木曜夜のアドバイザー

ヘイ

第1夜 木曜夜のアドバイザー

 

 人生には緩急が必要である。

 

 というのが、僕の持論だ。

 苦しい事も、楽しい事も程々に。

 バランスよく。平坦な道は退屈で、険しい道に挫折は付き物だから。

 

「……僕の人生は」

 

 流石に平坦が過ぎるんじゃないか。

 もうちょっと刺激があってもバチは当たらないぞ。夜空に流れる星に願いを口にしてみようか、と公園のブランコに座りながら見上げる。

 

「あ、居た居た」

 

 隣の空いてるブランコに誰か──声から女子だと思う──が座った。

 

「ヤッホー、有名人」

 

 僕は星に向けていた目を、右隣に移す。

 

「……そっちのが有名人じゃない?」

 

 ロングヘア、艶やかな黒髪。

 途轍もなく見覚えがある。

 涼やかなTシャツに同色のジャージパンツ。夕食後の散歩か。

 

「お悩み相談、やってる?」

「……僕はそう言うのやってるって言った覚えないけど」

 

 何となく、ここで夜空を見上げていたら誰かがやってきて「聞き流しても良いから」と話し始めたのが一番最初だった気がする。

 

「でも、よく聞くよ? 『お悩み相談のおかげで宝くじが当たりました』とか『彼女ができました』とか」

「それ詐欺広告だよね?」

 

 一瞬、役に立ったと思って損した。

 

「冗談冗談」

 

 クスクスと彼女が笑う。

 

「で、お悩み相談……いや、僕は別に解決してる覚えはないけど。まあ、聞くだけならいくらでも聞くよ」

 

 人の話は聞いてみれば退屈しない。

 こう言う事を言うのは失礼な気もするけど、彼らの一喜一憂は変え難い物語だと感じてしまって……結構楽しみだったりする。

 

「今日学校でさー」

 

 フランクな話口調。

 本当に悩みなのか、と疑念が湧く。

 

「……うん」

 

 続きを聞かない事には分からない。

 

「告白されちゃってね」

「想像よりも普通に悩み相談だったわ」

 

 単なる世間話の可能性もあったけど、どうにも軽々とした切り出し方だったのに。

 

「どう断るのが正解だと思う?」

「いや、それを僕に聞くの? 僕にそう言う経験ある様に見える?」

「人は見かけによらないって言うし」

「……見かけ通りにないよ。だから、まあ……僕はそれに対する答えを持ってないんだよね」

 

 期待に応えられなくてごめんね、と謝れば「へぇ〜」という声が彼女の方から聞こえる。

 

「あれ、もしかして彼女も居ない?」

「現在進行形どころか過去にも居たことないね」

「へぇ〜」

「あれ? 馬鹿にされてる?」

「してないしてない」

 

 何だか声が楽しそうに聞こえた物だから。

 

「……ねえねえ」

 

 少し、沈黙があってから彼女が呼びかけてくる。

 

「はいはい?」

 

 僕も言葉を重ねてみた。

 

「フり方はまず良いや。逆に、告白するならどんな風に?」

「少なくともそう言う相手でもない限り聞かせる気はないよ?」

 

 誰が、そんな小っ恥ずかしい事をしなければならないのか。

 

「え〜。良いじゃん、減る物でもないし」

「減るから、色々と」

 

 寿命とか、精神的にとか。

 

「と言うか、お悩み相談は? 悩みがあるんじゃないの?」

 

 小さな唸りが聞こえてきた。

 

「じゃあ、どんな告白にときめくか……とか相談しても良いかな?」

「それは同性同士でする話だと思うんだけど、僕的に」

 

 例えば、ほら修学旅行とかで。

 

「いやいや、それはほら。男子がどんな告白でドキッとするかとか。逆に私がどんな告白なら喜ぶか、とか」

「君も話すつもりはあるのね」

「参考にしても良いよ」

「参考にする事があればね」

 

 そんな機会は果たしてくるのか。

 

「……じゃ、お先にどうぞ」

 

 先手を譲られた。

 譲られたが。

 

