第9話 俺、1歳にして親の夫婦不仲に苦悩する

「この家の跡取りは、この家の正妻であり名家フォーサイスの血を引く私の息子オスカーなのです!その子はオスカーに傅くべきなのです!平民の分際で前へ出てはなりません!!」


 うちのもうひとりの母ちゃん、ミリアムさんが俺を指差しヒステリックな叫び声を上げている。




 1歳になりました、俺です。先述のとおり最近はもう家の中を自由に歩き回り普通にお喋りしてます。




 今日我が兄オスカーの5歳生誕祭が催されました。


 領主の息子が5歳になるってんで村人の皆さんもお祭り騒ぎとなり、折角だから村をあげてのパーティとあいなったんだ。


 前にも言ったがオスカーの母ちゃんのミリアムは名家フォーサイス侯爵家当主の娘でうちの父ちゃんとは政略結婚となる。


 村人からしたら勇者の父ちゃんと母ちゃん、フォーサイス家のお姫様であるミリアム母ちゃんが村にいることだけで幸せいっぱいなのらしい。有名人が自分達を守ってくれるのが余程安心なのだろう。


 父ちゃんも母ちゃん達も外目には仲睦まじい領主一家を演じていたし、まだまだ発展途上であるグリフィス村の問題をひとつずつゆっくりと解決しながら実績も上げている。


 でもね、家の中ではそうじゃなかったんだ。


 皆さんも知っての通りうちの父ちゃんと母ちゃんは元々冒険者として共に活動していた。更にふたりはパーティ内でも恋人同士として認知されていたらしく、この村を襲った魔物を討伐した時既にカタリナが母ちゃんのお腹の中にいた程だ。


 冒険者として名を成したかった筈の父ちゃん。母ちゃんとカタリナに良い思いをさせてやりたくて、1度は断った叙爵と領主の座を引き受けた程の愛妻家なんだもんな。


 そんな幸せいっぱいのおしどり夫婦の間に大人の事情で放り込まれた歳下の箱入り娘がミリアムだ。


 現在18歳、結婚当時は12歳になったばかりのピカピカのお嬢様が取った行動は、貴族としての自己肯定を全面に押し出すという傍から見たら傲慢以外何者でもない行動だったらしい。


 基本的に優しく、母ちゃんが大好きで何があっても母ちゃんを守りたい父ちゃんと、これまた心根は優しくて誰とでも仲良くなりたいけど所詮は学のない平民上がりの母ちゃんは、超上からマウントを取りに行ったミリアム母ちゃんに対し自らを守るため真っ向からぶつかった。


 ミリアムは確かに侯爵家令嬢で普通の相手ならその権力の前に太刀打ちなど出来ないだろう。だけどうちの父ちゃんと母ちゃんはご当地産とはいえ勇者だ。


 実はこのふたり、クソ強い。


 この世界の人には【レベル】というものが存在する。俺もまだ詳しいことは分からないけど、一般人はだいたいレベル5前後で生涯を終えるそうだ。


 戦闘職として生命のやり取りをする職種の人達はレベル10で駆け出し卒業、15で1人前としてやっていける。国の騎士団だったらレベル20は欲しい所だし、将軍クラスなら30を越えてくる。


 レベル50にもなると、1人で1,000人とも戦えてしまう伝説の英雄クラスになるそうだ。


 ルイス=グリフィス、LV52【魔法剣士】。


 オリビア=グリフィス、LV54、【グラップラー】。


 この人達の強さ、伝説級!!本来ならご当地勇者なんかじゃなく国を持ってもおかしくないレベルだったんだ!


 だけど先述の通り父ちゃんと母ちゃんは優しい。


 1歳にして家中を歩き回り良いだけ喋り倒す俺を臆することなく愛してくれる程の優しさだ。俺だったら気味悪くて放り出してしまうと思う。それ位父ちゃん母ちゃんは甘くて優しい。


 だからなのだろう、幾ら力が強かろうがふたりの力だけでこの村を悪意から守り切ることは難しいと判断した父ちゃん母ちゃんは、村人のためにと迷わずフォーサイス家の寄子になってミリアムを家族に迎え入れた。


 提案が受け入れられあっさり寄親となってしまったフォーサイス家の人達は、父ちゃんと母ちゃんの優しさと強さ、そして貴族と平民の在り方が根底から違うことを失念してしまったらしい。


 フォーサイス家はミリアムに対し平民から成り上がった父ちゃん達への接し方を軽く見てしっかり教育をしなかったし、ミリアム自身もふたりに対して普通の貴族として接してしまったんだな。


