何光年先の世界で君とまた出会えたなら。

 あるよく晴れた夏の日、僕は旅に出た。一番星を探しに旅に出た。いや、目的地はもう決まっている。だから正確には一番星を見に旅に出た。


 7月7日。まだ誰も起きて活動していないような午前4時に。少し大きめのリュックに天体望遠鏡と携帯食料、水などを持って。身軽な服装で旅に出た。

 

 僕を引き止める人は家の中に誰もいなかった。みんな寝ていた。一応置き手紙は残して、ありったけのお小遣いを持って家を出た。


 空はまだ3時だと言うのに白んできていて電灯の光が弱まっている。太陽が夜の終わりを告げていた。いつも学校に登校するときには見るサラリーマンも、隣の高校の生徒も、いなかった。ただ静かな世界が広がっていた。たまに犬の散歩をしているおじさん、おばさんとはすれ違ったが、それ以外に人っ子一人いなかった。


 僕はいつも使っている駅についた。太陽が出てきているものの、まだ暗いので電灯が細々と灯っていた。いつもはがやがやとしている駅もしんと静まり返っている。駅にいるのは始発電車を運転する運転手さんと、何人かの始発電車に乗るサラリーマン。あとは何人かの駅員さんと、コンビニに仕入れをしに来ている業者さん。あと僕だけだ。


 よく考えたら『僕だけ』という表現は適していないかもしれない。なぜって朝早くでもこんなにもたくさん?いくらかの人は動いているのだから。世界単位で物事を考えたら、今この瞬間にも40億人以上の人が活動している。僕が見ている世界はこんなにも小さい。


◇◆◇


 始発の電車に乗るために駅のホームに降りる。改札を通る時、ICカードのタッチ音がやけに大きく響いた。電光掲示板にはこれから発車する始発電車と、30分後の電車の予定が書かれていた。駅のホームに降りるとそこもいつもとは全く違う別世界だった。電車に乗るために並んでいる人影は一切なく、ただただ電車がそこにあるだけ。寂しそうな電車の車体をやっと起きてきた太陽が照らしていた。

 

 電車に乗るとその車両には人が一人もいなかった。僕のために用意されたかのようにそこには座席が整然と並んでいる。左側の真ん中の窓側の座席を今回の旅の席と決めた僕は静かに腰を下ろしてそっと一息をついた。かすかにエンジンの駆動音が聞こえる。リュックを隣の席におろし、窓の外を見てみるとそこには静かに立ち並ぶ住宅が見えた。電車の1号車側は東側を向いているので、自分から見て右側の家の屋根から赤く染まっていっている。自分から見て左側。西の空にはまだ夜の名残がある。電灯が申し訳なさそうに灯っていた。


 空を見上げるとそこにはかすかに金星が光って見えた。太陽の光にかき消されそうになりながらも明けの明星としての威厳を保とうとしているようだ。そうして電車は動き出す。旅に出た僕を乗せて。静かに明け方の街の中を走り出した。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。電車はいつもより大人しく優しく揺れながら進んでいく。途中で停まる駅からは全然人が乗ってこない。たまにホームに人は見るが、度の人も何故か違う車両に乗っていった。電車はどんどん強くなってくる朝日に照らされながら光の中を突き進んでいく。


 途中でここらでは一番大きい中核駅に着いた。時刻は午前5時だった。夏至はとっくに過ぎているけどもう空は朝焼けに染まりきり、明るくなっていた。何人か乗ってきた。どれでも座席を一人2個分。自由に使うことができ、それでも余っていた。誰かが何かを話すこともなく、ただただ静かな時間がここにあった。


 僕はそのまま窓の外を眺めていた。時と景色がどんどん過ぎていく。そうして5時半ごろになると乗り換えをする駅にやってきた。 この時間帯も人は少ないが、さすがハブ駅。まあまあ人がホームに立っていた。


 電車を降りると急にお腹が空いてきたので、いつもはあまり見かけない立ち食い蕎麦屋に入った。というかそこ以外開いていなかった。お金は無駄遣いできないので一番安いざる蕎麦を頼んだ。ざる蕎麦はすぐに出来上がった。立ち食い蕎麦屋は駅の中でこじんまりと営業しているのでその優しい雰囲気が心地よかった。もちろんざる蕎麦はとても美味しかった。旅先でのご飯はいつものよりなぜか美味しく感じる。


