第11話 俺、義理の母を説得する
「あなたは知らないでしょうが……まあまだ1歳ですものね、生まれてなかったのだから知らなくて当然なのですが、ここはフォーサイス領の開拓村でした。多くの魔物が村を脅かすのでお父様は常日頃から頭を痛めておられました。」
「それは郷土資料を読んだから知ってるよ。今は更地になってるけど以前はちょっとした森があって、そこが魔素溜りになって魔物が結構な頻度で発生してたんだったっけ?」
「そうです。お父様は都度領軍をもって魔物掃討の陣頭に立っておられました。それでも全てを倒すことが出来ず国の案件としても度々話が上がりお父様は叱責を受けていたそうです。」
なるほど、この辺りの開拓は国策としてフォーサイス家が請け負っていたんだな。
「お父様はいつも辛そうで、私はそれを見ていることしか出来ませんでした。そんなある日、森が突然暴発したのです。」
「暴発……スタンピードか?ああなるほど、日常的な大規模魔物討伐は多くの魔物を倒すと同時に多くの人の生命を散らしたんだな。結果森に膨大な魔素が溜まって溢れたってわけか」
「その口ぶりからするときちんと理解は出来ているようね。あなた本当に1歳?」
「ははっ、自信はないな」
俺は笑って頭を搔いた。本で読んだ知識だけしかないけど理解は出来てる。一般的には1歳じゃまず読めない本の内容を知ってるってのを置いといたら、だけどな。
「あなたみたいな乳児見たことも聞いたこともありませんわ。私、18歳なのにあなたの方が年長者に感じていますもの」
ミリアム母ちゃんが目を細くして俺を見た。なんだよ、呆れてんじゃねえよ!
でもまあ勘はいいよな、女の勘なのかな?実際の俺は30代って言っても問題ない存在なんだから。
「そんな時溢れた魔物を全て薙ぎ倒し、魔物発生の元凶となった森を破壊した方達がいたのです。その行動に私は憧れました。国王陛下から賛辞を戴きお父様の信頼を受け、救った村人達から崇められるその方達の英雄譚を聞く度私の心は躍りました。その方達のうちおふたりが村に定住されたのを聞いた時、私はお父様にお願いしたのです。どうか私を英雄様の妻にさせて下さいと」
あれ?なんだか様子が変だな。ミリアム母ちゃんは政略結婚でいやいや嫁いできたんじゃないのか?
「じ、じゃあ母ちゃんはその願い通り父ちゃんと結婚出来たんだな?」
「そ、そうです!私はルイス様と結ばれ子を成しました!オリビアお姉様とも知己を得ることが出来たのです!」
「ならなんで家庭内戦争が勃発してるの!?」
今のところ喧嘩する理由が全く見当たりませんけど?
「そ、それは……私にも分かりません。私はただ貴族としての振る舞いをしているだけです。私が英雄であるあの方々に並び立つには私が上級貴族として振る舞うことが必要なのです。グリフィス家の寄親であるフォーサイス家の出として恥ずかしくない振る舞いを心掛け、ルイス様が砕けたご様子で平民に接する分私が貴族としての振る舞いを行い帳尻を合わせ、オリビアお姉様より高貴な家柄の私が正妻となる、そうすることでグリフィス家が領民からも社交界からも低く見られないよう出来るのです。貴族の妻として、私は当然のことをしているのです!!なのに、なのにおふたりは私を……ううう……」
なんだこりゃ?こんな不幸があるのか!?
ミリアム母ちゃんは良かれと思いながら今までの態度を取っていたんだ!