 心優しい最強種が家族に悪意を向けられたと感じた時に起こす過剰な程の反応を蔑ろにしたって訳だ。


 ミリアムは孤立した。侍女達もミリアムを守る為に防衛線を張ったため孤立は更に深まった。


 そこへちょうど生まれてきた男子が俺。


 それまでは自分の生んだ息子オスカーの存在が唯一と言っていい程のイニシアチブだった。それが崩れてしまったのだ。


 ミリアムは焦ってしまったんだ。


 で、奇しくもオスカーの5歳の誕生日が村人からの祝福を受けることとなり、そこで村人の前で我が息子オスカーに後継としての祝福を与えるよう父ちゃんに要求したんだな。


 それに難色を示した父ちゃんに対し、ミリアムは衆人環視の場で前述のようなヒステリックな叫びを披露してしまったって訳さ。


 ミリアムさん、気持ちは分かるけどさ、平民である村人の前で『平民の分際』は言っちゃまずいよ。NGワードだろうよ。




 父ちゃんと母ちゃんが村人の前で頭を下げまくっている。ミリアム母ちゃんは余りの興奮に倒れてしまい侍女達に連れられてうちへ帰ってしまった。


「タクミ坊っちゃま、如何なさいましょう?」


「俺じゃなくてオスカーに発言させた方が丸く収まるんじゃないか?」


「お戯れを、オスカー様にその様な差配は無理かと」


「5歳に無理な物を1歳に求めちゃ駄目でしょ?」


 一緒に父ちゃん母ちゃんの後ろに並んだ家令のジェイコブさんと掛け合いをしてみる。


 隣ではグズグズと泣きべそをかいているオスカーをカタリナがヨシヨシと宥めてる。


 カタリナはうちの家族の中で唯一の中立な存在らしく、オスカーも割と懐いてる。


 実は俺もオスカーとはそれほど険悪じゃない。オスカーは親同士の立場上俺と面と向かっては親しく出来ない様だが、俺の身長では開けにくいドアを開けてくれたり階段の昇降に手を貸してくれたりする。


 こいつはとても優しいのだ。割と自慢の兄貴なんだよ。


「はぁ、子供同士は仲良く出来てるのになんで大人は仲良く出来ないんだよ?」


「大人だからこそ、ですな。特にこの問題は女が関わっていますから。坊っちゃまなら理解お出来になるでしょう?」


「あのさ、俺はこの世界ではまだ1歳なんだぜ?幾らなんでも無茶ぶりでしょうよ!」


「はぁ、人生の先輩が何をおっしゃいますか」


 ジェイコブさんは俺が異世界転生者というのを知っている。


 ジェイコブ=テーラー、34歳独身。綺麗に切り揃え整えられた銀髪が渋い【鑑定】スキル持ちのハンサムさん。


 彼はこの国の士爵家次男の生まれだったので実家の爵位が継げずうちに家令として雇われてる。この国の士爵は最下級の名誉貴族扱いとなっており、親から爵位を継ぐことは出来ない立ち位置だ。だがこの国には徒弟制度というものがあり、貴族の従者となった貴族の子息は例え爵位が無くなっても苗字を名乗ることが許され、貴族ではないといえ貴族と同義の権利を有することができる。


 爵位は無いもののきちんとした教育を受けた貴族の子供が貴族社会に貢献する為の措置だな。


 きちんとした教育は大事だぞ。うちの父ちゃん達を見たら分かる。


 平民に貴族としての矜恃を持たせるのはかなり難しい。


 今回の問題はフォーサイス家の早計さが感じられるものの明らかに父ちゃん達が上級上位貴族であるフォーサイス家を軽く見ていることに問題がある。相手は侯爵家、王家に類する貴族を除けば最高位の貴族なんだ。


 幾ら父ちゃんが母ちゃんを愛していたとしてもミリアム母ちゃんを正妻に据え、序列を正すのが筋だ。


 だって上級上位貴族である侯爵家の娘を嫁に貰ったんだもん、当たり前じゃん。


 嫌なら嫁に貰わなかったら良かったんだよ。逆にこれでグリフィス家の手綱が取れるからとフォーサイス家はミリアムを嫁に出したんだから。


 本来なら侯爵家が成り上がりの子爵家に嫁なんか出さんて。


 でも、それを父ちゃん母ちゃんに求めるのも違うんだよね。


 だってこの人達は只の平民だけど実は只の平民じゃないから。ご当地とはいえふたりは勇者だから。


 言うなればフォーサイス家も父ちゃん母ちゃんを舐め過ぎたって所かな。フォーサイス家が本当に父ちゃん達の手網が取りたかったのなら、父ちゃんが叙爵する前に養子にでもするべきだったんだから。


 貴族位としてはフォーサイスの方が上だけど、ガチで戦争をしたらグリフィス家が勝つ。それも父ちゃんのパーティメンバー数名が揃うだけで。


 この世界のレベルとはそれ程の力の差があるんだ。フォーサイスがその辺りを分かってないから揉めちゃうんだよ。


 ジェイコブさんは貴族の生まれだから貴族の常識は理解してるし、士爵家次男だからいずれ平民落ちになることを想定して平民の知識も豊富。更に彼は【鑑定】スキル持ち。父ちゃんと母ちゃんのレベルはジェイコブさんから教えて貰った。だからこの問題の根深さが分かったんだ。


 ちなみに俺の異世界転生のことがバレたのもその鑑定スキルのお陰だからな。


 それ以来ジェイコブさんとは緊密な関係を築いてる。こうやって軽口を叩ける位な関係だ。


「坊ちゃま、村人への影響を考えるとミリアム奥様へ何らかの処置をしなければなりません。理由はどうあれ平民を罵倒する行為を領民の前で行ったのですから」


「言いたいことは分かるけど俺には何も出来ないよ?まだ1歳の赤ちゃんだぜ?」


「前世の享年は37歳だったのでしょう?合わせれば現在38歳、グリフィス家では最年長ではないですか」


「またそれを言う……一般的にどう考えてもジェイコブさんの方が年上じゃんか!」


「私は旦那様の配下ですのでミリアム奥様の御心を溶かすには少々難がございます」


「だからってなんで俺なんだ!それを言うなら俺なんかオリビア母ちゃんの子だよ?俺の方が向いてないじゃんか……」


 だが確かにこのままじゃ不味い。村人の求心力を回復するにはミリアム母ちゃんを何とかするしかない。


 はぁ、とりあえずミリアム母ちゃんの話を聞きますか。


 明らかに嫌われてる相手と話をしなければならないなんて、ストレス掛かり過ぎじゃね?


 気が重いわー……

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