 蕎麦を食べた後、電車を乗り換えた。午前5時30分。この時間でもちらほらとサラリーマンがいるので本当に朝早くから大変そうだ。時間が時間なので電車が来るのは午前5時45分。まだ15分もあるのでゆっくりと駅のホームのベンチに座ってこれから行く線路の先を眺めていた。 


「よくこんなに長く線路を引いたなぁ」


 なんて意識していないのに口に出していた。まあ周りに誰もいなかったからいいだろう。スマホで『線路 日本 距離』と調べてみると、JRの6社合計で19987キロメートルの線路が日本に引かれているらしい。約20000キロメートル、つまり日本中全ての電車に乗ったら地球を半周できるらしい。

またふと『線路 鉄 量』と調べてみると、線路1メートルで 平均約45キログラム者の鉄が使われているらしい。ということは日本全部で19987×1000×45=899415000

ということは899415トン… 約90万トンってどんだけだよ。そんな事を考えているうちに電車がやってきた。


 時刻は午前6時を回った。すると太陽がだいぶ高くに見えて日光が心地よい。僕はこの電車に乗って終点まで行くので電車に身を任せてぐっすりと眠った。ガタンゴトンガタンゴトン…いや、カタンコトンカタンコトン…くらいの優しいリズムだった。電車の揺れは赤ちゃんがお腹の中で感じる揺れと同じ感じらしく、眠くなりやすいらしい。そんな事を考えながら今日は朝も早かったので寝た。

 

◇◆◇


 1時間位寝たのだろうか。起きてみて窓の外を見るとそこにはビルとかそういった類のものは一切ない畑?田んぼのど真ん中にいた。駅を調べてみるとあと5駅jほどで終点だ。もう午前7時。ふとスマホに目をやるとたくさんのメッセージが親から来ていた。


「どこに行ってるの?大丈夫?」


 何やら電話もたくさんかかってきており、不在着信が溜まっていた。既読をつけたらまた連絡が来そうなのでそのまま未読スルーした。そしてサイレントモードに設定をして通知を切った。僕が今向かっている場所は僕以外知ってはいけない。


 途中で停車した4駅はほぼ無人駅だった。もう誰も使っていないようなそんな寂れた雰囲気の駅だった。そして遂に午前7時30分。僕は目的の駅、終点に着いた。


 電車を降りるとすぐに改札があり、そこに何枚もの切符を入れた。ICカードでここまで来ようと思っていたが、ICカードはチャージ出来ないので蕎麦を食べたときに切符を買っておいていた。


 駅を出るとそこには広大な大地が、自然が広がっていた。近くには大きな山があり威圧感があったが、とてものどかな場所だった。夏だけど(朝だってこともあるが)そこまで暑くなくちょうどいい気温だった。


「都会はアスファルトで覆われているからヒートアイランド現象が起きているんだよなぁ」


 そんなことを思っていた。優しい風が頬を撫でる。草木の新鮮な香りがする。


 そうして駅から僕は20分ほど先にある集落へと向かった。息を思いっきり吸い込み深呼吸をして歩いた。やっぱりこういうところが良い。日頃のスマホとかに縛り付けられているよりも自然に囲まれて暮らしたほうが絶体気持ちよく暮らせるに違いない。 


 一応スマホを見ると学校からも、友達からもたくさん連絡が来ていた。僕はその中で一番の親友に


「僕は大丈夫。少し…星を見に行ってるんだ。必ず帰るから大丈夫。みんなには何も言わないでいてくれる?」


とだけ送ってすぐにスマホの電源を消した。


 みんなは『スマホがないと道がわからないんじゃないのか。』なんて思ったりもするだろうか。でもスマホが普及してきたのはつい最近のこと。昔というほど昔じゃないけど、少し前スマホなんてものはこの世になかった。GPSなんて尚更だ。僕はしっかりと目的地までの行き方をメモしていたのでそれに沿って歩いていく。地図は読めるし、方向音痴ではないので大丈夫だ。


 モンシロチョウが、アゲハチョウが空を舞う。 蝉の声が合唱をする。それに合わせて雀がメロディーを歌う。風が木々で音を奏で、近くの小川もせせらぎを届ける。そんな演奏を聞いているようだ。


 目的の集落に着くと定食屋があったので入ってみた。時刻は午前8時。ざる蕎麦を軽く食べたのは午前5時ちょっと過ぎ。朝ご飯を食べても良いかもしれない。これからもまだ歩くのだから。


「いらっしゃいませ!」


 店の奥から元気な挨拶が聞こえる。50歳くらいの元気なおばさんがやってきた。定食屋には何人か地元の人と思える、農作業をするような格好をしたおじいさん?おじさんがいて話をしていた。