それは貴族として生まれ貴族として育ち、貴族の娘として、妻として振る舞う、さも当たり前の行動でしかない。
父ちゃん母ちゃんには嫌がらせにしか見えない行動だが。
「じ、ジェイコブさん!来てくれ!」
客観的な意見も欲しいな。ジェイコブさんの答えも聞きたい。
「はっ、坊っちゃま、私はここにおります」
侍女と共に部屋の隅で待機していたジェイコブさんが俺の隣にやって来た。
「あなたのことだから今の話聞いてたんだろ?それを聞いてジェイコブさんはどう思った?」
「私は家令でございます、主君筋の密談は聞こえないようになっておるのですが」
上手い返しだな。まさにミリアム母ちゃんとうちの父ちゃん達に起こっていた事柄がこれだ。
「ミリアム母ちゃん、今のを聞いていたかい?俺はジェイコブさんに知っているだろって体で話を振ったんだけど、ジェイコブさんは知らないと言った。ミリアム母ちゃんはコレをどう見る?」
「ジェイコブは家令です。家令とは主の補佐を行い場合によっては代行も務めます。ですが今は主君筋の私とあなたがいる場ですからジェイコブは私達のフォローをする立場であると同時に空気でもありますね。私が待機を命じたのですからジェイコブが今あなたの質問に答えないのは正しいでしょう。ここにあなたがいない時に私が質問をしたのであれば彼はあなたの代行として私の質問に答えることでしょうね」
「そう、問題はまさにそこでね。ジェイコブさんは正しい行動を取ったとあなたは言った。だけど俺はジェイコブさんに答えを求めたんだよね。でもジェイコブさんは答えなかった。一般的に言えばここで俺は怒るところだ、『ジェイコブ、なぜ俺の質問に答えないのか!』ってね」
「えええ?それは家令として当然の答えですよね!?家令なら主君筋に対して自らの気持ちを伝えるべきではありません。どちらかといえばジェイコブに対して行ったあなたの質問の方がマナー違反です!」
ミリアム母ちゃんは声を上げて反論した。まあ理解出来ないよね、仕方がない。
「それは母ちゃん目線の話だよ。ジェイコブさん、今みたいな質問父ちゃんや母ちゃんは普通にしてくるだろ?」
「はい、旦那様やオリビア奥様は私に対しまるで兄の様に接して来られます。それ自体は光悦至極なのですが、お客様や領民の方々の前では少し困りますね」
「あはは、あなたの困り顔は俺も見てみたいな。俺にはいっつも澄ました顔しか見せないからさ」
「坊っちゃまは旦那様方と違い貴族の振る舞いを学ばれておられますから公でその様な態度を示されることは無いかと。1歳の公の場があれば、の話ですがね」
「違いないね……と言う具合に父ちゃん母ちゃんはジェイコブさんに対し家令というよりは家族という振る舞いを求めているんだよ。そしてそれはミリアム母ちゃんに対しても同じだと思うんだ」
「そ、それは非常識です!」
理解不能!と言わんばかりにミリアム母ちゃんは声を荒らげる。
顔を真っ赤にして怒る姿はとても可愛らし……ゲフンゲフン、母親に対してそういう気持ちを持ったらダメだな。
とても……人間らしい。
人間らしいミリアム母ちゃんには特別に俺の秘密を教えてあげよう。
「母ちゃん、俺がなぜこんな話が出来るか分かる?」
「そんなこと知りませんっ!大体まだ1歳にしてこれだけペラペラとよくもまぁお喋り出来ますわね!普通の1歳であればよくて片言ですし歩き回れない子もいると思いますわ」
「そうだね、それは母ちゃんの常識じゃ俺を計れないってことなんだと思う。それは父ちゃんとオリビア母ちゃんがミリアム母ちゃんを理解出来ないのと同じなんだ。これを解決しようと思ったら、理解出来るであろう側が歩み寄ることが大事だと俺は思う。こういう話はよく器の大きさに例えられるよね。大きな器に入った水を小さな器に移すと必ず溢れてしまうんだ」
貴族の思考とはかなり特殊であり習得には環境や時間、指導者の存在など様々な条件が必要だ。
今の父ちゃん達にそれは絶対理解出来ない。俺が言っちゃあ何だが器がちっちゃいからね。
「俺とジェイコブさんがここまで仲良く語り合えるのはふたりの器が同じ位の大きさだからだと俺は思ってる」
「光栄です、坊っちゃま。ですが私は未熟者で坊っちゃまの持つ英知には到底及びません」
「その分の歳の差、なんじゃないかな?俺は1歳でジェイコブさんは35歳じゃん」
「何をおっしゃいます、私の方が歳下に御座いますよ、坊っちゃま」