「いや、僕は了承してないんだけどと?」

「えっ!? どう考えても話す流れじゃなかった!?」

「名を尋ねるなら、先に名乗るように……好みのシチュエーションを聞くなら、自分から言うべきだと思うんだよね」

「何その武士みたいな考え方」

「君が先に言うなら、僕も考……」

「私が言ったら言うって事だよね?」

「いや、考え……」

「言うよね?」

「……はい、言います」

 

 仕方がない。

 押し切られてしまった、断れなかった。何か、ここで答えなかったら暫く根に持たれそうだ。来週あたりも、再来週あたりも聞かれそうだ。

 

「私はね。好きな人に真っ直ぐ告白されたら即オーケー」

「はい?」

「『好きです』って、これだけでオーケー! もうシンプルに。寧ろそれが良い!」

「いや、ちょい待ち、ちょい待ち」

「な、何?」

「好きな人に、の時点で参考にならないのよ」

「……女子って皆んなそうだもん」

 

 ふい、と顔を逸らしてギリギリ聞こえるくらいの声で言う。

 

「それやられたら僕も好きな子に告白されたら、直ぐオーケーって答えになるけど」

 

 僕もそれがアリなら、実際はそうなるんだろう。

 

「え、好きな人とか居るの?」

「いや、君は僕を何だと思ってるのよ」

「男」

「間口が広い!」

「で、好きな人とかいるの!?」

「何この食いつきの良さ。そう言うのは修学旅行で友達との会話まで取っておきなさい」

 

 恋バナを彼女とするのは色々気まずい。普通に異性でそう言う話になるのも気まずいのに。

 

「女子同士で話しても、男子の恋愛事情分からないし」

「そんなに知りたい?」

「え? 教えてくれるの?」

「別に好きな人がいるかどうかくらいなら、まあ……構わないけど」

 

 代わりに。

 僕は一つ条件を提示する。

 

「僕だけだと不公平じゃない? 君も────」

「居ます!」

「────教えて……随分、躊躇しないな!」

 

 恥ずかしい、とかないのか。

 いや、好きな人が居るかどうか程度なら躊躇は必要ないか。

 

「ほら、ほらほらほら!」

 

 メチャクチャ催促してくる。

 

「分かった、分かったよ」

 

 こんなので恥ずかしがるのは小学校低学年で卒業してる。

 

「僕にだって好きな子の一人は居るよ」

「あれ、一人や二人じゃないの?」

「そう言おうと思ったけど止めたの。僕は一人だけだからね。二人もいないの」

「は、はあ!? わ、私だって一人だけですけど!?」

「何に張り合ってんの」

 

 僕はブランコから立ち上がる。

 

「って……あれ、もう帰るの?」

「もう帰るの、って。今、何時だか分かってる?」

 

 僕の質問に彼女はスマホを取り出して時間を確かめる。

 

「あれ、もう十時だ」

「……そ、十時な訳で。明日も学校な訳で。ちゃんと寝ないと明日が苦しい訳で」

 

 色々訳ありなのだ、学生は。

 

「身長も伸びない訳ですね、分かります」

「僕は少なくとも高二の平均身長以上はあるからな」

 

 発育不足とかじゃないから、そっちと違って。

 

「むっ、何か変な事考えてる?」

「いや、別に」

「……いやいや、これからだから。身長だって追い越すから」

「はいはい」

 

 僕は公園を立ち去ろうとして、後ろから追いかけてくる音が聞こえて振り返った。

 

「……もしかして帰り道同じ方向?」

「そう言う事〜」

 

 もう少し、一緒に居られるらしい。退屈はしなそうだ。

 

「そう言えば、僕ってそんなに有名?」

 

 僕は公園の出入り口でブランコに振り返り尋ねる。

 

「有名だよ。木曜夜のアドバイザー、って」

 

 なにそれカッコいい。

 

「でもなぁ。そんな二つ名あっても……」

 

 僕は単に人の話を聞いてるだけでしかない。

 僕自身の人生は平坦なままで進み続けるのかもしれない。今と何も変わらないままかもしれない。

 

「よ、木曜夜のアドバイザー」

「それを本人に向かって言うのは違くないかな!?」

 

 

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