 

 耳には『農業組合が…』『今年は冷害が起きないと…』 なんて話をしていた。うん。ちゃんと農家の人っぽい。


「ご注文は何になさいますか?」


「じゃあ、この天丼をお願いします。」


「かしこまりました。少々お待ち下さい。」


 僕は一品物の天丼を頼んだ。なんでも、ここらへんで取れる重めを使っているようで、美味しそうだったからだ。天丼はあまり時間がかからずに出てきた。お米の上にたくさんのかき揚げみたいなものや野菜の天ぷらなどが乗っていた。天丼の誰をかけて食べると甘しょっぱくてとても美味しかった。

 

 『こんな若者が一人で何をしに来ているんだい?』なんてことを聞かれるかと思って言い訳を考えていたが、そんなことはなく、美味しい天丼を味わうことが出来て、お腹もいっぱいになり定食屋を後にした。それからはまだ歩く。


 タクシーを使ってここまで来ようかとも思ったが、どう考えてもお小遣いでは行けないような距離なので歩きで目的地に行くことにしていた。どんどん道なき道を歩いていく。風がさぁっと吹くと田んぼに植えられたまだ青々しい稲が少し揺れた。

 

 都会は車の音や広告の音でごった返している。僕はそういうところが絶対に無理ということではないが苦手だ。確かにカラオケとか、ボウリングとかは楽しいがどうしても肩に余計な力が入って疲れてしまう。


 前を向くとどこまでも続く一本道があった。別に急いだりしているわけでもないので後のことは気にせずにゆっくりと一歩一歩を踏みしめて歩く。地面の土は都会のアスファルトよりも歩きやすい。この地面がアスファルトだったら今頃足の裏が熱くなって疲れたり、足の裏がつりそうになっているだろう。

 

 僕はそのまま気の向くままにただひたすらにまっすぐ道を歩んでいった。


◇◆◇


 かれこれ1時間くらい歩いただろうか。さすがに腕時計はしているので時間を見てみると午前10時になっていた。今はさっき駅からみた山の中を歩いている。太陽がどんどん高くなってきている中、木々からの木漏れ日が眩しい。ここにも隣に小川があるのでとても涼しかった。木は高さがバラバラだったので多分原生林だろう。僕は誰かが歩いているのか、自然と踏み固められて出来ている道をたどって山の中を突き進んでいく。

 

 山の中はやっぱり虫が多い。セミは良いが、蚊みたいなものも多くいるので虫除けスプレーをかけた。日光を遮るためにも帽子を被り、熱中症にならないようにこまめに水分を取った。さすがにこんなところで倒れても助けは来ない。というか呼べない。スマホの電源は切っているがきっと圏外だろう。なにせ周りに建物も何も見えない山の中なのだから。


 それでも歩いていく。途中で切り株を見つけたので少し座って休んだ。さすがに足にけっこうきている。いくら歩きやすいからと行っても背中には天体望遠鏡を背負っている。切り株のところは少し開けていて、光が差していた。少し横になって上を見ると本当に木漏れ日が綺麗だった。風が吹き(今日はよく風が吹く…というか少し強めだ。)木が揺れると波のように次々と段階的に葉っぱが擦れる音が聞こえてくる。これぞ平穏。

 

 時刻はもう午前11時。学校は今頃3時間目の数学だろう。僕は高校2年生なので数学の範囲は数Ⅱだ。sinθ cosθ tanθ… いやいや。こんなところでそんなことを考えてはいけない。そうして僕はまた歩き始めた。


 そうして遂に目的地に着いた。午後1時。僕はとある展望台についた。そこは地面がアスファルトでできていた、とても開けている場所だ。人は見渡す限り誰もいない。山の森の中にぽつんとある秘密の場所。ところ。


 レジャーシートをリュックから取り出し、そこに寝そべった。そして空を見上げながらあの日のことを思い出した。


◇◆◇


 あの日のことを話す前に僕のことも紹介しておこう。僕は星野星空ほしのせいあ。変、というかなにか不思議な名前だろう。なにせ名字が『星野』なのに名前は『星空』なのだから。名前に『星』が二つ入っている。そんな名前の僕は高校1年生だ。どこの高校とは言えないが、これまでの話から分かっているかも知れないが、思いっきり都会と言えるであろう、ビルが立ち並ぶところの近くに住んでいる。


