇ〜……そうですかそうですか」

「あれ、ちょっと怒ってる?」

「いや、別に怒ってませんけど」

 

 僕らの間に沈黙が訪れた。

 

「な、なら」

 

 少ししてから、彼女は何かを思いついたのか。

 

「鈍感じゃないって言うならですよ」

「うん?」


 どんな提案だろう、と僕は彼女を見つめる。


「次に会う時にちょっとイメチェンに寄せてくるので、どこが変わったか当ててみてくださいよ!」

「良いよ、乗った!」

 

 僕は人並み程度には変化に気づく男。

 間違い探しだって、それなりの正答率を誇ってる。簡単に分かるさ。

 

「そ、それでは失礼します!」

 

 彼女が公園を出ていくのを見送って、僕も立ち上がる。

 

「……よし、僕も帰るか」

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