「ち、ちょっとお待ちなさい!あ、あなた達は一体何を言っているのですか?」
俺とジェイコブさんの掛け合いをミリアム母ちゃんが慌てて止める。まあ仕方がない、彼女には理解出来ない話なんだから。
「理解出来ないかもしれないけど説明するよ母ちゃん。器の大きい方が降りていかないと受け入れられないって言ったのは俺だからね」
ミリアム母ちゃんに俺が異世界転生者だと言うことを伝えよう。
「まあぶっちゃけて言うと俺はここじゃない世界からやって来たんだ。魂だけね。」
「!!!!」
「元いた世界で俺は37歳まで生き、この世界の女神に殺されこの世界に来た異世界転生者なんだ。あ、女神に殺されはしたけど話は付いてるよ。わざとじゃないらしいし融通はして貰ったから手打ちになってる、安心してね」
「そ、そんな話、信用出来ませんわ!」
「まあ突然言われてもそうだろうね。ジェイコブさん、説明を」
「畏まりました坊っちゃま。ミリアム奥様、奥様は私の『鑑定スキル』をご存知かと……」
ジェイコブさんはミリアム母ちゃんに自分の鑑定スキルについて説明し、そのスキルによって俺が異世界から来た記憶と魂を持った人間だってことを知ったと伝える。
「そんな……ありえない話だけど……で、でも、すでに1歳の赤ちゃんがペラペラ喋っててその内容が私達の知識や理解を超える時点で信じるしかなさそうです」
「まあそういう見方もあるか」
理解しようとしてくれるんであればそれがいいな、結構結構。
「俺の元いた世界では基本的に国の民には身分の差がなく情報や教育は本人が望めばどこまでも得ることが出来るんだ。まあ表向きな所もあるけどね。だから俺は普通の国民として学び生きて来たんだ。」
「教育と言ってもそれはどれ程の物なのか私には分かりません。平民が受ける教育などたかが知れるでしょ?」
「まあそうだね、専門的に学んだのは物理や工学だから理系特化だな。それでも今すぐこの村の領地経営くらいなら出来るだろうよ。父ちゃんよりは上手くやれると思う。でも知識による情報提供ならこの国の王に進言出来る位の情報はあるよ」
「そんな……出来るはずないわ!」
日本では義務教育の段階で政治や経済、地理や歴史、文化等も教えちゃう。普通に授業を聞いてたらインフレやデフレ、経済循環の大切さ、政治形態の違いやそのメリットデメリット位理解出来ると思う。
この国の書物を見る限り、政治に役立てるなら正直中学2年の社会科の教科書の方が役立つと思うからね。
そう言えばこないだ見た本に、国民は金を渡すと喜ぶから鉱石を沢山手に入れ金を増やすのが重要だって書いてあったもん。
やったらダメなやつやん。最初は国民感情の上昇による意識操作で理はあるかもしれないけど恒久的にやっちゃうと貨幣の価値が下がっちゃう。
銅貨をたくさん出せれば肉が買えるということじゃなく、銅貨1枚で肉がどれだけ買えるかが重要なんだよ。インフレーションとか習うやん!普通やん!
「まあそんな俺がこっちに来て今の状況を見たら父ちゃんに非があると感じる訳よ。もちろんミリアム母ちゃんにも平民の心を理解はして貰わなきゃいけない。人の気持ちが理解出来ない奴に人は信頼を置かないからね」
「至言ですな、坊っちゃま」
「恥ずかしいから止めて……と言いながらジェイコブさんは俺のやる気を上げてくれているって訳だよ。他人を理解出来ると人はこんなに豊かになるんだ、分かるかな母ちゃん」
「これは一本取られましたな、流石です坊っちゃま」
「はいはい、ご馳走様です」
ミリアム母ちゃんはそんな俺とジェイコブさんを胡乱気な目で眺めてる。
「あなたがただの1歳じゃないってこととあなた達ふたりはただならぬ仲なんだなということは理解出来ました。それと、今後私がどうすれば良いのか考えないといけないってことも分かりました」
「素晴らしい、流石フォーサイス家のお嬢様だ、懐が深い」
「はぁ、皮肉を皮肉でスルーしてくるあなたの器はどれ程の大きさなのか知りたいものです。どうやら私は懐は深くてもそこに持っている器は小さいようですね。私にも大きな器を下さらないかしら?あなたが与えてくれるんでしょう?」
溜め息を吐きながらそう答えるミリアム母ちゃんはやれやれとばかりの笑顔を俺に向けた。
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