 そして一番大事なことは僕には愛する彼女が。彼女の名は星出望月ほしでみづき。中学1年生から3年生まで同じクラスだった。君も同じく『星』が付く名字で、名前にも『星』と『月』で、星が入っている名前だったので、名前のことで意気投合した。しかも二人とも偶然にも星が好きだったのだ。中学生の時、二人は中学校では珍しい天文部に入っていた。そこは部員が6名前後の小さな部活だった。そして一緒に沢山の星を見てきた。中学の時はとても


 僕は天文部がある高校に合格した。少し偏差値が高い学校だったけど僕は君が受けると言っていたので、一緒に居るために頑張った。そしてこれからも楽しい学校生活を君と一緒に送れると

 

 あの日、僕の人生は変わった。あの日…高校の入学式の日。僕は君が居なくなったことを知った。(後から噂程度で聞いた話だが)君は急に父親の転勤で外国へ行ってしまった。二人ともまだスマホもなにも持っていなかった。だから連絡も何も取れなかった。君は『さよなら』も言わずに僕の知らないところに行ってしまっていた。君と連絡をするために買ってもらったスマホはただ呆然と光っていた。


 そうして今でもまだ僕は君と連絡がついていない。どうにかして連絡をしようと思ったけど一高校生の力ではどうにもならなかった。中学校の元担任の先生から君の親の電話番号を無理矢理にも聞き出し、電話をかけたが繋がらなかった。


 そして君がいなくなってから3ヶ月後の今日。7月7日、七夕の日。僕はこの展望台に来た。 


 去年の、中学3年生の頃の7月7日。僕と君は天文部としてこの展望台に来た。その日は生憎の雨で星が見えずとんぼ返りしてきたが、君が


「あ〜あ。天の川楽しみにしてたんだけどなぁ〜 まあ良いや。 来年は一緒に来て天の川見たいね。」


と、ビチョ濡れになりながらそういった。僕は君の頭にタオルを乗せて拭きながら、


「うん。 来年も…いや。これからもずっと望月と一緒にどこでも星を見ていたいなぁ」


なんて言うと


「なに?告白? 『これからもずっと望月と一緒に…』だって。 えへへ。いいなぁ。」


「う…ん」


結果オーライとなりながらも僕たちはなんだか照れくさくて雨の中二人で笑った。


 それから僕たちはたくさんの展望台や天文台に行った。そこでたくさんの星を見た。でもここに一緒で来ることはなかった。


◇◆◇


 そんな事を考えているうちにいつの間にか眠ってしまっていたようだ。さっき?電車の中で寝たのに疲れがどっと押し寄せてきた。気がつくと空はもう夕焼けに染まって赤くきらめいていた。右側から夕日が差してくる。左から右…東から西に、かけて空が黒から赤にかけてのグラデーションになっていた。雲一つない快晴の大空。空にカーテンが降ろされたように闇に染まっていく。

 

 夕日の近くに僕は一番星を見つけた。金星だ。宵の明星として、夕方の日が沈む頃に西側の空で見られる。はじめの方に『一番星を探しに…』なんて言っていたし、その目的を達成してしまったことになるのだが、ここに来た真の目的はおわかりだろうが、君と見れなかった満天の星空を、天の川を見るために来たんだ。


 僕は日が沈み切る前に天体望遠鏡を準備した。もちろん懐中電灯とかも持ってきているが、なにか部品でも落としてしまったらその夜の間は見つけることが出来ない。三脚を取り出して、大きな鏡筒きょうとうを取り付けファインダーも取り付ける。そして星が出てくるのを待った。


 今日は新月。月が出てこないのでしっかりと星たちが見えるはずだ。レジャーシートに寝っ転がりながら空を見上げていると星が見えてきた。


 一番最初に見つけたのは一等星のベガだ。ベガはとても明るいので本当に見つけやすい。一応手元の星座早見表で確認をする。そこからアルタイル、デネブ、と夏の大三角を見ることができ、夕日が完全に沈むと数多の星からなる天の川が見えてきた。ベガとアルタイルの間を隔てる川がどんどん鮮明になっていく。


 空には満天の星空が写っていた。それは言葉では言い表せないほどに綺麗だった。黄、赤、紫、青、白に輝く数え切れないほどたくさんの星たち。


「望月、いまどこにいるんだ?」


僕の声は星たちで埋め尽くされているが、それでも闇に吸い込まれていった。


◇◆◇


「今日は7月7日。一年に一度彦星と織姫が出会う日。僕も君に会いたい。この空も一緒に見たいなぁ。」


 実際の織姫と彦星…ベガとアルタイルの距離は約14.4光年離れている。14.4光年…光が14年と3ヶ月かけて届く距離だ。その幅が14.4光年もある天の川を彦星は『かささぎ』に乗って織姫に会うために渡っていく。


 もちろんこれば伝説だ。実際にベガとアルタイルに人住んでいたりするわけではない。昔の人が考えた恋物語だ。だけど、もし14.4光年離れていても好きな人に会いに行けるなら僕はとっくに君と会えているだろう。僕と君の間の川は何光年の距離があるのだろうか。


◇◆◇


 僕はせっかくなので一眼レフのカメラを取り出して星空の写真を撮り始めた。スマホの方が手軽に取れるし、データ保存とかも楽だが僕はやっぱりスマホのことを好きにはなれない。この機械は二つなければ繋がることが出来ないからだ。


 みんなスマホに自分の拠り所を見つけ出そうとしている。人とはみんな寂しい生き物だ。人は一人では生きていられない。だから今の人達は、いつでもどこでもたった一つの小さな金属の箱に誰かとの出会いを求めている。誰かと話したい。誰かと繋がっていたい。誰かに認めてもらいたい… そんな気持がどんどん強くなっていき、眼の前や足元にある小さな出会いを見逃している。


 中学校に入ったばっかりの頃、僕は校区の端から小学校に通っていたため、小学校から一緒に中学校に入ったのは何人かの話したこともないような子たちだけだった。だから僕は友達をうまく作ることが出来ず、一人でいた。あのときは寂しかった。だから黙って空を見上げた。そうして空を見上げているうちに天文部に入り、僕は君と出会った。『名前に星が入っているね。』たったそれだけのことでスマホなんて言う機械なんかなくても僕と君は繋がれた。


 それにスマホは肝心なときに役に立たなかった。当たり前って行ったら当たり前のことなんだけど、スマホは連絡先がわからないと特定の人とは繋がれない。スマホはやっぱり『誰か』じゃなくて『君』と繋がるためのものだ。だから僕はスマホが嫌いだ。


 でも、それが僕がスマホを嫌いになった一番の理由じゃない。一番の理由は…スマホは嘘を付く。ネットの一部の情報もそうだけど、一番は写真だ。スマホは撮ったものを加工できてしまう。綺麗じゃない写真でも綺麗になってしまう。みんな自分を誰かに認めてもらうために加工というスマホの技術を使って偽って作り上げてしまう。そしてあたかも本物のように世界へと発信する。僕はそれが嫌だ。僕はありのままの綺麗を写したい。別に遠くに離れた知らない『誰か』にわざわざこの感動を伝えようとは思わない。


 自分の感動は言葉では共有できない。人間が作った言葉はまだ未熟だ。たった数万年の歴史は数億年単位の自然の前には到底刃が立たない。だから僕は感動を共有するためではなく、ここに来たという記録を残すために写真を撮る。いつか君とここで星を見られるように…と。


◇◆◇


 天体望遠鏡を使って星空全体を撮ることにした。一眼レフのカメラを三脚に取り付け、南の方を…夏の大三角を中心に捉えるようにしてカメラの角度を調節した。今はもう正午。いつの間にかこの展望台に着いたときから約半日も経っていた。ピントリングを回してピントを合わせる。始めは光がぼんやりとしているが、ピントを合わせていくにつれて光が鋭くなっていく。ミリ単位で調節して一番星の光が鮮明になったところでシャッターを切った。始めは通常のモードで撮る。そして次はシャッタースピードを遅くしてより明るく、鮮明に映るようにする。


 写真を取っていると天の川の光の深さに吸い込まれるような気分になる。


「『かささぎ』、彦星をしっかりと織姫の下まで送り届けてあげて…」


そんなことをつい、誰かに聞かれるわけでもないので口に出してしまった。


 星空全体を撮った後は天体望遠鏡の出番だ。

 

 僕が一番好きな星は木星だ。太陽系の中の惑星の中で一番大きく、その体積は地球の1300倍以上もある。そんな木星は南東の空に見えていた。明るさはマイナス2.2等からマイナス2.4等でとても明るい。これだけ沢山の星がある中、圧倒的な存在感を放つ木星。存在感で言ったら太陽や月が一番大きいが、木星はとても明るく輝いているのにもかかわらず、周りの星たちを台無しにしない。そんな木星が好きだ。


 星座早見表には位置が載っていないのでここ3年間積み上げてきた経験で見つけ出し、天体望遠鏡の標準を定めた。少しずつ倍率を高くしていき、ピントを合わせるのを繰り返す。そして30分ほどが経っただろうか。やっと木星の縞模様を捉えた。天体望遠鏡を少し触っただけでも画面が揺れてブレてしまうのでなるべく触らないように、触ったとしても指先で少しずつ、木星の位置を調節していく。


 木星は常に動き続けている。本当は地球が自転している影響のほうが大きいんだけど、レンズの中を左から右にどんどん移動していく。だからカメラを構えるときは、あえて木星がレンズの左端で見切れるぐらいにセットしておく。そして一眼レフのカメラを、シャッタースピードを早めに設定して準備し天体望遠鏡の接眼レンズのところにくっつけ、シャッターをきる。このときにも天体望遠鏡に触れてしまうとブレてしまうため慎重にやる。本当は接眼レンズとカメラがくっつくようなジョイントがあったら良いのだが、結構値が張るのでそこは自力でなんとかする。


 もちろん、写真で撮ったものよりも実物のほうがより鮮明で神秘的なのだが、これは写真だとしても見入ってしまう。そんな写真を僕は撮り続けた。


◇◆◇


 時間はどんどん過ぎていき、星たちの位置もどんどん変わっていった。


「もう2、3時間で七夕の夜も終わりかぁ。」


なんて小さくつぶやいていると誰もいないはずの後ろから何やらガサガサと音が聞こえてきた。


 僕は懐中電灯をその音がなる方へ向けると一匹の鳥が出てきた。


「か さ さ ぎ?」


その鳥は彦星と織姫のための橋となったとされる『かささぎ』だった。


「よかった〜 熊じゃなくて。 こんなところで死んだら…いや星に囲まれて死ぬのも良いのかもな。 でも君にあってからじゃないと死ねないな。」


 夜明け前の時間がやってきた。夜明け前は一番暗い。天の川が少しずつ薄れてきて、一気に終わりへと向かう。彦星と織姫は別れて帰っていくのだろう。そしてまた1年後。


そんな空を見上げながら僕はつぶやいた。


「何光年先の世界で君とまた出会えたらなら…僕は…」


 もしかしたら星に願いが届くかもと思って言葉を紡いだ。でも、僕は最後まで言うことが出来なかった。僕はどれだけ時間がかかっても君に会いに行く。言葉じゃ伝えられないこの思いを君に伝えるために。どれだけ…たとえ何光年離れていても僕は僕は君に会いに行く。


◇◆◇


 空がだんだんと白んできた。人間の時間は星たちの時間では一瞬にも満たない。もう夜明けがくる。西の方から空が赤く染まってきた。そして空の星たちをかき消していった。空のカーテンが開いた。


 僕は明るくなるまで空を見てそれから天体望遠鏡などをしまっていった。もうこの日は終わってしまった。夏の夜の時間は本当に短い。ずっと起きていて寝不足の体を引きずるようにして僕は山の道へ入っていった。あの時飛び出してきた『かささぎ』はなぜかまだ僕に付いてきている。なぜだかわからないが可愛いのでそのままにしておこう。


 そのまま歩き続け、切り株のところで一休みした。でもその時奇跡が起こった。山道を抜けたその瞬間。君がいた。


「み…づき? 望月なのか?」


「えへへ。星空。久しぶり。私がいなくても大丈夫だった?」


「な…んでここに?」


「去年言ったでしょ。『来年は一緒に来て天の川見たいね。』って。遅くなって天の川は見れなかったけど。」


「望月…」


「な〜に?」


 君は太陽に照らされてとても輝いていた。今なら言える。ついさっきは、一人では言えなかったけど。星に願いは通じたんだ。もしかしたらこの『かささぎ』のおかげかも知れない。僕はいつの間にか肩に止まっていた『かささぎ』を見て、そうして君を見て言った。


「どんなに離れた場所でも本当に会うことができるんだね。」


「そうだよ。私たちは繋がっている。」


「望月…そうだよね…でも不安になるんだ…人間はさみしい生き物だから…だから……」


僕の声は朝の澄み渡った空に響いて、そして吸い込まれていった。


 星たちを見るために旅をして来た、このいつもとはぜんぜん違う世界で僕は君に…本当の一番星に出会えた。いつもの、今までの日常とどれだけ離れているかわからない、この余計なものが何も無いこの場所で…何光年先の世界で君とまた出会えたなら…


 薄っぺらいただの2文字の言葉だけど、僕は君にもう一度『好きだ』と伝えたい。

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